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(なんなんだよ……なんで介護士が、こんなプロみたいな料理作れるんだよ……)
内心で毒づきながら、柊吾は無我夢中で箸を動かしていた。
……ふと、箸が止まる。
最後に「誰かが作った温かいご飯」を食べたのは、いつだっただろうか。
四年前、母の介護が始まってから、柊吾はずっと「作る側」だった。
自分のために時間をかけて料理を作る余裕なんてなく、いつも惣菜か、適当に炒めただけのものばかり。自分の空腹を満たすためだけの作業だった。
温かい出汁の味が、じんわりと胃から全身へ染みわたっていく。
誰かが自分の(あるいは母の)ために手間暇をかけて作ってくれた食事。その温もりが、忘れていたはずの猛烈な孤独を浮き彫りにし、胸の奥がキュッと締め付けられるように痛む。
毒づいていたはずなのに、なぜか視界がじわりと滲んだ。
(――なんで。なんで今、こんな)
気づかないふりをしながら、柊吾は黙々と白飯を口に押し込んだ。
妙に落ち着かなくて、居心地が悪い。なのに、どうしても箸を止めることができなかった。
空になったタッパーを見つめながら、柊吾は小さく息を吐いた。綺麗に食べ尽くしてしまった器の底に、なんとも言えない気まずさが残る。このまま黙って受け取ったままにしておくのは、さすがに気が引けた。
洗い終えたタッパーを手に、柊吾は意を決して隣の303号室のドアを叩いた。これ以上、彼に借りを作るわけにはいかない。
扉が開き、部屋着姿の黒瀬が顔を出す。
「美味しくいただきました。……本当に、ごちそうさまでした」
頭を下げてタッパーを差し出すと、黒瀬はそれを受け取り、満足そうに目を細めた。
「お二人のお口に合ったようで良かったです」
「あの……お礼と言ってはなんですけど、今度何かお返ししますから。だから、もう気を遣わないでください」
これできっぱり線を引こうと、柊吾は努めて冷たい声で告げた。
だが、タッパーの深さをふと思い出す。
(……それにしても、一人暮らしの男が『作りすぎた』にしては、タッパー二つ分フルに煮物を仕込むか、普通……?)
違和感が脳裏をよぎった瞬間、黒瀬がフッと意味深な笑みを浮かべ、眼鏡の奥の瞳で柊吾を覗き込んできた。
「お返しなんて結構ですよ。……俺、料理が趣味なんですけど、一人だとどうしても分量を間違えて作りすぎちゃうんです。気にしないでください」
「は、はあ……」
「だから――また作りすぎたら、持ってきますね」
「え、あ、いや……ッ」
断る言葉を口にする前に、黒瀬は「では、おやすみなさい」と柔らかく告げ、パタンとドアを閉めた。
カチャリ、と鍵の開閉音が響く。
静まり返った廊下で、柊吾はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
コメント
1件
うわあ……このエピソード、刺さりました。柊吾が「作る側」になってからずっと忘れていた、誰かのための温かい料理の味。最後に「誰かが作った温かいご飯」を食べたのはいつだったか、って問いかけが胸に来ますね。毒づきながらも箸が止まらない、視界が滲む、という描写が本当にリアルで。黒瀬の「作りすぎた」という言い訳も、明らかに柊吾を気にかけての行動だとわかるから、その距離感の取り方が絶妙だなと思いました。二人の関係性がゆっくり動き出しそうな予感がして、続きが気になります!
そあふぃー
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