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壱花たちはエントランスホールにあるフロントでチェックインし、自分たちの部屋に向かった。
遅くなったお詫びに、と社長はちょうど空いていたスイートルームを倫太郎に、壱花たちにもいい部屋をとってくれていた。
「俺のスイート、ベッド、ダブルだ。
よかったな、壱花」
「そこだけ聞くと、なんかいかがわしい会話ですよね」
と冨樫が言う。
「お前、最初から俺の部屋でいいんじゃないのか?
朝、荷物とりに行ったりとかめんどくさいだろ」
合理主義的な倫太郎はそう言ってくるが、壱花は、
「いえ。
私はこの船をしゃぶり尽くしたいので、駄菓子屋に飛ぶまで、自分の部屋を堪能しますっ」
と宣言する。
「いや~、ホテルみたいな個室の部屋もいいんですけど。
ベッドだけがずらっと並んでるだけのところも。
広い場所にマットと毛布と枕だけが壁際にズラッと並んでるだけのところも、いいですよね」
なんか、ワクワクしますっ、とそちらのエリアを見ながら壱花は言った。
片手に持っている船のパンフレットを見ながら冨樫が言う。
「私はザコ寝にはワクワクしませんが。
御船印はちょっと集めたいですね」
じゃあ、と別れ、それぞれの部屋に行く。
乗船直前に空いている部屋をとってもらったので、同じエリアにある冨樫の部屋とも離れていた。
うわ~、ほぼホテルそのものだなあ。
シャワーやトイレもついてるし。
小綺麗な狭いが設備が充実した室内を壱花は見回す。
ベッドには花毛布まである。
花毛布、飾り毛布と呼ばれるそれは、花や日の出、富士山などの形に毛布を形作ってあるものだ。
今では見られる客船も少なくなっているが、この船にはそれがあるようだった。
スマホでそれを写真に撮り、壱花は荷物を置くと、すぐに外に出た。
船内を楽しみ尽くさねばっ、と思っていたからだ。
「何処行きましょうかっ?
大浴場ですかね。
レストランですかね?
ゲームセンターですかねっ?」
早くしないと駄菓子屋に飛んでしまいますよねっ、と壱花は合流した倫太郎たちに、すごい勢いでそう言って引かれる。
「……わかった。
お前が行きたいところから行け」
ありがとうございますっ、と頭を下げたとき、楽しげに行き交う乗客たちの中に、壱花は見てはいけないものを見てしまった。
ボロボロの布をまとった老婆だ。
だが、誰もそれを気にしているようにはない。
「なんか目の前を、たぶん、気のせいだと思われるものが歩いてます」
「……俺にも見えてるな、その気のせい」
「不本意ながら、私にも見えているようなんですが……」
明らかに人間ではないその老婆は、なにかを探しているようにキョロキョロしていた。
全員が視線で意思を確かめ合う。
あれはほっといた方がいいモノか? 目つきが怪しいが……。
追うか?
それとも、船内をしゃぶり尽くして楽しむか?
視線で探り合いながら、結局、その老婆の後をつけて行ってしまっていた。