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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第205話:十勝の遅霜(おそじも)と、神獣の結界(気象コントロール)
五月の十勝平野は、豊穣の季節に向けた準備が本格化する時期である。
黒々とした土からは新緑の芽が吹き出し、広大な畑は新しい生命の息吹に満ち溢れている。
しかし、この時期の北の大地には、農家にとって最も恐ろしい『見えない死神』が潜んでいた。
『遅霜(おそじも)』である。
その日の夕刻、天気予報が突如として絶望的な警報を発令した。
シベリアからの記録的な寒気団が十勝上空に停滞し、深夜にかけて気温が氷点下まで急降下するというのだ。
「お兄さん……どうしよう。このままじゃ、せっかく芽を出した作物が全部凍って全滅しちゃいます……っ!」
我が陣地の優秀な専属アシスタントである小春ちゃんが、OD色の作業着姿のまま、泣きそうな顔で空を見上げていた。
村の農家たちも総出で凍結防止用のヒーターを引っ張り出し、畑に不織布のシートを被せる作業に追われている。
巨大ヒグマも心配そうに「グゥ……」と唸りながら、二足歩行で巨大なシートのロールを運搬していた。
しかし、自然の猛威は残酷だった。
日が落ちると同時に気温は急激に下がり、あっという間に吐く息が真っ白に染まる。
周囲の草木には、すでに致死的な白い霜が降り始めていた。
そんな絶望的な状況下。
五千万人のリスナーが接続するジンバルカメラの生配信枠でも、悲痛なコメントが相次いでいた。
『うわぁ、せっかくの畑が……』
『北海道の遅霜はガチで農作物を全滅させるからな……』
『主、どうにかできないのか!?』
世界中が固唾を飲んで見守る中、縁側の特等席で丸くなっていた純白の神獣シロ様が、ゆっくりと立ち上がった。
サファイアブルーと琥珀色のオッドアイが、凍りつき始めた限界集落の夜空を静かに見上げている。
シロ様は、ふわりと軽やかな足取りで縁側の端まで歩み寄ると、冷たい空気に向かって、小さく、しかし世界を揺るがすような透明な声で鳴いた。
『ミャウ』
その瞬間だった。
ゴァァァァァァァァッ……!!
シロ様の鳴き声が空気を震わせた直後、限界集落の上空数十メートルの位置に、巨大な『透明のドーム』が出現したのだ。
それはまるで、SF映画に出てくる都市防衛用のエネルギーシールドのようだった。
表面にはオーロラのような淡い光が波打ち、村の境界線に沿ってすっぽりと、完璧な半円形の結界を張り巡らせていた。
そして、信じられない現象が起きた。
結界の外側である隣町の方角では、猛烈な吹雪と氷点下の遅霜が猛威を振るい、景色が真っ白に凍りついている。
しかし、シロ様のドームに守られた限界集落の内側だけは、まるで春の陽だまりのようにポカポカとした『気温二十度』の快適な空気に包まれたのだ。
「えっ……? うそ……寒くない? むしろ、暖かい……?」
小春ちゃんが信じられないといった様子で手袋を外し、夜風を肌で感じている。
畑の作物を覆い始めていた霜も、一瞬にして水滴となり、土へと還っていく。
神獣による、完全なる気象コントロール(天候操作)。
ジンバルカメラがその神の奇跡を捉えた瞬間、世界中の五千万人のリスナーが完全に理解の範疇を超え、チャット欄が宇宙の果てまで吹っ飛んだ。
『うわああああああああああっっ!!!』
『シロ様が鳴いただけでドームができたぞ!!』
『村の中だけ春の陽気だ!! 外は吹雪いてるのに!!』
『ガチの気象兵器!? いや、神の結界だあああっ!!』
五千万人の大パニックをよそに、世界の経済と軍事バランスを裏で操る超弩級VIPたちのチャット欄が、未知のテクノロジーに対する熱狂で極彩色に爆発した。
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”A weather control barrier!! Shiro-sama has subjugated nature itself! If we deploy this over Dubai, the desert will become an eternal oasis! I am investing 500 trillion yen to secure the rights to that invisible dome!!“(気象コントロールバリアだ!! シロ様は自然そのものを従わせたのだ! これをドバイに展開すれば、砂漠は永遠のオアシスになる! あの透明なドームの権利を確保するために五百兆円を投資するぞ!!