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両軍が膠着して一週間――
カツイエは中入りの準備を整えつつ、
ノブタダに強く具申した。
「イエヤスは梃でも動こうとしませぬ。
ゆえに――こちらから動くほかありますまい」
「私に一万五千。いや、一万でよい。
必ずナガクテでイエヤスの首、討ち取ってご覧に入れます」
ノブタダは、背後のサイラスを振り返る。
サイラスはわずかに頷いた。
「……わかった。余の負けじゃ。
今夜、夜陰に乗じて出発せよ」
「カツテル、ナガチカ、モリマサ――
ホッコク勢を中心に総勢二万」
「ありがたき幸せ。必ず」
カツイエが退出すると、ノブタダは静かに口を開いた。
「どういう風の吹き回しだ。
イエヤスはかからぬと申したでないか」
サイラスは、わずかに目を細める。
「もし、イエヤスがナガクテに向かわねば――
イエヤスの“意図”がおぼろげながらわかります」
「……なんだと」
「我々も本陣をガクデンに移します」
「理由は?」
サイラスは短く答えた。
「――陽動です」
「ひょっとしたらこれが決戦となるやもです」
サイラスはナガヨシを呼んだ
イエヤスは、配下の忍びハンゾウに問うた。
「……その中入りに、ノブタダはおらぬのじゃな」
「は。ノブタダ公はガクデンに前進、本陣におられます」
「中入りの軍は、カツイエ殿かと」
イエヤスは短く頷いた。
「――よい」
一拍の沈黙。
「全軍に伝えよ」
静かに、しかし迷いなく言い放つ。
「夜明けとともに、ガクデンを衝く」
夜陰に乗じて出発したカツイエ軍は、
ナガクテに至るや反転し、
イエヤスの追撃を迎え撃つ陣を整えた。
動きを察知したイワサキ城のウジシゲを、
モリマサが即座に包囲する。
激戦は長くは続かなかった。
――一刻。
城は陥ちた。
やがて、夜が白み始める。
そのとき――
鬨の声が、山野を裂いた。
イワサキ山砦、アオツカ砦が
ほとんど抵抗もなく突破される。
霧を裂いて現れたのは、
――イエヤス本隊。
それは、一直線に――
ノブタダ本陣へと迫っていた。
話はカツイエが下がり、
ナガヨシを呼んだ ところにさかのぼる
「私がこの結論に至ったとき――
イエヤス様は“ロマンチスト”だと思いました」
「ろまん……?」
ノブタダは眉をひそめる。
「理ではなく、“願い”で動く男です」
「私が聞くイエヤス殿は、野戦の名手。
質素剛健、常に現実を選ぶ武将だと」
「私も、そう思っておりました」
ノブタダは静かに頷いた。
「ですが――」
サイラスはわずかに目を細める。
「イエヤス殿は……」
「……何と?」
一拍。
「“終わらせたい”のではないでしょうか」
「終わらせる……?」
「この乱を、ではありません」
沈黙。
「――あなたを、です」
「……!」
空気が、凍りついた。
「理由はわかりません。
ただ――それならすべて説明がつきます」
「あなたがいなければ、
ナガクテにもキヨスにも来ないでしょう」
「ノブカツ殿すら……見捨てるやもしれませぬ」
「ばかな……」
ノブタダの声は、低かった。
「どうなさいますか」
「キヨスを討てば、この戦は終わります。
イエヤス殿の大義は失われる」
「……では、なぜナガヨシを呼んだ」
ナガヨシは無言のまま、サイラスを見据える。
その目は、すでに戦場のそれだった。
サイラスは、静かに答えた。
「骨を切らせて、肉を断つ――」
「そのためです」
一瞬の静寂。
そして。
「私がイエヤス殿に差し出した囮は――」
言葉を切る。
視線が、ノブタダに向けられる。
「カツイエ殿ではありません」
もう一拍。
「――あなたです、ノブタダ公」
ナガヨシの手が、弾かれたように刀へ伸びた。
「私は、ブシというものがよくわかりません」
サイラスは淡々と言う。
「命よりも名誉を重んじるのか」
「イエヤス殿の行動は、明らかに理屈ではない」
ノブタダは、ゆっくりと手を上げた。
「よい」
ナガヨシの動きが止まる。
(……終わらせたい、か)
ノブタダの脳裏に、何かがよぎった。
「で、儂にどうせよと」
「受けて立つべきかと」
ノブタダは、ナガヨシに向き直る。
