あの事件から一か月が過ぎた。
傷はほぼ癒えたものの、リオンはまだアリスの家に滞在していた。
朝はアリスが目覚めるよりも早く起きて、朝食の準備をする。
昼になれば狩りへ出かけ、獲物を持って帰ってくる。
それ以外の時間はアリスの仕事を手伝う。
夕方になると夕食を作り、それを二人で食べる。
そんな毎日を送っていた。
リオンはそんな日々に不満は無い。
いや、不満どころか感謝していた。
しかし彼は、あの時の出来事を誰にも話すことはなかった。
ガ―レットたちのことを話す気にはなれなかった。
アリスに心配もかけたくなかったし、どう話していいかも分からなかったからだ。
「キョウナ…」
もしかしたらキョウナも同じように突き落され流されてくるかもしれない。
そう考え、この森の近くを探した。
しかし、キョウナは見つからなかった。
キョウナはどうなってしまったのか。
リオンは彼女を、本格的に探すことにした。
「こんなところかな」
紙に彼女の特徴を書いていく。年齢は十代半ばくらいの少女で、髪の色は黒。
身長はそこまで高くは無く、性格は明るく元気で活発な感じだと。
他の町に行ったとき、この紙を見せて尋ねて回ろう。
そう考えていた。
と、そこにアリスが入ってきた。
彼女は、リオンが書いた紙を見て尋ねる。
「何を書いているのですか?」
「ああ、実はちょっと人を探していて」
「探し人…ですか?どのような方なのですか?」
「えっと、俺と同じでこの近くではぐれてしまった子なんだ」
意を決して、リオンは事情を正直に説明した。
キョウナという少女のこと、自分が助けられなかったこと、ガ―レットのことなど…
全てを打ち明けた。
アリスはその話を黙って聞いていた。
だが、やがて口を開く。
「その人の名前は『キョウナ』さんというのですね」
「そうなんだ。大切な『仲間』なんだ」
とはいえ、彼女が生きているのかどうかすら分からないのだ。
最悪の場合、あの後八つ裂きにされて殺されていてもおかしくない。
リオンは不安でいっぱいだった。
そんなリオンを励ますかのように、優しく語りかけるアリス。
「きっと無事ですよ。あなたが信じていれば、絶対に見つかります」
アリスの言葉に励まされるリオン。
そうだ、キョウナはきっとどこかで生きている。
きっと…
「えっと、それと食事をつくったのですが。さめちゃうかも…」
「あ、すみません。今すぐに!」
そう言ってアリスの用意してくれた食事を食べる。
パンとスープ、焼いた川魚。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末様でした」
食事を終えると、いつものように片づけを始めるリオン。
そんな彼の姿を、アリスはニコニコしながら見つめていた。
「…どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないよ」
「そうですか」
微笑む彼女に、リオンも笑顔で返す。
ここ数日で分かったことだが、どうもこの少女は世話好きらしい。
色々と教えてくれる。
また、暇があればよく話しかけてきた。
今日は何をしたとか、どんなことがあったとか、本当に他愛もない話をたくさんしてくれた。
リオンも、そんな彼女の話を聞くのが好きになっていた。
「あ、そうだ!今日のご飯美味しくなかったかな…?」
「そんなことはないよ。とてもおいしいよ」
「そっか、よかったぁ」
心底安心したという表情を浮かべる彼女。
その表情を見ると、リオンも自然と笑みがこぼれる。
「じゃあそろそろ仕事に戻りますね」
「あ、俺も手伝うよ!薬のことは分からないけど、力仕事ならできるから」
「ありがとうございます!」
そう言って、二人は家を出ていく。
リオンは狩りを、アリスは調合の仕事をする。
最近は、ずっとこんな感じだ。
「…平和な日常ってこういうことを言うんだろうな」
リオンは、空を見上げながら呟いた。
そんなことを考えていた。
そんなある日のことだった。
いつものように、アリスの仕事を手伝っていた時のこと。
「倉庫の掃除を手伝ってもらえますか?」
「もちろん、大丈夫」
リオンはアリスと一緒に、森の中にある小さな小屋に来ていた。
そこは、様々な薬草などが保管されている場所らしい。
「結構埃っぽいなあ」
「仕方ありません。倉庫として使っているので」
「これを全部一人でやるつもりだったの?」
「はい。まぁ、なんとかなるでしょう!」
「ははは…」
