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乾いた風が、陣幕を鳴らしていた。
遠く――敵陣の奥。
黒々とした旗の群れ。
その中心に、ただ一つ、動かぬ核がある。
「……あれが、イエヤスの本陣……」
ノブタダは馬上で目を細めた。
側には、ナガヨシ。
そして背後には、選び抜かれた騎馬武者たち。
数は多くない。
だが――
「狙うはイエヤスの首ひとつ」
ノブタダは、静かに言い放つ。
「者ども、つづけえい!」
ナガヨシはわずかに頷いた。
その目は、すでに戦場全体を見切っている。
――次の瞬間。
ナガヨシは槍を構え、ノブタダの前へ出る。
大きく弧を描くように、騎馬隊を旋回させた。
隊列がしなる。
そして――一点へ収束する。
「――行くぞ」
その一言で、すべてが動いた。
蹄が地を打つ。
一瞬遅れて、大地が震える。
騎馬隊は一直線に加速した。
前面の敵兵が、ざわめく。
「騎馬だ!」「突っ込んでくるぞ!」
迎撃の槍が並ぶ。
だが、その間隙を――
ナガヨシが突き抜ける。
最前列の槍衾が弾け飛ぶ。
馬体がぶつかり、兵が宙を舞う。
ここまでは、計算された突破。
だが――
ナガヨシは、そこで止まらない。
「どけぇ!!」
槍が唸る。
一撃で二人をなぎ払う。
もはや陣形ではない。
ただの暴威。
ノブタダ軍は止まらない。
斬る。
突く。
振り払う。
ただ前へ。
「止めろォォォ!!」
イエヤス本陣のあちこちから叫びが上がるが、もう遅い。
騎馬の楔は、陣の奥へと食い込んでいく。
――一直線に。
本陣へ。
だが、その瞬間。
横合いから、別の奔流が突き刺さった。
「そこまでよ!!」
野太い声とともに、重い騎馬の群れが激突する。
先頭に立つ男――
ヘイハチロウ。
ナガヨシは血に濡れた鎧のまま、獣のような笑みを浮かべた。
「ヘイハチロウとやらはどこだ……!」
槍が唸る。
一撃で二人をなぎ払う。
だが次の瞬間――
空気が、変わった。
ざわめきが、すっと消える。
徳川の兵が、無意識に道を開ける。
――現れた。
「……まさか、敵大将がくるとはな」
低い声。
徳川本陣を背に立つ男。
ヘイハチロウ。
蜻蛉切を、わずかに構える。
ナガヨシは、ぴたりと動きを止めた。
そして――笑う。
「へぇ……」
「ようやく“当たり”かよ」
二人の間に、わずかな間。
だが、その間に誰も踏み込めない。
――後方。
ノブタダは、その対峙を見据えていた。
(……ここが分岐か)
一瞬だけ、視線を細める。
「ここから先は、通さぬ」
ヘイハチロウは言った。
「通るさ」
ナガヨシは槍を構える。
「ぶち抜いてなァ!!」
次の瞬間、両者が踏み込んだ。
空気が裂ける。
槍と槍が――
激突した。
衝撃が、地面にまで伝わった。
近習のモトタダが、イエヤスのそばに駆け寄る。
「あぶのうございます。ここは下がられては――」
「ヒコザ、供をせよ!」
近習たちは色を失い、慌ただしく動き出す。
だが――
「待て」
イエヤスは、低く言った。
その一言で、場の動きが止まる。
「戦は、危ないに決まっておる」
静かだった。
だが、揺るがない。
「死ぬ覚悟なくして、生きられぬのが――戦場の定めよ」
軍配を、戸板で作った机へ放り出す。
乾いた音が、やけに大きく響いた。
イエヤスはそのまま、床几に腰を落とす。
動かない。
ただ、戦場をみていた。
――その背後。
別の異変が起きていた。
イエヤス本陣の後方。
ヤスタカの陣へ――
カツイエ軍が、雪崩れ込んでいた。
「何事じゃ!」
カツイエは敵本陣の異変を感じ取っていた
「ノブタダ様の軍が敵本陣を急襲した模様」
陣が、ざわめく。
煙が上がる。
兵が押し崩される。
「敵本陣が乱れておるぞ!」
誰かが叫ぶ。
「……間に合ったようじゃの」
カツイエは小さく、呟いた。
その混乱を、イエヤスは振り返らない。
ただ一言――
「ノブタダ自ら来たのか……」
その声音に、焦りはない。
むしろ――
わずかな、確信。
次の瞬間。
