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「詩歌……久しぶりだな」
「詩歌さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、お義父さま、四条さん」
二人と対面した詩歌は、あまりの窶れぶりに思わず驚いてしまう。
「……詩歌、神咲会の方から色々と詳しい話を聞いたよ。すまなかったな」
「いえ……」
「お前が家出をした時に、きちんと気付くべきだったのかもしれないな」
花房と四条は色々あったおかげで少し考え方を変えたのか、詩歌が家を出た事を責め立てたりはしなかった。
それどころか花房は自分が悪かったと後悔を滲ませていた。
それには郁斗も内心驚いていた。
「それで、花房さんたちは、詩歌ちゃんに何か話があるんですよね?」
「ああ、そうだった。詩歌、こんな事があって、もう花房の名を名乗るのも嫌になったんじゃないか? お前が望むなら、養子縁組を解消しようと思って、話し合いの場を設けてもらったんだ」
「え……?」
花房のその言葉に、予想していなかった詩歌は思わず固まってしまう。
確かに、詩歌は色々な事が嫌になって花房家を出たいと家出をした。
そして、その家出によって郁斗と出逢い、様々な出来事を経験した。
だけど、詩歌自身、花房家が嫌いな訳じゃない。
身寄りの無かった自分を引き取り育ててくれた事には感謝しているから。
少し考えた詩歌は、
「私、養子縁組を解消はしません。血の繋がりはなくても、お義父さまは、私にとって、父です。それは、この先も変わらない」
「……詩歌……」
「だけど私、政略結婚だけは嫌なんです。四条さんの事が嫌いだからという訳じゃないんです。ただ私は、好きな人と……一緒になりたい。それが、一つの夢なんです」
詩歌の思いを聞いた四条は、
「私の方は今日、婚約解消のお願いに参りました。ですから、貴方が気に病む事はありません。花房さんも、それで納得してくれていますから」
慣れていないのか、ぎこちなく笑顔を向けながら詩歌にここへ来た理由を伝えたのだ。
「四条くんの言う通り、お前を縛ったりはしない。お前はもう、自由だ」
「ありがとうございます、四条さん、お義父さま」
郁斗が見守る中、詩歌は彼らと和解し、これからは自分の好きなように生きていける事になったのだった。
「良かったね、色々と問題が片付いて」
「はい」
「それより、良かったの? 一度家に帰らなくて」
「いいんです。今はまだ、帰る必要が無いから」
「ふーん? それで、詩歌ちゃんはこれからどうするつもりなの?」
話し合いを終えてホテルを後にした詩歌と郁斗は近くの海浜公園へとやって来ていた。
そこで、今後の事を聞かれた詩歌は少し黙った後、
「……あの、郁斗さん……。私、これからも郁斗さんのマンションで一緒に暮らしても……良いでしょうか?」
遠慮がちにそう尋ねた。
詩歌のその言葉に、郁斗は、
「――駄目」
そう一言告げる。
「え……」
その返答に詩歌は言葉を失った。
彼女は自惚れていたところがあった。
郁斗ならば、マンションで住む事を了承してくれるだろうと。
想いを伝え合い、恋仲になったはずだったけれど、それは自分の都合の良い解釈で、実は郁斗にそんな気は無かったのかもと思い、詩歌の表情はみるみる曇っていく。
そんな詩歌に郁斗は、
「詩歌ちゃん、話は最後まで聞いてよ。駄目って言ったのは、あのマンションで暮らす事。俺は初めから詩歌ちゃんと暮らす気でいたよ? だから、実はもう、二人で住む新居を決めてあるんだ」
「い、いつの間に……」
思いがけない郁斗の言葉に、曇りかけていた表情がパッと晴れる。
そして郁斗はズボンのポケットから鍵を取り出すと、
「――改めて、俺と一緒に、新居で暮らしてくれますか?」
そう詩歌に問い掛けながら、鍵を差し出した。
(何だか、プロポーズみたい……)
そう思いながら詩歌は差し出された鍵を受け取り、
「はい、私で良ければ、喜んで」
笑顔でそう返事を返した。
それから数日後、郁斗と詩歌は新居となるマンションへ移り住んだ。
新居は以前郁斗が住んでいたマンションよりも更に高層階のマンションで、彼らの部屋は最上階。
引越しを手伝った美澄や小竹は部屋から一望出来る景色や周りのどのマンションやビルよりも高層階に居る事に心底驚いていた。