静かに――しかし、逃げ場なく問いかけた。
「ご主君のために――死ねますか」
ナガヨシは、わずかに目を細めた。
「わが父もノブナガ公のために死に申した」
「あの世で父に恥じぬよう努めます」
その声に、迷いはなかった。
ノブタダは、ガクデンの本陣にあって――
ノブナガ公が南蛮人より買い求め、
ついに纏うことのなかった甲冑を身に着けていた。
色鮮やかな、南蛮甲冑。
それはまるで――
“果たされなかった父の姿”を、今ここに現すかのようであった。
本陣の将兵の中には、
「……ノブナガ公の、生き写しじゃ」
と、思わず涙ぐむ者さえいた。
夜明け前に始まった戦いは、
すでに、味方も敵も判然とせぬ
乱戦へと変わっていた。
周辺の城塞から兵は続々と打って出る。
だが――
イエヤス軍は、それをものともせず、
一直線に本陣へ迫る。
「急ぎ、カツイエに知らせよ!」
「本陣が、イエヤスに襲われておると!」
ノブタダは状況を見極めながら、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
その背後に――
ナガヨシは、ただ黙って立っていた。
タダツグ。ヤスマサ。ナオマサ。
イエヤス配下の将たちの猛攻により、
本陣の防御――十段の備えは、
刻一刻と削られていく。
一段。二段。
そして――
七段が、崩れた。
そのころ。
ナガクテのカツイエは、明らかな異変を察した。
顔色が変わる。
「……まさか」
即座に叫ぶ。
「急ぎ、戻せぇ!!」
(読まれておったか……!)
(本陣が、危うい……!)
昨日の本陣。
サイラスは、先ほどナガヨシに覚悟を問うた後、
静かにノブタダを見ていた。
ナガヨシは、すでに下がっている。
ノブタダは、ぽつりと口を開いた。
「……父はな」
「儂に権限を委ねながら、
各軍団長の力を意図的に削いでおった」
「ミツヒデの謀反も」
「ヒデヨシの反旗も」
「そして――イエヤスの反逆も」
「いまとなっては、思い当たることがある」
サイラスは黙って聞いている。
「戦国の世……それだけでは、
納得できぬ者がおるのだろう」
わずかな沈黙。
戦の喧騒だけが響く。
「ゆえに――」
ノブタダは、ゆっくりと顔を上げた。
「戦国の世を終わらせる“やり方”も、
またあるのだろう」
サイラスは、小さく頷いた。
「……その通りかと」
ノブタダは、わずかに笑った。
「ならば――」
「受けて立つしかあるまい」
そのとき――
イエヤス軍の後方で、鬨の声が上がった。
ざわめきが、波のように広がる。
「……後ろだと?」
振り返った兵たちの視線の先。
そこには――
ナガクテより引き返してきた
カツイエ軍、第一陣の旗があった。
ヤスタカの陣へ、突き刺さるように到達していた。
本陣。
ノブタダは、わずかに目を細めた。
「……頃合いかの」
サイラスが静かに応じる。
「ええ」
「ナガヨシ、行くぞ」
ナガヨシは、神妙な面持ちで一歩前に出る。
「……いろいろ世話になった」
一瞬の沈黙。
「――御武運を」
サイラスは、ただそれだけを告げた。
二人は、歩み出す。
戦場の中心へ――。
一方、そのころ。
イエヤスは、ノブタダ本陣の目前まで迫っていた。
「……頃合いかの」
傍らのヘイハチロウが応じる。
「ええ」
だが――
背後に生じた異変が、すべてを変えた。
カツイエ軍、帰還。
戦は、もはや一撃で終わらせる局面ではない。
イエヤスは即座に判断する。
「……引くぞ。」
そのとき。
「申し上げます!」
使者が駆け込んできた。
「敵本陣より、騎馬隊が出撃!」
「何と」
「南蛮甲冑に身を包み――
さながら、ノブナガ公のごとしと……!」
空気が止まった。
「……なんじゃと」
イエヤスは、ゆっくりと顔を上げる。
傍らのヘイハチロウと、無言で視線を交わす。
かすみの向こう。
迫り来る騎馬の先頭に――
一騎。
異様なまでに鮮やかな、南蛮甲冑。
その姿は――
かつて討たれたはずの男を、
戦場に呼び戻したかのようであった。
#戦乙女
眠狂四郎
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