テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
塔の外では激しい風が吹き荒れ、黒い霧が空へと吸い込まれていくように渦を巻いていた。
王宮から派遣された討伐隊は、
その異様な光景に立ちすくんでいた。
「……なんだ、この魔力は……。
まるで、塔そのものが生きているようだ」
「喰魔の完全覚醒――間に合わなかったのか……?」
恐怖が兵士たちを縛っていた。
その中心に立つのは、最前線の指揮官であるアレクシス王子。
彼は静かに剣を抜き、塔の頂を見据えていた。
(――セレナ。
お前は本当に“滅び”に堕ちるつもりなのか?)
胸の奥に、言葉にできない苦しみが渦巻く。
だが、王子は決断を下していた。
「討伐隊。進軍を開始する」
「殿下、本当に……?
第二王子殿下がまだ中に――」
「……それでもだ」
アレクシスの瞳に宿るのは、
兄としての迷いと、王族としての義務の間で揺れる決意。
「ルシアンを救うためにも……危険源は断つ」
そう言い切った瞬間――塔の最上階が光に包まれた。
塔の内部。
黒い蔦と霧がゆっくりと収束し、
中心に立つ少女へと吸い込まれていく。
セレナが、静かに目を開いた。
先ほどまで身体を締め付けていた黒い紋様は、
まるで生き物のように、彼女の胸元に集まっている。
「……制御できる……」
心臓の鼓動と共に、黒い魔力が波のように落ち着いていく。
(もう……暴走しない。
母の言葉が、私の中に……)
視線を上げれば、
血を流しながらも立ち上がろうとするルシアンがいた。
胸に刺さった矢が、深紅に濡れている。
「ルシアン!!」
セレナは駆け寄った。
黒い魔力が彼に触れた瞬間――傷口が熱を帯び、矢が焼け落ちるように消える。
「っ……セレナ、今の……」
「大丈夫、もう抑えられる。
わたし……わかったの。
この力は誰かを喰らうためじゃない……守るために使える……!」
ルシアンは、薄く笑った。
「……君がそう言うなら……この命、預けてもいいな」
「バカ言わないで!
預けなくていいから、生きて!!」
泣きそうに叫ぶセレナに、
彼は弱々しく微笑む。
(……ああ、やっぱり……好きなんだ)
意識が薄れかける中、
その想いだけが、ルシアンを繋ぎとめていた。
「ルシアン……行かないで……
あなたがいない未来なんて……私は……」
その言葉に、黒薔薇の心臓が震える。
セレナの中に眠っていた“もう一つの力”が、目を覚まそうとしていた。
(……禁忌の血を癒しに変える魔術――
母が最後に残した“救いの術式”)
彼女は両手でルシアンの胸に触れ、静かに魔力を流す。
「お願い……応えて……黒薔薇……」
黒い光がルシアンの体を包み、
胸の傷がゆっくりと閉じていく。
(……助かった……?)
だがその時。
塔の最下層から、床を焼くような光が響いた。
「――セレナ!」
アレクシス王子の声だ。
次の瞬間、塔の扉が外側から破壊された。
鋭い魔術光が内部へ突き抜け、
攻撃の衝撃が黒い蔦を吹き飛ばす。
アレクシスが現れた。
銀の鎧を纏い、王族の紋章を刻んだ剣を持って。
その眼差しは冷たく、決意に満ちている。
「セレナ・ランドール。
喰魔の器――国家反逆の罪により、ここで処刑する」
セレナは立ち上がり、ルシアンをかばうように前へ出た。
「……やめてください。
私はもう暴走しません。
ルシアンだって――」
「――黙れ」
アレクシスの声は、氷の刃のように鋭い。
「理由が何であれ、国を滅ぼす力を持つ者を生かすわけにはいかない」
セレナの目に、痛みが走る。
(ずっと……兄のように優しかったのに……)
アレクシスは剣を構え、冷たく言い放った。
「ルシアン。
お前もそこを退け」
「……兄さん。
僕は……セレナの味方だ」
アレクシスの表情が僅かに歪む。
苦悩と怒り、それを押し殺した王族の覚悟。
「……なら、お前ごと斬るしかないな」
剣がゆっくりと光を帯びる。
魔力を纏ったその一閃は、
黒薔薇の呪いとは異なる――“王家の殺意”。
塔全体が震え、外の討伐隊が一斉に武器を構える。
セレナは一歩前へ進んだ。
(もう……逃げない)
黒薔薇の心臓が脈打つ。
その魔力は、破壊ではなく――守るために。
「――私たちは、まだ終わらない」
塔の中で、三人の運命が交錯し、
王国史に残る“反逆”が、静かに幕を上げた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!