テラーノベル
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朔水が眠っている。
規則正しい寝息だけが、静かな病室に響いていた。
博士はベッドの隣へ腰掛け、狼耳を優しく撫でる。
耳は安心したようにぴくりと動いた。
「……おやすみ、朔水。」
誰もいない時だけ。
研究者ではなく、一人の父親になれる時間だった。
その寝顔を見つめながら、博士は胸ポケットから一枚の写真を取り出す。
そこには、まだ実験を受ける前の朔水が写っていた。
黒髪。
黒い瞳。
少し照れくさそうに笑う、小さな男の子。
その写真に、ぽたり、と涙が落ちた。
「返してやりたかった……。」
「普通の人生を。」
「普通の笑顔を。」
博士は写真を握りしめた。
「すまない。」
「父さんは……。」
「お前を守れなかった。」
翌朝。
理事会から緊急招集がかかる。
会議室へ入ると、机の上には新しい資料が置かれていた。
《PROJECT CHIMERA Phase-3》
博士の表情が曇る。
「……まだ続けるのですか。」
理事長は静かに頷く。
「No.0124は予想以上の成功例です。」
「さらに能力を引き出します。」
「これ以上身体は耐えられません!」
博士は声を荒らげた。
「昨日も心停止した!」
「あと一歩で死ぬところだった!」
理事長は無表情のまま答える。
「それでも生き残りました。」
「つまり成功です。」
「違う!」
博士は机を叩いた。
「生きているだけで成功ではない!」
「笑うことも。」
「泣くことも。」
「未来を夢見ることもできて初めて、人は生きていると言える!」
会議室が静まり返る。
理事長はため息をついた。
「先生。」
「あなたは優秀な研究者でした。」
「ですが最近は情に流されすぎています。」
「No.0124への接触を制限します。」
その言葉に、博士の顔色が変わる。
「……何ですって。」
「本日より、生活管理は別の研究班へ移管。」
「あなたは実験責任者のみです。」
「会いたければ、実験室で。」
博士は立ち尽くした。
父親でいられる時間まで奪われた。
その日の夜。
博士は監視カメラの映像を見ていた。
モニターの中では、朔水が一人で夕食を食べている。
何度も部屋の入口を見る。
誰かを待っている。
「父さん……。」
小さな声が、スピーカーから聞こえた。
「今日は来ないのかな……。」
博士はモニターに手を伸ばした。
触れられない。
抱きしめられない。
画面の向こうで、朔水は一人きりだった。
「ごめんな。」
「今日は行けない。」
「行きたいのに……。」
その夜も博士は、人知れず涙を流した。
数日後。
施設の地下資料室。
博士は一人で古い設計図を広げていた。
研究施設が建設された当初の図面。
現在は使われていない搬出口。
海へ続く排水路。
そして、非常用通路。
「……ここだ。」
誰にも気付かれず外へ出られる道が、一つだけ残っていた。
博士は静かに図面を折りたたむ。
「朔水。」
「今度こそ。」
「父さんがお前を守る。」
その目には、もう迷いはなかった。
その頃。
朔水は一人で中庭に座っていた。
狼耳は元気なく垂れ、尻尾も動かない。
博士が来ない。
その理由も分からない。
「父さん……。」
膝を抱えていると、一人の青年研究員が近づいてきた。
まだ二十代半ばほどの、穏やかな雰囲気の男性だった。
しゃがみ込み、目線を合わせる。
「君がNo.0124か。」
朔水は小さく頷く。
「はい。」
青年は少し困ったように笑った。
「その呼ばれ方、好きじゃないだろ。」
朔水は驚いたように顔を上げた。
「……うん。」
青年は周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、小さな声で言う。
「本当の名前は?」
「……朔水。」
「いい名前だ。」
青年は優しく笑う。
「俺は神代(かみしろ)。」
「今日から君の検査を手伝うことになった。」
朔水は少しだけ笑顔を見せた。
「よろしく。」
「神代さん。」
神代はその笑顔を見て、胸の奥が痛んだ。
(この子は……。)
(兵器なんかじゃない。)
(ただの、優しい子どもだ。)
その日から神代もまた、博士と同じように朔水を守ろうと決意する。
そして博士は神代にだけ、静かに打ち明ける。
「……協力してくれ。」
「私は、朔水をこの施設から逃がしたい。」
神代は驚きながらも、迷わず頷いた。
「もちろんです。」
「俺も、この子を守ります。」
こうして、誰にも知られない脱出計画が静かに動き始める。
父親と、一人の若き研究員。
二人はすべてを失う覚悟で、一人の少年を未来へ送り出そうとしていた。
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コメント
1件
きゃあああああ第九章やばすぎる!!😭💦💦 博士が「朔水」って名前で呼んで、狼耳撫でるところからもう泣きそうだったのに…写真見ながら涙落とすシーンで完全にやられたよ…「普通の人生を返したかった」って台詞が重すぎて心臓ぎゅううってなった🥺 そして神代さん登場!「いい名前だ」って言ってくれるの優しすぎる…!朔水がやっと笑顔見せたところで私も一緒にほっとしたよ…二人の大人が本気で朔水を守ろうとしてるの尊すぎる…!次回どうなるの!?もう待ちきれないよおおお!!🌸