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みら

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17
次の日。
阿部はいつもより早く目を覚ました。
まだアラームが鳴る前。
時計を確認して、もう一度布団に入ろうとする。
でも。
眠れない。
「……早すぎる」
自分でも分かっている。
緊張している。
今日は。
目黒と初めてのデート。
付き合ってから、二人でご飯を食べたり、家で過ごしたりはしている。
けれど。
ちゃんと場所を決めて。
朝から待ち合わせをして。
一日遊びに行くのは初めてだった。
しかも。
行き先は。
自分が行ってみたいと言った、夢の国。
阿部はベッドの上でごろりと寝返りを打つ。
「……何着よう」
昨日の夜から何度も考えた。
歩くから動きやすい方がいい。
でも。
デートだから少しくらい可愛くしたい。
結局。
朝からクローゼットの前で悩むことになった。
約束の時間より少し前。
阿部が玄関を出ると。
目黒はもう廊下にいた。
「……早くない?」
「今来たところ」
「絶対嘘」
目黒が笑う。
「楽しみだったから」
その言葉だけで。
阿部の胸が跳ねた。
「……そういうの朝から言わないで」
「なんで?」
「恥ずかしい」
目黒は阿部を見て、少しだけ目を細めた。
「今日かわいいね」
「ほら、また」
「言っちゃだめなの?」
「だめじゃないけど……」
顔が熱くなる。
まだ家の前なのに。
今日一日大丈夫なのだろうか。
そんなことを思いながら、二人で歩き始めた。
夢の国に着いた瞬間。
阿部は目を輝かせた。
大きな門。
華やかな音楽。
楽しそうに歩く人たち。
色鮮やかな建物。
遠くには大きなお城まで見える。
「すご……」
思わず声が漏れる。
目黒はそんな阿部を見て笑った。
「来たかったんでしょ?」
「うん。でも、想像してたよりすごい」
「よかった」
「めめは来たことある?」
その質問に。
目黒は一瞬だけ足を止めた。
「……あるよ」
「やっぱり」
阿部は何も気づかず笑う。
「じゃあ案内して」
「任せて」
目黒も笑った。
案内板を確認しながら、阿部の歩幅に合わせて歩く。
知っている場所もあった。
けれど、今日は初めて見るものが多かった。
阿部が立ち止まるたび、目黒も足を止める。
「あべちゃん」
「何?」
目黒が手を差し出す。
「手」
阿部が目を丸くする。
「もう?」
「昨日約束したじゃん」
『手繋いで行こうね』
確かに。
言われた。
「……人いっぱいいるよ」
「だから?」
「見られる」
「別にいいじゃん」
目黒は何でもない顔をしている。
阿部は周りを見る。
知らない人ばかり。
誰も自分たちなんて気にしていない。
それでも。
恋人と外で手を繋ぐ。
それだけのことが。
どうしてこんなに恥ずかしいのか分からない。
「嫌?」
目黒が聞く。
阿部は少し迷って。
小さく首を振った。
「……嫌じゃない」
「じゃあ」
目黒の指が。
阿部の指に触れる。
ゆっくり絡む。
恋人繋ぎ。
その瞬間。
阿部の心臓が大きく跳ねた。
「……」
「どうした?」
「別に」
「顔赤いよ」
「暑いだけ」
「まだ朝だけど」
「歩いたから」
「まだそんな歩いてないよ」
「うるさい」
目黒が笑う。
阿部は恥ずかしくて前を見る。
でも。
手は離さなかった。
むしろ。
少しだけ握り返した。
目黒は一度だけ阿部の手元を見た。
それから、何も言わずに前を向く。
「あれ?」
阿部が見る。
「めめ?」
「何?」
「今、ちょっと変な顔した」
「してないよ」
「した」
「気のせい」
目黒は笑う。
繋いだ手を、歩きやすいように少し持ち直した。
最初に乗ったのは。
阿部が入口でもらった案内を見ながら選んだアトラクションだった。
「これ乗りたい」
「いいよ」
「めめ、怖いの大丈夫?」
