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高校3年の春休み。
私はそこで後悔ばかりしていた。
僕は高校を卒業した。
そして今も幸せだったあの頃を思い出しながら毎日思う…
俺はなんで、今ここにいるのだろうか…
本当なら小学校も不登校にはならず普通に通い
中学も小学校での勉強の遅れを取り戻すために特別学級なんかにも行かず、普通の教室で昔のように周りの友達たちと楽しい中学生活を過ごし…
高校もこんな頭の悪いところではなく
普通の高校を卒業し…
この4月から通う大学も、こんな短大などではなく、もう少しレベルの高い四大に通ってただろうに…
なんであのまま、ばあちゃんの家に居られなかったんだろうか……。
どうして俺はお姉ちゃん(従姉)と姉弟じゃなかったんだろうか…
昔に戻りたい。昔に。あの頃は幸せだった。ばあちゃんがいて、従兄がいてお姉ちゃん(従姉)がいて、お父さん(伯父)とお母さん(伯母)がいて本当の家族のような存在だった。
姉弟だったらよかった。俺と姉ちゃん(従姉)が姉弟だったら、小学校も保育園の頃のように3年間は一緒に通えて、中学でも勉強を教えて貰えて、また一緒にお風呂にも入って、一緒に寝て、いまも昔のようにお姉ちゃんと仲良く遊んだり出来たのに。
やっぱり、あの時から俺の人生は狂っていたのだろうか……
すべての始まりはあの時だった……
それは今から約16年前
私がまだ幼い頃…2歳くらいの時の事だった。(私の記憶では3歳な気がするのだが、後の出来事と従姉との歳の差を考えると2歳が辻褄があう為)
その時の私は、まさか生みの親である母親や父親と離れ離れになるなんて思ってもいなかっただろう…
その時、私は母親と2人で母が運転する黒のBB車で山道を走りながら、母の実家である祖父母の家に向かっていた。その当時はまだ自宅の地域から実家まで行ける高速道路もなく、実家に行くためには、山道を通ってでしか帰れなかったのだ。
私はそのときは、まだ2歳でどこに行くかなどとくに気にもせず、ただ車の後部座席に座って母が車で流していた曲(覚えているのはある女性歌手の曲)を聞いていた。そして時間帯が夜遅かったため、私は眠くなりいつの間にか車の中で寝ていた。
そして母に起こされ目が覚めるといつの間にか母の実家があるI県に着いていた。車を降りて周りを見渡してみると、田んぼがたくさんあり、周りも木造の一軒家ばかりで、コオロギやフクロウの鳴き声なんかも聞こえ、いかにも田舎な感じだった。空を見上げるととても綺麗な夜空で綺麗な星も見えた。私は母に連れられ、夜遅い深夜の時間に車から母の実家である祖父母の家に歩いて向かった。
そして母の実家である祖父母の家に着くと、祖父母の家(建物)は、間に車1台分の砂利道と2台分の駐車スペースを挟んで、向かい合う形で2つあるのだが、向かって主となる家とは反対側の1階が倉庫で2階に母の部屋がある方の家に連れていかれ、もう夜遅い時間であったため私はすぐに2階の母の部屋のベッドで眠りについた。
再び起きたのは朝の時間だった。気づくと、そこは明るくなっており、目の前に母と祖母がテレビを見ながら、なにかを話していた。そして右の方を見てみると、窓があったので、なんとなく私は窓の外を見てみたくなり窓を開けてみた。すると自然豊かで雀の鳴き声が聞こえ、下を見るとそこには畑もあり、とても静かで落ち着く感じだった。
そして、すべての始まりとも言え私の記憶なかでは、かなり大きな出来事と言えることがあったのは、それから数時間後の事であった。
その時、私は突然母に
「じゃあね。私はこれで行くから。ちゃんとばあちゃんの言うこと聞いていい子にしてるんだよ。」と言われた。
私は自分も母と一緒に帰るつもりでいたのだが、突然のことにビックリした。私はそのままグズリながら歩いて部屋を出ていこうとする母に付いていこうとするが、
母には「ついて来ちゃダメ。ここにいなさい。」
と言われ私はついに泣き始めた。
それでも私は母に付いていこうとし、母は部屋のドアのところまでいくと、まだ付いてこようとする私を止めるためにドアを閉めようとした。私はギリギリ閉めきる前に手で止め、思い切り力を入れてこじ開けようとした。しかし後ろにいた祖母に捕えられて、私はドアから離されてしまいドアは閉められてしまった。
私はその時は、まだ2歳という幼さでそのドアはドアノブ式のドアだったのだが、開けようにも身長が足りなくて手を伸ばしても開けられず、ただひたすらドアを叩くしかなかった。
こうして私は両親と離れ離れになってしまい母の実家である祖父母の家に預けられたのだ。
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