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Smile
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警報が鳴り響く。
赤い警告灯が地下実験室を照らし、研究員たちが慌ただしく走り回る。
「心拍数急上昇!」
「体温四十二度を突破!」
「適合率が不安定です!」
朔水は実験台の上で苦しそうに身体を震わせていた。
「ぁ……っ!」
狼耳がぴくぴくと震え、尻尾は力なく垂れ下がる。
握っていた博士の手を、痛みで無意識に強く握り返した。
「父さん……。」
「痛い……。」
博士はその小さな手を握り返す。
「ここにいる。」
「私はここにいる。」
「離れない。」
その言葉だけが、朔水の支えだった。
青い薬液が身体中を巡る。
次の瞬間だった。
「がっ……!」
朔水が大きく身体を反らせる。
皮膚の一部が青白く変色し始める。
腕。
首筋。
背中。
まるで魚のような硬い鱗が少しずつ現れていく。
「変異開始!」
「順調です!」
理事長は満足そうにモニターを見つめる。
博士だけは顔を青くしていた。
「順調なものか……。」
「この子は苦しんでいる!」
「苦しみは進化の代償です。」
理事長は淡々と言い放つ。
「先生。」
「感情は研究の邪魔ですよ。」
博士は睨み返した。
「感情を失った時、人は研究者ではなくなる。」
「命を数字でしか見られなくなったら、それは科学じゃない。」
理事長は肩をすくめるだけだった。
その時だった。
「ぐっ……!」
朔水の呼吸が止まる。
「心停止!」
研究員の叫び声が響く。
部屋中が凍りついた。
「除細動器を!」
「急げ!」
博士は誰よりも早く朔水の元へ駆け寄る。
「朔水!」
胸へ手を当て、心臓マッサージを始める。
「戻れ……!」
「戻ってこい!」
一回。
二回。
三回。
「父さん……。」
小さな声が聞こえた気がした。
博士は涙を流しながら叫ぶ。
「朔水!」
「帰ってこい!」
その瞬間。
ドクン――。
心臓が再び動き出した。
「心拍再開!」
研究員たちが歓声を上げる。
しかし博士は笑わなかった。
ただ朔水を抱き締める。
「よかった……。」
「本当に……よかった。」
数時間後。
実験は終了した。
朔水は特別病室へ運ばれる。
眠ったまま、苦しそうな呼吸を繰り返している。
狼耳はそのまま。
そして首元には、薄く青い鱗が残っていた。
博士はベッドの横へ椅子を持ってきて座る。
その日は研究室へ戻らなかった。
一晩中、朔水の手を握り続けた。
深夜。
静かな病室。
朔水がゆっくり目を開ける。
「……父さん。」
「起きたか。」
博士は安堵したように笑う。
朔水は周りを見回す。
「終わった?」
「ああ。」
「痛かった。」
「……そうだな。」
少し沈黙が流れる。
やがて朔水がぽつりと呟いた。
「夢を見た。」
「どんな夢だ。」
「海。」
「青くて。」
「広くて。」
「いっぱい魚がいた。」
博士は静かに耳を傾ける。
「ぼく。」
「泳いでた。」
「すごく気持ちよかった。」
その話を聞きながら、博士の胸は締め付けられた。
鮫の遺伝子が、朔水の夢にまで影響を与え始めている。
翌朝。
検査が始まる。
研究員がコップの水を差し出した。
「飲んでください。」
朔水は一口飲む。
その直後。
「……?」
苦しそうに喉を押さえた。
「息が……。」
「苦しい……。」
博士はすぐに駆け寄る。
「どうした!」
モニターを見る。
酸素濃度が急激に低下していた。
「先生!」
「水中呼吸器官が形成され始めています!」
「え……?」
首元を見ると、小さな裂け目が左右にできていた。
それは人間にはない器官。
**鰓(えら)**だった。
博士は愕然とする。
「そんな……。」
理事長は静かに笑った。
「成功ですよ。」
「これでNo.0124は海でも生きられる。」
博士は拳を震わせる。
(また人間から遠ざかっていく……。)
その日の夜。
朔水は眠れなかった。
ベッドに座り、自分の手を見つめる。
耳。
尻尾。
首の鰓。
「ぼく……。」
涙が零れる。
「人間じゃなくなっちゃうの?」
その言葉を聞いた博士は、ゆっくりと朔水を抱き寄せた。
「違う。」
「耳があっても。」
「尻尾があっても。」
「鰓があっても。」
「お前はお前だ。」
「私の息子だ。」
朔水は博士の胸へ顔を埋める。
「ほんと?」
「ああ。」
「何が変わっても。」
「私はお前を朔水と呼ぶ。」
「誰がNo.0124と呼んでも。」
「私にとって、お前は朔水だ。」
朔水は安心したように泣き笑いを浮かべた。
「……父さん。」
「ぼく。」
「父さんの子どもでよかった。」
その一言で、博士は堪えていた涙を流した。
(この子を守りたい。)
(もう二度と苦しませたくない。)
そう強く願う一方で、理事会はさらに過酷な実験計画を進めていた。
そして博士は、初めてある決意を固める。
――この施設から、朔水を逃がそう。
その決意が、やがて朔水が「セト」として新しい人生を歩み始める第一歩となるのだった。
コメント
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寺島あおいです🌷 第八章、読ませていただきました。 青い鱗や鰓が現れる描写、ひとつひとつが克明で、朔水ちゃんの身体が“人間の形”から少しずつ遠ざかっていく切なさがひしひしと伝わってきました。特に「父さん」と呼びかけるたびに博士が「ここにいる」と返すあのやりとり、胸がぎゅっとなりました。 「人間じゃなくなっちゃうの?」という問いに「お前はお前だ。私の息子だ」と抱きしめる博士の言葉、本当に救いでした。科学と愛情の板挟みの中で、博士が「逃がそう」と決意するラスト、続きがすごく気になります。 ルルちゃさんの、痛みと優しさのバランスが絶妙な文章、大好きです。