なんともならないと思うのだが…
リオンは呆れつつも、黙々と作業を進めていく。
床に落ちている薬草のカケラを箒で集めていく。
そして棚に戻していく。
単純作業は嫌いではない。
黙々と作業をしていく。
しばらくして、だいぶ綺麗になった頃だった。
ふと、リオンはあるものを見つけた。
棚の奥に隠されるように置かれた木の箱。
それは、箱に納められた剣のようだった。
「これは…?」
「あっ…」
リオンが手に取ると、アリスが声を上げた。
明らかに動揺しているようだ。
しかし、すぐに取り繕ったような笑顔を作る。
だが、リオンは見逃さなかった。
彼女の手が震えていることに。
何かを隠しているのは間違いないだろう。
しかし、ここで問い詰めても彼女は話さないかもしれない。
だから、リオンは別の質問をぶつけた。
「これ、触ってもいいかな?」
「えっ?えっと…」
アリスは答えに困っている様子だった。
恐らく、触れてはいけないものなのだ。
それでも、リオンはあえて聞いた。
アリスは俯いて黙り込んでしまった。
そんな彼女に、リオンは優しく語りかけるように言った。
「俺はあなたのことを信頼している。だから、あなたが隠し事をしていても、それはきっと大切なことだと思う」
「…」
「でも、そのせいであなたが苦しんでいるのなら、俺はあなたの助けになりたい」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
リオンの言葉を聞いたアリスの目からは、大粒の涙が流れていた。
泣き崩れるアリス。
リオンは、何も言わなかった。
しばらくすると、落ち着いたのか彼女が顔を上げる。
そして、ポツリポツリと語り始めた。
「これは、呪われた『剣』なんです」
そういってアリスは語り始めた。
以前のリオンと同じように、この剣は川から流されてきた。
最初は綺麗な装飾が施された、単なる美術品の剣だと思っていた。
しかし、知り合いの魔導師を家に招きこの剣を見せた際に言われたのだ。
この剣は強力な呪いを纏っていると。
「処分することも考えたのですが、私が呪われそうで…」
何も知らない武器商人に売却したり、剣士に渡すことも考えた。
しかし結局それはしなかった。
もしそれで渡した彼らが死んでしまったら、自身が殺したようなもの。
アリスはそう考えた。
「そうだったのか」
「私、どうすればいいでしょうか?」
言葉を詰まらせるリオン。
そのような剣の対処法などさすがに知らない。
しかし、少しでも彼女を勇気づけたい、そう考えたリオン。
「この剣、見てみてもいいかな?」
「はい、少しだけなら大丈夫みたいですから」
そう言いながら、例の剣を木の箱から取り出すリオン。
鞘に入った見た目、は何の変哲もない普通の剣。
だが、鞘から少しだけ引き抜くとそれは一変。
その刀身には禍々しい模様が浮かび上がっていた。
「これが…」
「はい。その剣の呪いです」
「すごい魔力だ…」
リオンは剣を見つめながらそう呟いた。
正直なところ、リオンには呪いというものはよく分からなかった。
だが、その恐ろしさだけは分かる気がする。
まるで身体中を虫が這いずり回っているような感覚を覚える。
全身の毛穴という毛穴から侵入され、内側からも侵食されていくような。
そんな想像をしただけで、気分が悪くなってくる。
「これ以上はダメ!」
リオンの持っている剣をアリスが取り上げ、鞘を閉じた。
剣を全て鞘から出したわけでは無い。
ほんの少しだけ、刀身を見ただけだ。
たったそれだけなのに、これほどの負担を感じた。
「どうですか?」
「…」
心配そうにこちらを見るアリスに、リオンは何も言えなかった。
正直に言えば、怖い。
こんな恐ろしいものに触れていたなんて…
今更になって手が震えてくる。
こんなものをずっと保管していたアリスはどれだけの恐怖を覚えていただろうか。
「リオンさん?」
「あっ、すみません。少しボーッとして…」
「体調が悪いんですか?一度、家に戻りましょうか?」
「え、いや、大丈夫。倉庫の片付けを続けよう」
「無理しないでくださいね?」
こうして二人は倉庫の掃除を再開した。
だが、その後はあまり会話は無かった。
リオンは例の剣のことを考えていた。
「あれほどの呪い…俺じゃあ対処できないな…」
リオンは自分の手をじっと見つめた。
震えはもう止まっていた。
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