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ランナはヒルに手を引かれて細長い廊下を走り続ける。壁や床などの真っ白な内装が、次第に鮮やかな金色に移り変わっていく。
この廊下は隣の建物に繋がる連絡通路のようで、アサの城からヒルの城に移動しているのだと視覚で分かる。
ポーラと離されてしまったのも不安だが、手を引くヒルがなぜ走っているのか分からない。
「ヒル様、そんなに急がなくても!」
「急がないと時間がないんだよ! あぁもう、遅いな!」
「きゃあっ!?」
ヒルは握っていたランナの手を強く引っ張ると、あっという間に両腕で抱えて自分の胸の中に収めてしまった。
これはランナの人生初『お姫様抱っこ』である。
通路を抜けて階段を上り、金色に輝く廊下を走り続ける。その途中、廊下を歩いていた侍女や執事たちは驚いて端に寄ってヒルに道を開ける。
浮遊感と疾走感と金色の眩しい色彩にランナの目は眩みそうになるが、突然にヒルの足が止まる。
「ここがオレの部屋だ!」
今まで見てきた景色よりも一際金色に輝く扉を開けると、部屋の中も同じ色だった。
まさか全てが純金で出来ているのでは……と思うようなテーブルや窓枠。そしてキングサイズのベッド。
ランナはそのベッドの真ん中に仰向けに寝かされる形で下ろされた。白いシーツの海の真ん中に浮いている感覚で平衡感覚が狂ってしまう。
さらに眼前にはヒルの太陽のような金髪と赤い眼光が迫ってくる。
「じゃあ、始めるか。夫婦の契り」
「え、な、何を、ちょっと! きゃー!!」
「うぉっ!?」
ヒルが上着を脱ぎながら覆いかぶさってきたので、ランナは反射的にヒルの頬を思いっきり叩いてしまった。
その反動でヒルは背中からベッドの下に落ちてしまい、床に落ちた二本の足の裏が情けなく天井を向いている。
「あ、ご、ごめんなさい、ヒル様!」
「くぅぅ……おかしいなぁ……」
ヒルは起き上がると再びベッドの上に乗ってランナの顔を正面から見つめる。悪魔のような赤い瞳はやはり人とは思えない色味だ。
「ねぇ、ランナちゃん。オレが好きだろ? こう……ドキドキして愛してるって思うだろ?」
「え? 全然」
正直なランナはハッキリと答える。ヒルは落胆した様子でベッドの上であぐらをかいて肩と頭をガックリと下げた。分かりやすい落ち込み方だ。
ランナも起き上がって正座をすると、意気消沈したヒルの目線はランナの左手の指先に向けられている。ヒルは片手を上げてランナの金色の指輪を指差す。
「その指輪の呪いの効果、ないのか……くそぅ、なんでオレだけ魔力が弱いんだよ」
「え……呪い? この指輪に!?」
「あぁ、魅了の呪いだ。でもオレだけ失敗したんだな……」
やはり指輪には呪いがかかっていた。ポーラの様子がおかしかったのも呪いのせいだった。三人格のヴァクトは三人の王妃それぞれの指輪に呪いをかけたらしい。
呪いで心を支配してまで三人を娶る理由は何なのか。そもそも、なぜ呪いを使えるのか。赤い瞳もそうだが、まるで本物の悪魔だ。
疑問が多すぎて何から質問すればいいのか分からない。ランナの困惑の表情を見て察したヒルは、気を取り直して明るい笑顔になった。
「改めて説明するよ。オレは昼の人格で、昼の12時から5時間だけ活動できる。他の時間帯の記憶はない」
「え、5時間だけ?」
ヒルの説明によると、三人格それぞれが表に出る時間帯はだいたい決まっている。
アサは朝4時から昼12時までの8時間、ヒルは昼12時から夕方5時までの5時間、ヨルは夕方5時から朝4時までの11時間。
ヒルはまるで子供のように膨れながら愚痴をこぼす。
「どう考えても短いよな!? オレだけ活動時間が短いし魔力も弱いし、不公平だよな!」
確かにヒルの時間が短いし、ヨルの時間が長すぎる。夕方も夜に含まれてしまうせいもある。
そして三人格は記憶は共有していない。魔力の強さも違う。全くの別人が1つの体を共有している状態であった。
