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???視点
遡ること十数時間前。
暗い洞窟の中、辺りを照らすのは数本の松明のみ。
そこには3人の男が穴の中にいる1人の男を囲んでいた。
「おい、テメェ」
可愛らしい顔には似つかない低い声で彼は男を呼んだ。
「お前、寝てんなよ」
こちらもどちらかと言えば可愛いらしい部類の顔をしており、おそらく普段の元気そうな声からは凡そ発せられることのないだろう低い声で男を非難していた。
「俺ら寝て良いなんて一言も言ってないけど」
こちらは優しげな綺麗な顔立ちをしており、それとは打って変わって底冷えするほどの低い声で男に言い放った。
彼らに囲まれている男は見るも悲惨な状態で。
瀕死の怪我を負った男は弱々しく彼らを見上げていた。
所々から出血している。
「あぁ、そっか。死にそうなんか」
猫耳のついたフードつきパーカーの彼は男に何かをどうでもいいように雑に、ただ明確な意図を持って乱暴に投げた。
薄暗い空間の中で、軽い何かがパリンと割れる音が響く。
「いやー便利ですねー」
今度は拍子抜けするくらいに明るい可愛い声で紫髪の彼は笑っている。
「さて、次は毒蜘蛛入れますか」
「ひっ、も…もうやめてくれ…謝るから…彼にも、もう近付かないから…!」
回復したのか男は必死で懇願している。
その瞬間、ヒュッとそんな男の頬を何かが掠めた。
「トラゾーも同じようにやめてって言ったのに、お前はやめなかった」
掠めた物の正体は矢だった。
わざと外されたそれは、いつでもお前の心臓を貫けるのだぞと言わんばかりに地面に深く突き刺さっている。
「そもそも僕らがテメェの言うこと聞く義理ないし」
そう言いながら変な色をした卵を数個穴に投げ入れている。
「何度も同じこと言わせんなよ。お前の薄っぺらい言葉なんて聞き飽きた」
カサカサと生理的に拒否反応の出る音がする。
「大体、…まぁ、億が一もないだろうけどもし生き残ったとしたらキミ、またトラゾーのとこに行く気だろ。…マジで生きて帰すわけないけど」
ピタッと動きを止めた男。
どうやら図星をつかれたらしい。
恐怖を訴える言葉とは裏腹にその表情はまだ少し余裕を見せていた。
「ほら、………あれ、もしかして優しいトラゾーなら今すぐ来て俺らを止めてくれるとでも思ってる?」
「ト、トラゾーくんは…優しいからっ、きっと…」
白々しく震える男の声。
物語でもあるまいし、そんなこと有り得ないだろう。
「確かに僕らの中で底抜けに優しいのはトラゾーさんですよ、知ってるでしょうけど。それもムカつきますが。…同情買われるような立場じゃないこと自覚した方がいいですし、買ってくれる人間はここにいないこと、もう分かってるでしょ?大体、本気でそれ言ってます?いくら優しいトラゾーさんでも危害を加えようとした人間は助けないでしょう。…僕らと違って見逃して生かしはするでしょうけどね」
男は上を見上げる。
「俺らはキミみたいな人間たくさん見てきたよ、優しいトラゾーにつけ入ろうとする輩を。でも、警戒心も強いところあるからなかなか踏み入らせたりしないんだよ。…キミはそれを無理矢理踏み荒らしてつけ入ろうとした。…どうせ、俺らを引き合いに出して脅したんだろ。そんな気もないくせに、汚い欲で卑怯者のキミは優しいトラゾーを踏み躙ったんだよ」
見下ろす3人の目は汚いものを見るかのように冷めていて、男を見下していた。
「っっ!お、お前たちだって、あの子のこと、僕と同じようにしたいって思ってるくせに…!お前たちの方が卑怯者じゃないか!」
意を決して言ってやったと言わんばかりに肩で息をする男。
そんな男を囲うようにして毛羽立った8本の脚たちがカサカサと動いている。
「卑怯者?俺らが?」
「そうだ!可愛いあの子をお前たちは独占して、他の奴らを近付けないようにして、そのくせ善人ヅラして!疎くてお前らを信用しきってるトラゾーくんを騙してるじゃないか!」
