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店を出て、歩く。
さっきまでは寒かったのに今はポカポカ暖かいなぁと、そんなことを考えながら真衣香は坪井を見上げた。
月明かりと、夜の街の煌びやかな灯りに照らされて。
片側だけ刈り上げたアシンメトリーな髪型。
ふいに、弱く吹いた風になびかれ長い方の髪を、坪井が耳にかけた。
その仕草に。
ドクン、と。
真衣香の胸は唐突に鳴り響く。
(つきあおうって言われたから、途端に意識しまくってるみたい)
そんな自分の気持ち。 頼りなく、夜風になびいてる気がして。
「どうしたの?」
坪井が優しい声で聞いた。
真衣香は小さく首を振り「何でもないよ」と、答える。
例えば、きっかけが坪井の『つきあってみる?』だったとしても。
今ドキドキと高鳴る自分の心を信じたいと思ったからだ。
「寒いし、とりあえずこの辺にする?」
「え?」
「ん?なに?」
不思議そうに首を傾げて、坪井は笑顔を見せる。
そして指を絡めるようにして繋いで歩いてきた、その手をグッと引いて。
真衣香を立ち止まらせた。
(え……こ、ここって)
無駄にライトアップされた洋館のような、その建物。
デカデカと立て掛けられた看板には、休憩とか宿泊とかの文字。彼氏のいない真衣香には縁遠かった場所。
まじまじと見つめてしまう。 上から下まで。
「つ、坪井くん、えっとあの、ホ、ホテル??」
「え?うん。ラブホ。どう見ても」
ポカン、と口をあけて立ち止まる真衣香を見て坪井はあっけらかんと、そう答えた。
「入るの……?」
恐る恐る真衣香が聞くと驚いたように返される。
「え、外とか俺無理だけど、寒いじゃん」
「な、ななな、何?外で何が無理って?」
慌てる真衣香を見下ろして、坪井は吹き出した。
「ははは、何、どうしたの?お前かなり酔ってるね、反応可愛いすぎるよ」
「や、酔いはかなり冷めてきたよ!?」
「えー、冷めてんのに言わせんの?ホテルまで来てお前と何したいか?説明すんの?」
坪井の大きな手が包み込むようにして真衣香の頭を撫でた。
(ど、どうしよう)
『24歳の女らしく』を貫き通したかったけれど。こればかりはどうしたものかと真衣香の頭の中はフル回転だ。
(は、初めてなのは痛いの我慢したらバレない!?)
(いやでも待って、私、そんな、そんなつもり微塵もなかったし!今日の下着いつ買ったやつ!?しかも上下揃ってない!)
初めてがバレなければ。なんて思考はいかがなものだろうか。
と、真衣香は自分でもわかっていた。
まるで自分を大切にしてないみたいだとか、突っ込まれてしまったら返す言葉もきっとない。
(でも、ずっと恥ずかしいと思ってきたんだよ)
誰に聞かせるでもないのに、答えるようにして心の中で呟いた。