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御曹司が常務に就任するニュースが社内を駆け巡ってから1週間が経ち、いよいよ9月、例の彼が出社する日がやってきた。


朝から社内はなんとなくザワザワと落ち着かない雰囲気が漂っているように感じる。


私はというと、特にいつもと変わりなく、朝のルーティンである新聞とWebニュースチェックをしていた。


すると出社してきた由美ちゃんが急いで私のもとにやってきた。


「百合さん、おはようございます!」


「おはよう」


「私、さっそく例の御曹司に遭遇しちゃいました!エントランスのところで、専務と一緒にいるの見ちゃったんです!」


「そうなんだ。楽しみって言ってたから朝から見れて良かったね」


「はい!ウワサ通り、いやウワサ以上の顔面でしたよ。あれは社内の女子が大変なことになるでしょうね。でも私の心はもちろん百合さんだけです!」


「‥‥そっか、ありがとう」


由美ちゃんの謎の宣言を聞き流していると、今度はパソコンにチャットが届く。


響子からだ。



“響子: ちょっとーー!例の御曹司、かっこよすぎてヤバイんだけど!”


“百合: ちょうど由美ちゃんも朝遭遇したらしくって話聞いてたところ。響子も会ったの?”


“響子: 入社に伴う備品系のお渡しを常務室にしてきたの!ついでに各フロアの説明も頼まれてご案内させて頂きました!役得だわ~!”


“百合: 良かったね”


“響子: ちょっと身近にいないレベルのイケメンだったよ。背も高いし。オーラがハンパなかった!社内の女子が騒がしくなるだろうね”



響子も由美ちゃんも同じこと言ってるっと、私はなんだかおかしくってふふっと笑いが漏れた。


午後も社内は騒がしいままだ。


みんなが話題にしてるから私も少しは気になるものの、特に何かするわけではなく、いつも通りに業務に取り組んでいた。


すると会議から席に戻ってきた安西部長に声をかけられた。


「並木さん、今から常務室に行くわよ!」


「常務室ですか?」


「そう。広報部は役員と接する機会も多いし、社内報の件もあるから挨拶しておきましょう。さっきの会議で会って、これこら常務室に行くってアポはとっておいたから。お忙しい方だから急いで行きましょ!並木さん、今いる広報部のメンバーに声かけてちょうだい」


「あ、はい。分かりました」


急いでデスクにいる部内のメンバーに声をかける。


たまたま今日は全員デスクにいたため、メンバー全員で挨拶に行くことになった。


由美ちゃんを含め、一方的にもう見たというメンバーが半数、私を含めた残りの半数はこの挨拶が初見となる。


安西部長に引き連れられ、私たちは常務室に急いだ。


常務室は、社員食堂のある最上階のひとつ下の階にあり、社長室や専務室も並ぶ役員フロアだ。


秘書課も並びにあるので、安西部長は秘書課でアポがある旨を告げてから、私たちを常務室へと導いた。


トントントン


安西部長がドアをノックすると、中から「どうぞ」という心地良い男性の声が聞こえる。


その返事を聞いて、安西部長を先頭に私たちは室内へ足を踏み入れた。


「失礼いたします。お疲れ様です、亮祐常務。広報部部長の安西です。広報部のメンバーを連れてまいりました」


うちの会社は、役員がみんな大塚だから、高広社長、高志専務、亮祐常務というふうに下の名前に役職を付けて呼んでいる。


「広報部は取材の対応などで役員の皆様とやりとりさせて頂く機会も多いと思いますので、ご挨拶させて頂けますでしょうか。こちらが広報部に在籍している全メンバーです」


安西部長が声をかけると、デスクでパソコンを触っていた亮祐常務がこちらを向き、立ち上がる。


私も亮祐常務に目を向ける。



目が合った瞬間、激しい衝撃を受けた私は必死でその驚きと動揺を隠したーー。



180㎝を超えているであろうスラっとした長身に、スーツが映える引き締まった細身の体躯。


さらっと柔らかな黒髪に、目鼻立ちがスッキリした端正な顔立ち。


二重だけど涼やかな目元は少し冷たそうなクールな印象を与え、できる男というオーラが漂っている。



「皆さん、わざわざご足労ありがとうございます。大塚亮祐です。以後よろしくお願いします」


耳触りの良い声で彼が私たちに挨拶をする。



ウワサ通りの見目の良さに、声は上げないものの、広報部の女性メンバーは色めき立った。


見紛うことなく極上のイケメンなわけだけど、私が衝撃を受けたのは、その容姿の良さではない。



ーー彼の外見は、亡くなった初カレ・春樹にそっくりだったのだ。



(うそ‥‥。春樹のわけがない。でも信じられないくらいすごく似ている‥‥。)


私の心の中は嵐が吹き荒れたように、驚きと混乱でめちゃくちゃだ。


彼は春樹じゃないと頭では分かっているのに、10年前の春樹から大人になったような亮祐常務の姿形に懐かしさが押し寄せる。


もしかしたら自然と目が潤んでしまっていたかもしれない。


私は必死で涙を堪え、顔に動揺が出ないよう誤魔化し、今にも崩れ落ちてしまいそうな足腰にグッと力を入れて必死にしっかり立てるように頑張った。


ひたすら、ひたすら、吹き荒れる心を落ち着かせようとしていたため、意識は完全に目の前から飛んでいた。


「並木さん?」


安西部長に呼びかけられ、ハッとする。


どうやら1人ずつ自己紹介として名前を名乗っていたらしく、私の順番になっていた。


「あ、えっと、あの。な、並木百合と申します。よろしくお願い致します」


動揺でちょっと声が上擦ってしまった。


「次号の社内報で亮祐常務の紹介をさせて頂こうと思ってまして、近々並木さんが亮祐常務を取材させて頂きますね。女性社員が楽しみにしている企画なのでご協力頂けますと嬉しいです」


