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第204話:カムイ伝説と、ただのアルベド(反射率)が高い白猫
生体重機として二足歩行で畑を耕す巨大ヒグマの姿を目の当たりにし、カニのように泡を吹いて黒土にダイブしたアイヌ民俗学の教授。
彼が「ハッ!」と大きく息を吸い込み、意識を取り戻したのは、それから十数分後のことだった。
「わ、私は一体……? 夢でも見ていたのか……?」
泥だらけになったツイードのジャケットを払いながら、教授は分厚い丸眼鏡を押し上げた。
そして、ぼんやりとした視線の先――古民家の縁側に、ある存在を見つけて完全に硬直した。
ぽかぽかとした春の陽射しの中、特等席で優雅に香箱座りをキメている純白の神獣、シロ様である。
サファイアブルーと琥珀色の神秘的なオッドアイが、気絶から目覚めたばかりの不審な中年男性を、どこか哀れむような静かな視線で見つめ下ろしていた。
「あ……ああ……っ」
教授の全身が、カタカタと激しく震え始めた。
「間違いない……。あの神々しいまでの純白の毛並み。そして、左右で色の異なる二つの宝玉のような瞳。古文書の断片にのみ記されていた、北の大地を庇護する伝説の存在……っ!」
教授は泥だらけのまま畑にひれ伏し、祈るように両手を組み合わせた。
「彼女こそが、伝承に語り継がれる『レタㇻ・カムイ(白き神)』だ!! ついに、ついに私の仮説が証明されたぞおおおっ!!」
教授の魂を絞り出すような絶叫。
それが、ジンバルに固定されたスマホのカメラを通じて全世界に配信された瞬間、五千万人のリスナーたちの脳髄に電流が走った。
『うわあああああああ!! ガチの神様だった!!』
『民俗学の専門家が断言したぞ!! シロ様は北海道の神様だ!!』
『レタㇻ・カムイ!! 名前すらも尊すぎる……っ!!』
チャット欄が神の降臨に対する熱狂とロマンで完全に埋め尽くされる中、世界の経済と政治を裏で操る超弩級VIPたちが、この千載一遇の『神の帰還』を見逃すはずがなかった。
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”The return of the White God!! This is a revelation to humanity! I will immediately establish a religious corporation dedicated to Shiro-sama! I am transferring 100 trillion yen to build the grand headquarters in this village!“(白き神の帰還だ!! これは人類への啓示だ! 今すぐシロ様を奉る宗教法人を設立するぞ! この村に総本山を建立するため、百兆円をポン出ししよう!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”A supreme entity that surpasses the Vatican! I will design a new financial system centered around the paw print of the god! I bid 100 trillion yen as the initial offering for this absolute sanctuary!“(バチカンを超える至高の存在だ! 神の肉球スタンプを中心とした新しい金融システムを設計しよう! この絶対的聖域の初期布施として、私も百兆円を提示する!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Oh my god!! I will be the first Holy Maiden of the Shiro religion! I’m sending 100 trillion yen to print the holy scriptures on pure gold plates for all believers worldwide!!!“(なんてこと!! 私はシロ教の初代聖女になるわ! 全世界の信者に配る聖書を純金プレートで印刷するために、私も百兆円を送るわよ!!!)』
総額三百兆円規模の電子マネー(赤スパ)が、光の奔流となって画面を極彩色に染め上げた。
一つの限界集落に、国家予算すら比較にならない規模の宗教法人の設立資金が乱れ飛んでいる。
様子を見にきていた村長が「ひぇぇぇ……! わしの村が宗教都市になってまうべさ……!」と呟き、白目を剥いて教授の横に倒れ込んだ。
誰もが、この世界一尊い神の奇跡と宗教の誕生に魂を震わせているそのド真ん中で。
俺――アキヤは一人、ひれ伏す教授のすぐ横に展開したマイ陣地(折りたたみ椅子)に腰掛け、ストイックに薄型の特製タッパーを開けていた。
中に入っているのは、完璧な水加減でストイックに炊き上げられた『氷結状態の玄米おにぎり』と、自家製の『大豆ミートと行者ニンニクの塩炒め風』である。
俺は、三百兆円の赤スパのまばゆい光と、祈りを捧げる教授を横目に、一切の感情を排した元・社畜の無表情で、大豆ミートを氷結玄米おにぎりと一緒に口の中へ押し込み、淡々と咀嚼し始めた。
ゴリッ、バキッ、モグモグ……。
(……ふむ。氷結玄米の暴力的なまでの硬度と、春の山菜である行者ニンニクの強烈なアリシン成分。狂信的なオカルト空間における精神の摩耗を防ぎ、己のホメオスタシスを限界まで研ぎ澄ます究極の兵站食だな)
己の肉体という名のロジスティクスを完璧に維持しながら、俺は水筒の冷やしほうじ茶で喉を潤すと、五千万人を突破して世界の宗教分布図を完全に塗り替えようとしているカメラにキリッとした真顔を向けた。
いつもの『限界言い訳タイム』の発動である。
「世界中の皆さま、そしてVIPの皆さま。ただの飼い猫に巨額の資本を投下して新宗教を立ち上げようとしているところ大変申し訳ありませんが、全員冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『三百兆円の宗教法人が爆誕しようとしてるのに、絶対にブレない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・レタㇻ・カムイ完全スルー編ww』
『さあ、この神の降臨劇をどうやって需品科の業務にするつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これはアイヌの伝説の神でも、奇跡の降臨でもありません。シロ様が神々しく白く光って見えるのは、春の良好な日照条件に加え、彼女の毛皮の『アルベド(反射率)』が極端に高いという、単なる物理的な光学現象に過ぎません。オッドアイについても、メラニン色素の分布異常による『虹彩異色症(ヘテロクロミア)』という遺伝的特性です。ええ、すべては冷徹な『太陽光の反射スペクトル』と『遺伝的な色素の偏り』ですね。私がカチカチの氷結玄米を噛み締めているのも、新興宗教という非科学的な集団心理の同調圧力に飲み込まれず、確固たる指揮系統を維持するための、需品科としての徹底した『メンタル防壁構築訓練』です」
「んなわけあるかあああ!!!」
ドガァァァァァンッ!!!!
