テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
被害者視点_
四月の風は、驚くほど生ぬるかった。講義棟5階のテラス。
手すりに寄しかかり、新入生で溢れ返る下の広場を見下ろしていた私の背中に、足音が近づいてくる。
甘くて、重いバニラの香り。
煙草の煙と混ざり合ったその不快な匂いに胸がむかつき、振り返ろうとした瞬間だった。
**ドンッ!!**
両肩に叩きつけられた、尋常じゃない衝撃。
「え……?」
思考が追いつかない。
視界が天地逆転し、私の身体はあっけなく手すりを越えて、空中へと放り出されていた。
浮遊感。
いや、違う。激しい重力が身体を真下へと引きずり落としていく。
指先が、ほんの一瞬だけ冷たいステンレスの手すりをかすめた。必死に掴もうとしたけれど、空を切った指先には何も残らない。
視界の上の方——遠ざかっていく5階のテラス。
そこから覗き込む、黒いパーカーのフードを被った男の顔が見えた。
右耳でゆらゆらと揺れる、ふたつのシルバーのスカルピアス。
男は、薄い唇を歪め、嘲笑うように口元を吊り上げていた。
(なんで……? なんで私が……!?)
耳元を切り裂く、恐ろしい風切り音。
下で見慣れた新しいスーツを着て歩いていた新入生たちが、恐怖に顔を歪めて見上げてくるのが分かった。
死にたくない。
嫌だ、助けて、誰か、誰か——!!
視界の端。
群衆の中でただ一人、ネイビーのスーツを着た女の子が、信じられないものを見るような目で私を直視していた。
(あ……あの子……っ)
目が合った。
落ちていくわずか一秒にも満たない永遠の中で、なぜかその子の綺麗な瞳だけがハッキリと見えた。
落ちていく恐怖。
背中に残る、あの冷たい手のひらの感覚。
殺された悔しさと、死にたくないという叫び。
私のすべてを、あの女の子に託すみたいに。
——助けて。
願いを絞り出した瞬間、地面が猛スピードで視界を埋め尽くした。
コメント
1件
キュルノさん、第5話読みました…。冒頭の生ぬるい風の描写から、もう息が詰まるような緊張感が漂ってて、一気に引き込まれました。特に「落ちていくわずか一秒にも満たない永遠」での、あの女の子とのアイコンタクトがすごく印象的。たった一瞬なのに、全てを託すような切なさがあって、胸がギュッと締め付けられました。スカルピアスの男の存在感も怖すぎて…。続きが気になります。
キュルノ
85
151
#学園
キュルノ
672
蒼月
570