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a rainy day

15 - ――

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2024年04月28日

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Side 黄


「…すいません、マスター」

控えめな声がして、ふと顔を上げる。ついうつらうつらしていたようだ。

「あっはい」

若い男性がこっちを見ていた。ジントニックのグラスは空になっている。

「ちょっときつめのお酒を飲んでみたいんですけど、何かおすすめはありますか?」

俺は彼を見返した。バーテンダーとしての経験から見るに、この人はあまり強そうではない。「普通」なのかもしれないが、一杯目のペースもさほど速くはなかった。

「…かしこまりました。どんなお味がお好みですか」

それでも、提供する側としてそう口にする。

「爽やかなやつ…かな。フルーティーな?」

やっぱりだ、と思った。通な人なら独特な味のを好むお客も多いけど、初心者などはフルーツから作るカクテルを勧めるから。

「あ」と思いつき、笑顔を浮かべる。「この間新しく考えたカクテルをお作りしましょうか。レモンを使った、甘酸っぱいお味です」

それはいい、と彼も笑う。「お願いします」

仕込んでいたものを準備していると、彼が口を開いた。

「アルコールが強いと、やっぱ眠れるんですか?」

「…個人差ですよ。僕の場合は、関係ないんですけどね」

うなずいた彼は、唇の端を緩めた。

「俺、不眠なんです」

そして唐突に言った。

「だからいっつもこうして夜に外に出てて。行き先も決めずに、朝になったら帰って。仕事もバイトしかできてなくて…」

言葉が途切れたところで、カクテルのグラスをそっと差し出した。「お待ち遠さまです」

ありがとうございます、と言って手に取る。

「ご一緒してもよろしいでしょうか」

ぜひ、と言ってくれたので、俺は自分のグラスにギネスビールを注いだ。

「僕は…逆に昼間に寝ちゃうんですよ」

一口含むと、いつの間にか喋っていた。彼が顔を上げる。

「過眠症っていうので、意思に関係なく眠気が襲ってきて眠っちゃう。嫌なものです。だから、わざと自分で昼夜逆転させてるんです」

彼が微笑んだ。そしてわずかにうつむく。ほんのり朱が差した色白の肌に、黒髪がかかって影が落ちる。

「…なんか、似てますね。俺とマスター」

「そうですね」

繁華街の片隅の、特に人気はないバー。

そこにたった二人、初めて出会ったマスターとお客さん。

確かに今、繋がっている。

俺は少しだけ嬉しくなった。

「美味しいです、このカクテル。ちょうど飲みたかった味で」

俺これ好きだな、と笑みを見せる。アルコール度数の低いお酒で作ったので、飲みやすいだろう。

「恐縮です」

恭しく頭を下げて、黒い蝶ネクタイに触れた。


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