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”The end of the weather derivative market! Climate risk has been completely eliminated! I bid 600 trillion yen for a joint research project on that atmospheric phenomenon!“(天候デリバティブ市場の終焉だ! 気候リスクが完全に排除された! あの大気現象の共同研究プロジェクトに六百兆円を提示する!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Oh my god!! Shiro is the Goddess of the Atmosphere!! I’m sending 800 trillion yen to build a weather control satellite named after her!!!“(なんてこと!! シロは大気の女神よ!! 彼女の名前を冠した気象コントロール衛星を建造するために八百兆円を送るわ!!!)』
総額数千兆円規模の電子マネー(赤スパ)が、光のオーロラを凌駕するほどの極彩色弾幕となって画面を完全に埋め尽くした。
国家予算どころか地球規模の気象事業資金が乱れ飛び、霜対策の準備をしていた村長が「ひぇぇぇ……! 気候を操作して八百兆円……! わしのストーブの灯油代がミジンコに見えるべさ……!」と呟き、暖かすぎる結界の中でそのまま気絶している。
誰もが、この世界一美しく、自然の摂理を書き換えた神獣の奇跡に魂を震わせているそのド真ん中で。
俺――アキヤは一人、結界の境界線ギリギリの野外に展開したマイ陣地(折りたたみ椅子)に腰掛け、ストイックに薄型の特製タッパーを開けていた。
中に入っているのは、完璧な水加減でストイックに炊き上げられた『氷温熟成の玄米おにぎり』と、自家製の『大豆ミートと十勝産唐辛子の極辛ペミカン(野戦食)』である。
俺は、数千兆円の赤スパのまばゆい光と、頭上で波打つオーロラのドームに照らされながら、一切の感情を排した元・社畜の無表情で、大豆ミートを氷温熟成の玄米おにぎりと一緒に口の中へ押し込み、淡々と咀嚼し始めた。
ゴリッ、バキッ、モグモグ……。
(……ふむ。氷温熟成によって旨味を凝縮させた玄米の食物繊維と、致死量のカプサイシンを練り込んだ大豆ミートの暴力的な発熱効果。異常な気候変動というイレギュラー事態においても、己の深部体温を強制的に引き上げ、自律神経を戦闘状態に保つ究極の兵站食だな)
己の肉体という名のロジスティクスを完璧に維持しながら、俺は水筒の冷やしほうじ茶で喉を潤すと、五千万人を突破して世界気象機関(WMO)のスーパーコンピューターを破壊し尽くしているカメラと、腰を抜かしている小春ちゃんにキリッとした真顔を向けた。
いつもの『限界言い訳タイム』の発動である。
「小春ちゃん、農地インフラの防衛準備ご苦労。そして画面の向こうで、ただの局地的な大気現象に巨額の資本を投下して神の結界だと騒いでいる皆さまも、全員冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『村の形に沿ってドームができてるのに、絶対にブレない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・気象コントロール完全スルー編ww』
『さあ、この明らかにヤバい天候操作をどうやって需品科の業務にするつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは気象コントロール兵器でも、神の結界でもありません。この透明なドーム状の現象は、シロ様の鳴き声(特定の周波数)が、上空の電離層と地表の間に存在する微小なプラズマ粒子と共鳴現象を起こし、一時的な『局地的マイクロプラズマ温室効果』を発生させたに過ぎません。プラズマの層が赤外線を反射して熱を閉じ込め、外気の冷たい空気を遮断した結果、村の内部だけが気温二十度に保たれたのです。ドーム状になっているのも、単に地磁気の流れに沿ってプラズマが整列しただけのフラクタル構造ですね。ええ、すべては冷徹な『大気物理学的な電磁気共鳴』と『マイクロ波による温室効果』です。私が激辛の大豆ミートを噛み締めているのも、結界という名の非科学的な幻覚に惑わされず、急激な寒暖差の中でも確固たる指揮系統を維持するための、需品科としての徹底した『体温管理防壁構築訓練』です」
「んなわけあるかあああ!!!」
ドガァァァァァンッ!!!!
