手を取りあった。
「──膝丸。」
「、はは…兄者、こういう時に限って、名を呼んでくださるのか」
「ふ、はは…言っておかないと、後悔しそうだからね」
互いに腹部を負傷し、足を折られ、撤退を強いられた。…本丸に歴史修正主義者・検非違使連合軍が強襲してから、早半日。次々に追いやられ、撤退を迫られるも、外に通じるゲートが通信障害によって開かず、籠城戦を余儀なくされていた。初めは、新刃が。次は、持久戦に弱い短刀が、脇差が。その次は、機動に難のある大太刀らが、室内戦へと誘導された。僕らも例外でなく、室内へと追い立てられ、向こうの短刀たちと切り結び、腹を横薙ぎにされた。
なんとか、一振一振仕留めて、ずりずりと後退しながら室内に逃げ込んで、ようやくひとつ息が吐けた。
「政府の、助けが、早く来れば良いのだが…」
「どうだろうねえ。ここが戦場になってから既に半日は経っているだろうから…」
政府側への救難信号を受理されているか怪しいところだ。主は、近侍である彼を供に、執務室に強力な結界を張って、政府への連絡を試みている。しかし、半日も音沙汰が無いと、望みは薄いだろう。
「ふう…。もう、大分いなくなっちゃったみたいだね」
「そう、だな…。未だ残っているのは、太刀の一部と、打刀が数振り…と言ったところか。」
「いつまでもつかな、っと…」
「……兄者?」
弟が、刀を構えようと膝を立てるのをそっと押さえる。目を合わせて諭してやれば、意図を理解したようで小さく頷いた。障子の向こう側に、遡行軍の気配がする。恐らく打刀だろう。もうこんな所まで侵入しているのか、と臍を噛むが、そうも言っていられない。
遡行軍は、障子を通り過ぎ、生き残りを探すために更に奥へと足を進めている。それを見咎め、弟と一緒に立ち上がった瞬間。
【グォオオオ!!】
「膝丸ッ!」
「っ兄──……兄者ァ!」
背後から、襖を切り破り検非違使の一体が刀を振りかぶる。思わず弟の腕を引いて、こちら側に引き寄せれば、刀が僕の頭に影を差した…
ガギィン!!
「っく…」
火花を散らすほど、無茶な受け方をしたせいか、身体全体が揺らされたような衝撃な襲われる。弟が、隙を逃さず検非違使の腕に攻撃を仕掛けたが、一撃で切り落とすことは出来ず、僕はギチギチと交差する刀を無理やり引いて、刃の軌道を逸らした。
「兄者っ!」
「大丈夫、ほら、来るよ」
眉を寄せた膝丸の肩をポンポンと叩いて、検非違使に向き直る。が、背後の遡行軍の気配が濃厚になっているのを無視はできない。二振りでどこまで足掻けるか、こんな死闘、二度と経験できないだろうと思えば、自然と口角が上がった。最期となれば、示さなければならない。
「兄者…?」
「ふふ。──やあやあ我こそは!源氏の重宝、髭切なり!」
「っやあやあ我こそは!源氏の重宝、膝丸なり!」
刮目せよ、これが、源氏の重宝の戦い方である!と。折れた足も、気にならなかった。室内故に振り払うのではなく、急所を突く動作が増えるとはいえ、身体は痛むはずだ。だが、弟も僕も、なにか熱いものが身体の中を巡っているのが心地よくて、痛みなぞ感じなかった。
「きえあああああッ!!」
「ッシャアアアアア!!」
障子を破って突入してきた遡行軍と、背中合わせに次々と切り結ぶ。無論、次々と傷を作るが、それすらも気分を高揚させるきっかけになり、弟と僕は、己の身体が壊れていくのすら気が付かなかった。
── ・ ── ・ ──
「ッガ、ぁ゙…!」
「ひ、ざまる…ぁぐ、」
遡行軍の一体に、切り伏せられた弟を見た途端、今まで抑圧されていた痛みが襲いかかり、隙を作ってしまった。そんな隙を逃すほど愚かではない遡行軍は、すかさず僕に斬り掛かる。
「グゥ…!」
「兄者ぁ!」
肩口から胸元にかけてを広く斬られ、体勢を大きく崩す。弟の悲痛な声が聞こえて、なんとか気を保とうとするが、それも難しく、床に膝を着く。
【グゥゥウウ!】
「ッ……」
「あに、」
遡行軍の大太刀が、僕らを折ろうと刀を大きく振りかぶる。唐突に悟った、ここが終わりだと。弟も、膝丸も悟ったらしく、泣きそうな顔でこちらを見ていた。
その顔を見ると、なんだか、胸が苦しくなって、痛い。人間の心は、複雑奇怪だなあ、と顕現してから幾度となく思ったことを、反芻させた。共に折れる存在だと思っていた片割れを、安心させるように、痛みを堪えて微笑み、腕を伸ばして、こちらに体を引きずって寄ろうとしていた弟の腕を引いて、──弟の体を思い切り、辛うじて仲間の気配のする方向へ投げた。
「、は」
「愛しているよ、僕の弟!」
振り返らずにそう言い捨て、検非違使へと刀を向ける。振り下ろされた刀を意に介さず、そのまま下から刀を振り上げた。あまりの硬さに、刃が止まりそうになるが、そのまま切り上げる。同時に、己の体に、酷い衝撃が走ったような気がしたが、その時にはもう、僕の刀は遡行軍を切り伏せていた。
「兄者ァァアアアア!!!」
そんな、泣き叫ぶような弟の声が聞こえた気がするけれど。そんなことを考えるまでもなく、パキン、と軽い音が聞こえて、全ての感覚が遮断された。