「「「………」」」
静寂に包まれる。
「ほらみろ!図星なんだろ!」
「「「………ふっ、」」」
そこで誰からともなく笑い出し先程の静寂が嘘のように洞窟の中に3人の笑い声が響く。
蜘蛛もそれに恐怖したのか動きを止めた。
そして、それは急にぴたりと止んだ。
辺りはまた静寂に包まれる。
「………まぁ、トラゾーが可愛くて可愛いくて自分だけのモノにしてやりたいっていう感情は分かるよ。テメェみたいな奴らいっぱい見てきた。それにしにがみくんが言うようにあいつ優しいし、懐に入れた人間にはとことん甘いけど、間違ったことはちゃんと間違ったことだって言ってあげる厳しさも持ってる。だから友達とかも多いんだろうけどな。…だけどあいつは、自分が苦しいとかつらいとかっての隠すんだよ。嘘もめちゃくちゃ上手いからさ。俺らのこと信頼してるからこそ迷惑かけたくないって言う奴なんだよ。それを分かってるから俺らも下手に心配しすぎないようにしてんだよ。……クロノアさんの言うようにお前はそんな優しいあいつのことを自分の欲で踏み躙った。それと同時に俺らの地雷を踏み抜いたってワケさ」
音が大きくなる。
「俺ら、トラゾーのこと大好きだから向けられる信頼を裏切りたくなかった。……だから、まぁ、テメェにはある意味感謝してるよ」
赤く光る無数の眼。
「俺らとトラゾーが一生離れられなくなるキッカケをくれて」
男は震え出した。
「あぁ、そうさ、俺らは卑怯者だよ。だって好きな奴はどんな手を使ったって手に入れたいじゃんか。そもそもの前提でテメェと俺らの違いは長年の信頼度とあいつが好きか嫌いかなんだよ。大体、あんなことして好かれると思ってたらとんだ勘違い野郎だな。…兎に角、トラゾーが俺らを嫌うことも、俺らがトラゾーを嫌うこともこの先一生ない。…優しいあいつは俺らを見捨てねぇんだよ、…いや見捨てられない、かな?」
「ねぇ、ぺいんとさーん。僕もうコイツ見るの嫌になってきたというか飽きてきたんでそろそろ一旦帰ります。トラゾーさんも目を覚ましそうですし」
「そうだね、早く帰ってトラゾーのこと慰めなきゃ。ぺいんと、一度この穴塞ごうか」
「そうしましょう」
「あ、そうだ。このポーションどうする?あと一つあるけど」
穴がひとつ、ひとつと塞がっていく。
男は言葉にならない叫び声をあげている。
そんな男をもういない者とし会話を続ける3人。
「さぁ?もう要らないし捨ててもいんじゃないすか?」
「……そうだ」
猫耳パーカーの彼はポーションをロープで括り付け柵にとめて、一つだけ開けた空気穴からそれを垂らした。
「「うっわぁ、クロノアさん怖ぁ」」
「頑張って跳べば届くかな?まぁ所謂蜘蛛の糸?みたいな」
「毒蜘蛛だけに?」
「おー、うまい」
「いや、単純にこれを作った労力さえも無駄なことだって思いつつ簡単に捨てるのは勿体無いかなって思ってさ」
「まぁ確かに。いやー、ホント人生の中でいっっっちばん無駄な労力だわ。帰ったらトラゾーを癒して、癒してもらお」
「そうですねぇ、マジで要らん労力ですわ」
ケラケラと場違いに笑う3人。
「じゃ、僕は一旦戻ります」
「ん、トラゾーのことよろしく」
「俺ら色々集めてくるから、また後でな」
「はーい」
明るく笑いながらそれぞれに去っていく3人と穴の底から響く絶叫。
男にとって永遠に終わることのない拷問のような絶望。
今更、後悔したところで遅いのだ。
恨むのなら彼らの地雷を踏み抜いた自身を恨むしかない。
男は目の前に迫る無数の眼に諦め次に来る絶望で殺してほしいという解放を頭の隅で他人事のように考えていた。
果たして、彼はいつになれば解放されるのだろうか。
永久の苦しみから逃れるための永遠の眠りにつけるのは一体いつなのだろうか。
そして、人知れず誰にも知られることなく消えていく。
男の存在は誰の記憶にも残ることなく。