前線へ向けて、号令が飛ぶ。
「かかれえい!!」
イエヤスの兵が、再び前へ出る。
ノブタダは、イエヤスの金扇の馬印を見つけると、
にやりと満足そうに笑った。
陣幕の向こうで、甲冑が揺れる。
血と煤に染まりながらも、その色だけは、なお鮮烈だった。
「……来るか!」
誰ともなく、呟きが漏れる。
その中央に――ノブタダがいた。
甲冑は裂け、血に濡れている。
だが、その目は澄んでいる。
遠く。
敵陣の奥。
旗が、幾重にも重なり合う中に――
イエヤスの本陣があった。
動かぬ核。
戦の終わりを握る、ただ一つの点。
「……あそこだ」
ノブタダは、静かに言った。
周囲の兵は、もう多くはない。
皆、傷を負い、息も荒い。
だが――誰一人、退こうとはしなかった。
「乱世の終幕よ」
わずかに、笑みが浮かぶ。
死は、覚悟のうち。
むしろ――
ここで終わらねば、意味がない。
「者ども――」
槍を構える。
その切っ先は、ただ一点。
「続けえい!!」
叫びとともに、すべてが動いた。
蹄が地を叩く。
足軽が駆ける。
南蛮甲冑の一団が、炎のように前へ流れ出す。
「止めよォォ!!」
イエヤス本陣から、声が四方へ飛ぶ。
槍が並ぶ。
だが――
止まらない。
仲間が倒れる。
それでも、誰も振り返らない。
ただ前へ。
ただ、あの一点へ。
ノブタダは、先頭に立っていた。
槍が閃く。
一人。
また一人。
道が、開く。
いや――
道を、こじ開けている。
「イエヤスはどこだ!!」
叫びは怒号ではない。
研ぎ澄まされた刃のように、まっすぐだった。
そのとき――
前方の空気が、変わる。
ざわめきが引き、
兵が、わずかに道を開ける。
そこにいた。
一人の将。
イエヤス。
その目は、驚きと、わずかな恐れを帯びていた。
わずかな恐れ――いや、確信に近い危機
(……来たか)
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
二人の視線が、交わる。
戦場の音が、遠のく。
ノブタダは、槍を握り直した。
ここまで来た。
あと一歩。
「ござんなれ、イエヤス」
踏み込む。
――だが。
次の瞬間。
四方から、槍が迫る。
ヘイハチロウではない。
名だたる将でもない。
ただ――数。
幾重にも重なる壁。
ノブタダは、それを
斬る。
払う。
踏み込む。
それでも、壁は尽きない。
一瞬――
間が生まれる。
ノブタダの目が、わずかに細まった。
(……ここまでか)
次の瞬間。
刀で迫る槍先を弾き――
踵を返す。
判断は一瞬だった。
次の瞬間には、もう背を向け、
一気に、もと来た道を駆け抜けた。
誰も、その判断に遅れない。
生き残った騎馬が、波のように引いていく。
――残された静寂。
目の前に、イエヤスがいた。
届く距離。
だが――
その距離は、ついに埋まらなかった。
「……あと、少しであったな」
イエヤスの声が、低く落ちる。
陣に、重い沈黙が広がる。
誰も、すぐには声を出せない。
ただ一人。
イエヤスだけが、ゆっくりと息を吐いた。
「……危うかった」
それは、誰に向けた言葉でもなかった。
ナガヨシもまた、ノブタダの退きを見るや否や――
槍を振りかぶる。
「らぁッ!!」
ヘイハチロウへ向け、投げ放つ。
風を裂く一撃。
それを置き土産に、背を向けた。
ノブタダの後を追い、乱戦の中へ消えていく。
やがて。
ナオマサの赤備えをはじめ、各軍が本陣へ救援に駆け付ける
遅れてきた重みが、場を押し固める。
イエヤスは、ようやく馬を返した。
「……コマキへ退く」
その声に、異論はなかった。
一方。
カツイエは報を聞いたとき、目を見開いた。
「……何だと。ノブタダ自らが、本陣へ討ち入ったと申すか」
だが次の瞬間には、もう決していた。
「我々もガクデン、イヌヤマにもどる」
即座に命を下し、退却した
そして――
戦場の誰もが、この瞬間、乱世の終わりを感じ取っていた。
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