ポカポカの春の陽気に包まれた畑に、重装甲車の砲塔を真っ二つに叩き割ったような凄まじい破砕音が響き渡った。
小春ちゃんが、霜対策のために用意していた『特大・農業用不織布のロール芯(高密度硬質塩ビパイプ仕様、重量約八キロ)』を両手で軽々と大上段に構え、俺の頭頂部に向かってパーフェクトなフルスイングを見舞ったのだ。
八キロの無垢の塩ビパイプが肉体に直撃した、鐘を突いたような恐ろしい大爆音が、結界のドーム内へと虚しく反響する。
「ただのマイクロプラズマ温室効果で、村の境界線に沿ってこんなに完璧なオーロラのドームができるわけないでしょうが!! どう見たって、農作物がダメになって私たちが悲しむのを見かねたシロちゃんが、村全体を温かい神様の力で守ってくれた、激エモで超展開な奇跡でしょうが!! 畑のど真ん中で起きた気象操作を、冷たい電磁気共鳴とかフラクタル構造とかいう理系用語で粉砕するんじゃないわよ!! そもそもなんで暖かいのに極辛のペミカン食ってんのよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ特大ロール芯スマッシュ炸裂www(音が完全に攻城兵器ww)』
『局地的マイクロプラズマ温室効果(ただの神獣の絶対防御結界)』
『電離層との共鳴現象(村を守るシロ様の優しさ)』
『適応力バグおじさん、ついに神の気象コントロールを大気物理学的なバグに分類しやがったww』
『言い訳が理不尽すぎて、壮大なSF展開だったのに腹筋が完全に崩壊したわww最高すぎる!!』
俺の理不尽極まりない物理学的な限界言い訳と、小春ちゃんの容赦ない八キロの塩ビツッコミに、五千万人の視聴者たちはロマンへの熱狂から一転、大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ほんと、村を霜から守ってあげても塩ビパイプで叩かれないと目が覚めない、特大サイズの鈍感下僕ね)』
縁側から、純白の神獣シロ様が呆れたように俺の方を見やり、その美しいオッドアイの瞳を優しく細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
サファイアブルーと琥珀色の二色の瞳は、数千兆円の電子マネーの輝きよりも遥かに眩しく、見えないドームの光の中で、まるで世界中のどんな宝石よりも温かく美しく輝いていた。
結界の中では、巨大ヒグマが「グゥ〜♪」と、小春ちゃんのツッコミを見届けて満足そうに笑い、キツネたちも「キュンキュン!」と暖かい夜風を楽しんで跳ね回っている。
「……まぁ、理由はどうあれ。陣地を脅かす気象リスクが速やかに排除され、専属アシスタントによる八キロの質量ツッコミが完璧に機能していることが確認できたのなら、作戦としては完全勝利だ」
俺は塩ビパイプの凄まじい衝撃で痺れた頭をさすりながら、ポカポカの春の陽気が広がる結界の中で、再びタッパーの氷温熟成玄米おにぎりを口に運んだ。
「完全勝利じゃないですよ! ほら、スマホ見てください! WMO(世界気象機関)から名指しで『そのドームの原理を教えろ』って鬼電きてますってば!」
「慌てるな。あれは新手のスパムだ。それよりも、霜の心配が消えたのなら明日の播種(種まき)スケジュールを前倒しする。ヒグマに夜間作業のボーナス(鮭)を用意しろ」
「だからお兄さんの優先順位、絶対におかしいですからね!? ヒグマさーん、気絶してる村長踏まないで! 誰か早く村長を涼しいとこに運んでーっ!?」
季節外れの熱帯夜と化した畑のど真ん中でワーワーと騒ぐ俺たちの声と、夜間シフトに備えて「グゥ!」と気合を入れる生体重機(ヒグマ)の咆哮が、ドームの内側に反響する。
そんなカオスな夜間農作業の再開をよそに、縁側のシロ様は「やれやれ」といった様子で小さくあくびをすると、オーロラの光に照らされながら再び丸くなった。
コメント
1件
いやー、今回も最高だったわ🔥 シロ様が鳴いただけで村全体を春の陽気に包む結界とか、もう神様すぎるでしょ! しかも外が吹雪いてるのに中だけポカポカって、完全にチート能力じゃん。 で、そんな神展開のど真ん中でアキヤが「局地的マイクロプラズマ温室効果です」って平然と言い放つの、マジで腹筋崩壊したww 小春ちゃんの塩ビパイプツッコミも炸裂してて、シリアスとギャグのバランスが完璧すぎる! 五千万人のリスナーが赤スパで大騒ぎしてる中、氷温熟成玄米食ってるアキヤの脳筋じゃない強さ、大好きです。次回も楽しみにしてるわ🔥