細かい疑問は山ほどあるが、全てを質問していたら日が暮れてしまう。ランナは心を落ち着かせて、たった1つの質問に絞る。
「ねぇ……ヒル様は、何が目的なの?」
ランナは自然とタメ口になっていた。三重人格、三人の王妃、指輪の呪い。全ての疑問をその質問に集約した。どこまで話すかはヒルに委ねる。
ヒルが伏せていたに瞳を上げると、ランナの長い金髪と凛とした金色の瞳に意識を捉われる。
部屋中に広がる金の装飾すら後光ではないかと思うほどにランナの色はヒルの視界と思考を染めて支配していく。
ヒルは少し頬を赤く染めて視線をそらした。
「率直に言うと、オレ以外の人格を殺したい」
「人格を……殺す?」
陽気なヒルの口から出たのは衝撃的な殺意の言葉で、思った以上に闇深い件だと感じ取れる。
おそらく現状に不満なヒルは自分以外の人格を消して、ヒルという一人の人間として毎日24時間を生きたいのだろう。
「ランナちゃんは魔法薬を作れる薬師だろ? 人格を殺す薬も作れるよな?」
「ちょっと待って、そのために私を……?」
ヒルとヨルが希少な能力を持つ聖女であるランナとポーラを娶ろうとした理由は、おそらく同じ。もしかしたらモニカも聖女かもしれない。
聖女を呪いで支配して娶り、その能力を利用して他の人格を死に至らしめる。すなわち『人格の殺し合い』だ。
聖女の能力は『愛』によって効力が上がる。愛し合う事によって聖女の能力を高めるために、呪いをかけてまで溺愛しあう関係を作ろうとしている。
そこまでは推測したが、物騒な事を言っている割にヒルは少年のような無邪気な笑顔を顔面いっぱいに咲かせる。
「それでさ、あの風邪薬をヨルの時間になる直前に飲んでやった! ヨルのやつ絶対に具合悪くなっただろ! いい気味だな、あはは!!」
「……確かに具合悪そうだった、ヨル様もアサ様も」
「お、アサもか? 朝まで効果が持続するなんて、さすがランナちゃんの薬だなぁ、あはは、スカッとするぅ!!」
ランナは呆れながらも、ヒルという人格が少し分かり始めてきた。彼は不器用なだけではなく子供のようだ。これは殺意というか子供のイタズラのレベルだ。
あの風邪薬はヒルの生気に合わせて調合したが、同じ体でも別人格だと体に合わなくなる。人格が変わると生気も変わるという事実には驚いた。
ヒルは床に片膝をついてベッドの上に座るランナを見上げる。それは、まるで玉座に座る女王に跪くような形で。
「そういうワケで、ランナ。お前はオレの妃として一生溺愛する。よろしくな」
(え、どういうワケ?)
これがプロポーズとでも言うのだろうか。紳士的なポーズをしてる割に口調はフレンドリーで軽い。
しかし呪いの指輪をはめた時点で、ランナはもう逃げられない。犯罪者として連行された建前でモーメントの街へも簡単には帰れない。
元々、風邪薬くらいしか調合できない薬師の姉妹だ。いなくなっても街の人たちが困る事はないだろう。
(聖女として利用するために愛されるなんて、納得いかないけど)
それでも、ランナは思う。三人の王妃の中で、呪いの指輪の魅了に支配されないのは自分だけ。ランナだけが正気なのだ。
三重人格の争い、そしてモニカとポーラ。なんとかして全員を救う方法はないだろうかと。それが自分に課せられた使命ではないかと思った。
幸いな事にヒルは単純明快で、三人格の中では一番扱いやすい。利用するならば、こちらも利用して返すだけ。
「うん。よろしくね、ヒルくん」
タメ口に加えて、くん付け。さらにランナはここに来て初めて純粋な笑顔をヒルに返した。単純明快だからこそ、それはヒルの無防備な心を貫いた。
ヒルは衝動的に立ち上がると、そのまま前方に倒れこんでランナを背中から倒す。また押し倒されてしまったランナは金色の目を見開くが、すぐに赤い瞳と熱い唇が重なる。
「んっ……?」
ほんの数秒で唇は離されるが、赤い太陽の瞳は至近距離から離れない。ヒルの呼吸の音も熱もすぐ目の前にある。
恋を知らないランナにとっては初めてのキス。あまりにも唐突な人生の転機にロマンを感じる余裕などなかった。