安西部長がそう補足する。


「そうなんですね。分かりました」


亮祐常務がにこやかに了承の返事をしながら私を見つめる。


動揺している私にとってその視線は突き刺さるようで、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。


(もうこれ以上、春樹にそっくりなこの顔で見られるのは耐えられない。早く、早く、この場から去りたい)


その私の願いは叶い、もともとサクッと挨拶だけの予定だったため、私たちはその後すぐに常務室をあとにすることとなった。


「では、今後ともよろしくお願いします。失礼いたします」



安西部長の退室の挨拶とともに、私たちも部屋を出た。


亮祐常務に背を向けたものの、気のせいか背中になんだかまだ視線を感じる。


視線を最後までなんとなく感じながら、部屋の外に出た。


役員フロアではみんな静かにしていたものの、広報部のデスクがあるエリアに戻ると、爆発するようにみんなが口々に声を上げる。


「やっばい、なにあれ!超イケメン!」


「しかも背も高いし、スタイルいいし!」


「34歳なんでしょ?もう少し若く見えるよね。仕事できる男オーラもハンパないし」


「ていうか、独身らしいじゃん。これは社内の独身女子がみんな狙うんじゃない?」



普段は割と落ち着いている広報部の女性メンバーもキャピキャピと盛り上がる。


「ね、並木さんはどう思った?」


「うん、確かにウワサ通りだったね」


話を振られ、私は若干引き攣りながら笑顔を作り、無難に答える。


そしてまだまだ続く同僚の盛り上がりの様子を尻目に、私はお手洗いに直行した。


1人になって頭の中を整理して心を落ち着かせたい。


そんな想いでいっぱいだった。


お手洗いの個室に籠り、ふぅーっと大きく息を吐く。


改めてさっきの亮祐常務の姿を思い浮かべる。


冷静になって思い返してみても、やっぱり春樹にそっくりだ。


もちろん年齢は全然違う。


高校生だった春樹、そして30代前半の亮祐常務。


でもきっと春樹が大人になったらこんな姿なんだろうなぁと容易に想像できるくらいのそっくり度なのだ。


(春樹の親戚だったりするのかな?)


そんなことは聞いたことがないし、まさかそんなはずはないのに、あり得ないことばかりを考えてしまう。


普通に考えれば、ただ偶然似ているだけだ。


お手洗いで1人で冷静になり少し落ち着いたものの、その日は1日なんだか仕事が手につかなかった。



そしてその日の夜。


動揺からかいつも以上に気を張って仕事に取り組んだせいでグッタリして帰路についた私は、家に着くなりソファーに身を沈める。


脳裏には、高校生の春樹と今日会ったばかりの亮祐常務の姿が交互に思い浮かび、混乱の極みにいた。


ブーブーブーブー


そんな時に鞄に入ったままのスマホのバイブ音が聞こえてきた。


この長さはメールじゃなくて電話だろう。


一瞬このまま無視しようかなと思ったものの、やっぱりスマホを手に取り電話に出た。



「もしもし、姉ちゃん?」


電話の相手は弟の並木蒼太《なみきそうた》だった。


蒼太は私より2つ下の25歳。


ベンチャー系のIT企業で営業をしている。


姉の私が言うのもなんだが、180㎝の長身ながらも可愛い系の甘いマスクのイケメンだ。


姉弟仲は良く、よく一緒に出掛けたりしている。


そして、一緒にいると大概カップルだと思われる。



「姉ちゃん忙しいの?電話出るの遅かったじゃん」


「ちょっと色々あって混乱してた‥‥」


「なに、どしたの?なにかあった?」


「んー色々だよ」


明確に何も言わずなんとなく誤魔化す。


なのに、妙に鋭いところがある蒼太はいつも核心をついてくる。


「もしかして春樹くんに似た人でも見た?」


「えっ‥‥」


「だって姉ちゃんがこういうふうに動揺したりしてる時っていつも春樹くん絡みじゃん。まぁここ何年もそういうことなかったけど。で、なにがあったの?」


「‥‥‥‥」


さすが蒼太だ。


蒼太は春樹と私が付き合ってた頃のことを知っていて、春樹が亡くなってからの私のことも知っている。


私が大学生の頃は、よく街で似た人を見かけて動揺していたのだ(実際は全然似てなかったけど‥‥)。


「蒼太の言う通り。実は会社に新しい役員が就任して今日初めて会ったんだけど、すっごく似てて‥‥。大人になった本人かと見間違うくらい。本人なのかな?親戚かな?とかあり得ないことまで考えちゃって。今後も仕事で関わることがあるし、こんなに動揺しててどうしようって思って‥‥」


誰にも話せなかった想いを、私は思わずこぼした。


「会っただけでしょ?じっくり話したの?」


「ううん。挨拶しただけ」


「じゃあ大丈夫っしょ。話す機会があれば別人だって分かるだろうし」


「うん‥‥」


誰かに聞いてもらって大丈夫と言ってもらえるだけでも、なんだか安心して心が軽くなった。


そのあと少し蒼太の近況を聞き、最後にお礼を言って電話を切る。




「姉ちゃんは、そろそろ本当の意味で過去を乗り越える時が来たのかもね」


ーー電話を切った後、蒼太がこんなことを呟いていたのを私が知ることはなかった。

私の瞳に映る彼。

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