「大丈夫」
「絶叫系平気?」
「平気」
「ほんとに?」
「あべちゃんよりは」
「何それ」
並んでいる間も。
ずっと手を繋いだまま。
阿部は何度も気になってしまう。
手の温度。
指の長さ。
時々。
目黒の親指が自分の手を撫でること。
そのたびに。
胸がうるさい。
景色を見るどころではない瞬間もあった。
「……初デートってこんな疲れるんだ」
阿部がぼそっと言う。
「もう疲れた?」
「身体じゃなくて」
「じゃあ何?」
「……言わない」
「気になる」
「めめのせい」
目黒が少し考える。
そして。
「ドキドキしてる?」
「言わないって言ったでしょ!」
「あってるんだ」
「もう知らない」
阿部は顔を逸らす。
目黒は楽しそうに笑った。
「次、何乗る?」
話題を変えるように尋ねる。
阿部は少し考えて、案内を覗き込んだ。
昼。
二人は屋外のテーブルで食事をしていた。
阿部は限定メニューを見ながら悩む。
「こっちも食べたい」
「じゃあ頼めば?」
「でも多い」
「半分食べるよ」
「ほんと?」
「うん」
結局。
二人でいくつか頼んで。
少しずつ分ける。
「これ美味しい」
阿部が言うと。
「じゃあそっち多めに食べていいよ」
「めめも好きでしょ?」
「好きだけど」
「じゃあ半分」
「いいの?」
「一緒に食べるんだから」
それだけの会話。
でも。
阿部には全部が楽しかった。
写真もたくさん撮った。
食べ物。
景色。
お城。
そして。
二人の写真。
スマートフォンを構えて。
目黒が阿部の肩を抱く。
「近い」
「写真だから」
「そういう問題?」
「もっと寄って」
「これ以上?」
「うん」
仕方なく。
阿部が少し寄る。
目黒の頬が近い。
シャッター音。
確認すると。
自分でも驚くくらい楽しそうに笑っていた。
「……俺、またこんな顔してる」
阿部が呟く。
以前。
康二に写真を撮ってもらった時にも思った。
自分は。
思っていたよりよく笑う。
今は。
もっと分かる。
目黒といる時。
自分はたくさん笑う。
「これ好き」
阿部が写真を見ながら言う。
目黒も覗き込む。
「俺も」
「またお揃いだね」
「うん」
目黒は写真を保存した。
午後。
パレードを見るために。
二人は少し早めに場所を取った。
隣同士で座る。
周りには家族。
友達同士。
恋人らしい二人組。
誰も。
阿部と目黒を特別には見ていない。
目黒は周囲を一度見渡した。
それから、阿部の隣に座り直す。
「あべちゃん」
「何?」
また。
手を握る。
阿部が笑う。
「今日ずっと繋いでるね」
「だめ?」
「だめじゃないけど」
「じゃあいいじゃん」
「……好きだね」
「何が?」
「手繋ぐの」
目黒は少しだけ黙った。
それから。
「うん」
と答えた。
「好き」
阿部は。
その返事が妙に真剣に聞こえて。
目黒を見る。
でも。
目黒はもうパレードが始まる方を見ていた。
阿部の手を握ったまま、指先をわずかに動かす。
「めめ?」
「ん?」
「また変な顔してる」
「してないよ」
「してる」
「楽しいだけ」
「……俺も」
阿部が笑う。
目黒はその横顔を見て、すぐに視線を前へ戻した。
パレードが始まる。
阿部が身を乗り出すたび、繋いだ手が引かれる。
そのたびに、目黒は手を緩めた。
離れない程度に。
阿部が見やすいように。
夕方。
二人はお城の前まで歩いてきた。
空が少しずつ赤くなっている。
朝とは違う景色。
阿部は立ち止まった。
「すごいね」
「うん」
「一日あっという間だった」
「まだ帰らないよ」
「分かってる」
「夜も見るでしょ?」
「見る」
阿部は笑う。
今日。
何回笑ったのだろう。
何回。
胸が跳ねたのだろう。
目黒が手を繋ぐたび。
近くで笑うたび。
写真を撮るたび。
食べ物を分けるたび。
全部。
初めてみたいだった。
実際。
今の阿部にとっては。
初めてだった。
「ねえ、めめ」
「何?」
「デートって楽しいね」