春ののどかな畑に、分厚いコンクリートの壁を真っ二つに叩き割ったような凄まじい破砕音が響き渡った。
小春ちゃんが、気絶した教授の落とした鞄からこぼれ落ちていた『民俗学の専門書(特厚ハードカバー・学術的鈍器仕様、重量約五キロ)』を両手で大上段に構え、俺の頭頂部に向かってパーフェクトなフルスイングを見舞ったのだ。
五キロの硬質な学術書が肉体に直撃した、鐘を突いたような恐ろしい大爆音が、十勝の空へと虚しく響き渡る。
「ただのアルベドと日照条件で、こんなに美しくて神々しいオーラが出るわけないでしょうが!! どう見たって、大昔からこの土地を守ってきた伝説の神様が、シロちゃんの姿を借りて私たちを見守ってくれてる、最高にエモい奇跡でしょうが!! 百兆円の宗教はさすがに引くけど、私の大切な家族を、冷たい反射スペクトルとかメラニン色素の異常とかいう理系用語で粉砕するんじゃないわよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ特厚専門書スマッシュ炸裂www(音が完全に攻城兵器ww)』
『毛皮のアルベドが高いだけ(明らかに神のオーラ)』
『遺伝的な色素の偏り(神秘的なオッドアイ)』
『適応力バグおじさん、ついに伝説の神を太陽光の反射率に分類しやがったww』
『言い訳が理不尽すぎて、壮大な神話の始まりだったのに腹筋が完全に崩壊したわww最高すぎる!!』
俺の理不尽極まりない光学的な限界言い訳と、小春ちゃんの容赦ない五キロの学術書ツッコミに、五千万人の視聴者たちはロマンへの熱狂から一転、大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ほんと、神様扱いされても分厚い本で叩かれないと目が覚めない、特大サイズの鈍感下僕ね)』
縁側から、純白の神獣シロ様が呆れたように俺の方を見やり、その美しいオッドアイの瞳を優しく細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
サファイアブルーと琥珀色の二色の瞳は、三百兆円の電子マネーの輝きよりも遥かに眩しく、春の陽射しの中で、まるで世界中のどんな宝石よりも温かく美しく輝いていた。
畑の中央では、巨大ヒグマが「グゥ〜♪」と、小春ちゃんのツッコミを見届けて満足そうに笑いながら、再び二足歩行で土を耕している。
「……まぁ、理由はどうあれ。陣地に蔓延しかけた非科学的な思想が速やかに排除され、専属アシスタントによる五キロの質量ツッコミが完璧に機能していることが確認できたのなら、作戦としては完全勝利だ」
俺は学術書の凄まじい衝撃で痺れた頭をさすりながら、春の風が吹き抜ける畑の中で、再びタッパーの氷結玄米おにぎりを口に運んだ。
「完全勝利じゃないですよ! ほら、この倒れてる人たちどうするんですか! 教授だけじゃなくて、とうとう村長まで泡吹いて気絶してますってば!」
「慌てるな。まずはヒグマの牽引ルートから、その障害物二体(村長と教授)を三メートルほど脇へ移動させるのが先決だ。新宗教の設立より、今日の畝作りのスケジュール(兵站)のほうが重い」
「だからお兄さんの優先順位、絶対におかしいですからね!? ヒグマさーん、村長踏まないで! 誰か早く村役場と救急車呼んでーっ!?」
気絶した村長と教授を巡って畑のど真ん中でワーワーと騒ぐ俺たちの声と、生体重機(ヒグマ)の豪快な耕耘音が、春の青空へと響き渡る。
そんなカオスな日常の再開をよそに、縁側のシロ様は「やれやれ」といった様子で小さくあくびをすると、ぽかぽか陽気の中で再び丸くなった。
コメント
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美月ゆめかだよ〜!!🌸 第204話読み終えた〜!! シロ様が神様扱いされて教授が泡吹いて倒れるところから始まるの、最高すぎるwww でも一番ツボったのはアキヤくんの「アルベドが高いだけ」って超冷静な言い訳と、それに五キロの学術書でツッコむ小春ちゃん!! カオスすぎて笑い死ぬかと思った😭💕 神々しいシロ様のオッドアイと、氷結玄米もぐもぐするアキヤくんの温度差がたまらん…次の話も楽しみにしてるよ〜!!✨
ゆうき あきや
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#心理描写重視