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朝倉恒一は、窓際の席であくびを噛み殺していた。
四時間目の現代国語。
教師の声が黒板に反射しているが、内容はほとんど頭に入ってこない。
「朝倉。『こころ』の“先生”は、なぜ罪悪感を抱いたと思う?」
突然名前を呼ばれ、恒一は肩を跳ねさせた。
「……自分勝手だったから、ですか」
教室に小さな笑いが起こる。
教師は満足そうに頷き、授業を続けた。
窓の外は、どこまでも青い空だった。
その向こうに軌道エレベーターが伸び、宇宙と地上が繋がっていることを、恒一は知識としては知っている。
だが、それを実感したことはなかった。
——宇宙は、遠い。
昼休み、机を寄せてきたのはクラスメイトの田嶋悠斗だった。
「なあ恒一、また当てられてたな。国語だけは優等生だよな」
「別に。たまたまだろ」
「はいはい。どうせ本とか好きなんだろ?」
「嫌いじゃないだけだよ」
悠斗はにやにやと笑い、牛乳を一口飲む。
「でもさ、お前は宇宙とか向いてなさそう。絶対地上勤務だろ」
「放っとけ。重力ないと酔うんだ」
「現代人として致命的〜」
そんな軽口を叩き合いながら、昼休みは終わった。
それが、最後の「普通」だった。
放課後。
校門を出た瞬間、低く長い警報音が街に響いた。
——ウゥゥゥゥゥン。
「……なに?」
次の瞬間、校内放送が割り込む。
『防災局より通達。未確認事態発生。生徒は速やかに校舎内へ戻り、指示に従ってください』
未確認事態。
嫌な予感が背中を撫でた。
「恒一!」
振り向くと、悠斗が走ってきていた。
「これ、演習じゃないよな?」
「……たぶん」
その時、轟音が空から降ってきた。
青空の一点が、赤く燃えている。
尾を引きながら落下する“何か”。
『全生徒、地下避難区域へ移動!』
人波に押され、二人は校舎奥へと向かう。
普段は立ち入り禁止の階段。
「こんなとこ、あったっけ……?」
答える間もなく、背後の扉が重い音を立てて閉じた。
ガシャン。
壁面が淡く光る。
《生体反応確認》
《非戦闘員:二名》
《誘導フェーズへ移行》
「……え?」
壁が割れ、その奥に巨大な空間が現れた。
レール、クレーン、無数のモニター。
——学校の地下じゃない。
その瞬間、地下全体が揺れた。
『降下物接近。着弾まで、十秒』
天井が砕け、白と藍の巨体が煙の中から姿を現す。
人の形をした兵器。
「……ガンダム……?」
倒れ込む機体。
そのモニターが光り、文字が浮かび上がる。
《PROJECT AMATERASU》
《M.A.S.-01G》
《GUNDAM SHIRANUI》
同時に、新たな警報。
『敵性兵装、地下区画に侵入』
紫色の影が、闇の奥から迫ってくる。
「逃げるぞ恒一!」
だが、恒一は動かなかった。
——ここは初めて来た場所だ。
それでも、このまま逃げれば、何かが終わる気がした。
武器はすべて使用不能。
動かない巨人。
それでも。
「……だから、今、乗る」
自分の意思で、コックピットに飛び込む。
《生体同期開始》
《パイロット:朝倉 恒一》
《戦闘行動、許可》
ガンダムは、応えた。
地下での初戦闘。
瓦礫を掴み、壁に叩きつける。
だが力は足りない。
地上へ飛び出し、ビル街で押し負け、膝をつく。
——終わりかけた、その瞬間。
空からミサイルが降り注ぐ。
『こちら地球連邦軍。貴機を援護する』
戦闘は終わった。
回収される最中、恒一は初めて、自分の手が震えていることに気づく。
——怖かった。
その夜。
ニュースは「謎のガンダム」を英雄のように映していた。
テレビの前で、悠斗は画面を見つめる。
「……生きてろよ、恒一」
名も出ないパイロットに、ただ祈りながら。
こうして、
重力のある日常は終わり、
少年の戦争が始まった。