目黒が少し目を見開く。
そして。
ゆっくり笑った。
「うん」
「俺、今日ずっと緊張してたけど」
「知ってた」
「嘘」
「顔に出てた」
「最悪」
「でも嬉しかった」
「何が?」
「俺とのデートで緊張してくれてるの」
阿部はまた顔が熱くなる。
「めめは緊張しなかったの?」
聞くと。
目黒は少し考えた。
「したよ」
「ほんと?」
「うん」
「全然見えなかった」
「隠してたから」
「なんで?」
目黒は繋いだ手を見た。
「こういうデート、慣れてないから」
「そうなの?」
「うん」
「意外」
「そう?」
「めめ、何でもできそうだから」
「できてないよ」
「何が?」
「さっきから、あべちゃんが楽しそうにしてるか気にしてる」
阿部は目を瞬く。
「そんなの気にしなくていいのに」
「気になる」
「俺、楽しいよ」
「ならよかった」
目黒はそれだけ言って、阿部の手を軽く握り直した。
「こういうデート」
「……?」
「好きな人と一日遊んで。手繋いで。写真撮って」
少し笑う。
「そういう普通のやつ」
阿部は不思議そうにする。
「そんなにしたかったの?」
目黒は少しだけ考えてから、頷いた。
「うん」
「ずっと?」
「こうしてできる日が来たらいいなって思ってた」
阿部の胸が。
また大きく鳴った。
目黒は照れたように視線を逸らす。
「あべちゃんとできてよかった」
阿部は少し俯く。
でも。
手は。
今日一番強く。
握り返した。
夜。
光に包まれた夢の国を。
二人でゆっくり歩く。
朝から何度も歩いた道なのに。
夜になると。
全部違って見えた。
阿部は目を輝かせながら辺りを見る。
「綺麗」
「うん」
「来てよかった」
「また来る?」
目黒が聞く。
阿部はすぐ頷いた。
「来たい」
「じゃあ次も手繋いでね」
「また?」
「ずっと」
「ずっとは恥ずかしい」
「今日ずっと繋いでたじゃん」
「今日だから」
目黒が笑う。
「じゃあ次も今日ってことにする」
「意味分かんない」
阿部も笑った。
そして。
ふと思う。
昔の自分は。
ここへ来たことがあるのだろうか。
誰かと。
こんなふうに手を繋いだことがあるのだろうか。
一瞬。
そんな考えが浮かぶ。
でも。
今日は。
不思議なくらい気にならなかった。
隣を見る。
目黒がいる。
繋いだ手。
今日撮った写真。
一緒に食べたもの。
乗ったもの。
笑ったこと。
全部。
今の自分が覚えている。
それでいい。
「めめ」
「ん?」
「また来ようね」
目黒は。
少しだけ目を細めた。
「うん」
「絶対ね」
「絶対」
目黒は答える。
帰り道の人混みでは、阿部が歩きやすいように少し前を歩き、時々振り返った。
そのたびに、繋いだ手が確かめるように揺れる。
現実では叶えられなかったこと。
叶えたかったこと。
たくさんあった。
その一つを。
今。
こうして叶えている。
目黒はそれを口にせず、阿部の歩幅に合わせた。
阿部が隣で笑って。
自分の手を握ってくれている。
それだけで。
今日は十分だった。
一方の阿部は。
最後まで。
初めてのデートに胸を高鳴らせていた。
目黒が近づくたび。
目が合うたび。
手を握り直されるたび。
何度でも。
好きだと思う。
過去を思い出さなくても。
今の自分には。
これから覚えていたいことが。
また一つ。
増えていた。
コメント
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うわあ、甘々だった……! 阿部が朝からクローゼット前で悩んでるのとか、「恥ずかしい」って言いながら離さない手とか、全部の描写が可愛すぎてやばい(はーと)。デート中ずっと手繋いでて、親指で撫でる仕草とか細かい! 目黒が「慣れてない」って言ったところ、めっちゃ胸にきた。阿部が「楽しい」って自然に笑えてるの、本当に良かった。前を向けてる感じが嬉しいよ。次もまた見たいって言った阿部の「俺も」が最高だった!