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でも振り解く理由も見つからないからそのまま繋いでいるしかなくて
「…なっ、んでも、ない…」
体温に戸惑いながらも逃げられない自分がいた。
むしろ繋いだ部分からじんわり熱を感じてなんだか心地よい気分になってしまう始末。
その後も順路を進みながら色々な生き物達を見学していた。
ペンギンの泳ぐ姿や
熱帯魚のカラフルな美しさ
ラッコが浮かんで漂っている様子など見るもの全てが新鮮で興味深い。
そして時間は過ぎてお昼時──
レストランエリアでランチを取ることになった。
メニュー表を眺めつつどれにするか迷っていた時のこと
「柊は決まったか?」と聞かれると同時に彼が耳元へ顔を寄せてきた。
「どれどれ?」
声が低く響いてくる感じがゾクリとして身が縮こまる思いになる。
それだけ近い距離感で話しかけられること自体慣れてないせいもあると思うけど
どうしても意識せざるを得なくて
「こっ……これ……」
震える声で指差したのはオムライスだった。
「オムライスかぁ。美味しそうだな。んじゃ俺もそれにするか」
あっさり同じものを選ぶと店員さんを呼んで注文してくれた。
料理が運ばれてくる間も無言ではあるものの
その静寂すら居心地よく感じられる。
それでも一口食べた途端にお互い顔を見合わせて
「美味しいね」「うまいな」なんて単純すぎる感想だけどやっぱりこういう日常こそ大切だと思うから嬉しくてしょうがない。
それに、ついつい晋也さんの口元にめがいってしまう。
今だけはスプーンかオムライスになりたいなんて思ってしまう
晋也さんの口元に触れられるのが羨ましい。
もはやナプキンになりたい
なんて少し気持ち悪い、おかしなことを考えてしまうくらいには晋也さんの唇をガン見して、味わってみたくなっている。
食事を終えると再び館内散策を続けることにした。
今度はイルカショーを見るために最前列に陣取ることになった。
周りは家族連れやカップルなどで賑わっていてちょっとだけ人目が気になるところだったけど、
(まあ隠すことでもないし)
と思い直して堂々としてみる。
ショーが始まると水面からイルカたちがジャンプしたり
輪をくぐったりと素晴らしいパフォーマンスを見せてくれる。
拍手喝采のなか興奮した表情で見つめる晋也さんの横顔も素敵に見えた。
◆◇◆◇
その夜──
水族館をあとにして夕暮れ迫る街並みを二人並んで歩いていく道すがら、
「楽しかったね」と振り返れば
「ああ。久しぶりに来たけど、悪くなかったな」
と短く答えつつも
満足げな笑みを浮かべてくれることが一番幸せだと感じるひと時だった。
そしてこのまま家へ帰るのかと思っていた矢先、
「ちょっと寄り道してもいいか?」
突然提案されて
「え?うん」
わけも聞かず即答してしまった。
案内されたのは近くの公園にあるベンチだった。そこに腰掛けて街灯に照らされる景色を眺めていた時、
「柊」
急に名前を呼ばれて驚く。
「なに?」
隣を見ると真剣な表情でこちらを見つめてくる瞳があった。
「お前さ、今日ずっと俺の顔見てただろ」
不意に問いかけられて思わず息が止まる。
図星をつかれた上に言葉尻が妙に鋭くて、冷や汗が背中を流れ落ちていくのを感じた。
「え?! えっと……」
言い訳を探す間もなく晋也さんは追い打ちをかけるように続けた。
「どうなんだ?」
「別に、見てたわけじゃ…」
思わず目をそらすとその顔がグッと近づいてきて額が触れ合う寸前まで距離が詰められた。
ドクドクと鳴り響く心臓の音が聞こえないよう願いつつ硬直していると
「顔ってよりは…俺の唇、ガン見してなかったか?」
核心を突かれた瞬間頭が真っ白になる。
(かっ、完全にバレてる……っ)
その一言だけでも十分恥ずかしいことこの上ない状況なのだが、追い討ちをかけるように
「…したかったのか?」
なんて意地悪く言われて、顔面から火が噴き出そうになる。
「べ……別にそういうわけじゃ……っ!」
必死で弁解しようとしても言葉にならない焦燥感だけが募っていく一方だった。
その時だった―――
不意に晋也さんの手が俺の手首を掴んだかと思うとそのまま強く引き寄せられた。
抵抗する間もなく抱きしめられてしまい
「え……!?ちょ……!?」
動揺する暇もなく次の瞬間には柔らかいものが唇に触れた感触。
それは紛れもなく晋也さんの唇だった。
時間が止まったような錯覚に陥りながらも思考回路は完全にショート状態。
ただただ目を見開いて呆然としていた。
ほんの数秒後解放されて
ようやく呼吸することを許された俺の鼓動は、これまでにないほど大きく速く波打っていた。
「…ずっと俺の口ばっか見て、そんな顔されたら、俺だって我慢できない」
晋也さんは微笑みながら俺の頬に触れる。
「で?したかったんじゃないのか?」
「……」
何も言えない……その代わりに小さく頷くことしかできなかった。
「……っ…晋也さんのいじわる……」
精一杯の反抗として睨みつけてみると
「そんな目で見ても可愛いだけだって」
とさらりと返されてさらに悔しくなる。
(くそう……敵わないな、晋也さんには)