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英国さんの独占欲好き……
思考に変態の兆しがある英国紳士 v.s 気が付く兆しのない社畜
「日本、それ……。」
手帳に今しがた決まった日取りを書き込んでいると、アメリカさんはそう言った。
顔を上げると、マグを持った彼の視線は僕の手元に注がれている。
「俺、どっかで見たことある気がする。」
手の中には、藍色のボールペン。
彼が見やすいよう目の高さに掲げると、光の具合で夜の海のように色が沈んだ。
真新しいものではないのに、数百年使われることを見越したような滑らかな手触り。
「でも、アメリカさんに頂いたものではありませんよね?」
「……ま、だろうな。ん〜……うちのとこのメーカーってわけでもなさそうだしなぁ……。」
アメリカさんは肩をすくめて笑いながらも、全く目を離さない。
それはペンというより遠い日の記憶を睨みつけているかのようだった。
「絶っっ対見覚えあるんだよなぁ〜……まぁ、いいけどよ。」
何か腹立つ〜、と呟きながら軽やかな足音が去っていく。
残された僕はひとり、そっとペンを握ってみた。
ずしりとした質感。
キャップを外すと、インクがわずかに匂い立った。
見たことのないブランドの刻印。
繊細な銀の装飾は筆記具というより美術品のようだ。
一旦ペンを置き、ペンケースの中を見てみる。
にゃぽんに貰ったパステルカラーの蛍光ペンに、広告入りのシャープペンシル。
食べ物以外にお金はかけない、という信条を如実に語るラインナップ。
観察を終え、なおさら首の捻りが強まった。
「どうして、こんな……。」
指先で英字のロゴをなぞってみる。
ほんの少し胸がざわめくだけで、何の答えも思い出せなかった。
***
数日後の会議室。
迫った暮色がガラスの水差しを淡く透かしていた。
思いついた案を書き留め終え、すっかり人気のなくなった部屋で椅子を引く。
「日本さん。」
落ち着いた低い声に、つま先までフォーマルな身なり。
振り返ると、イギリスさんが立っていた。
「そのペンですが……。」
静かに空気を揺らすように声が響く。
彼の目線は僕の胸元に注がれているようだった。
「あっ、これですか……。」
ほとんど無意識にペンを取り出す。
夕日を受けて芒光を放つそれは、複雑に色が混じって僕の目のような色になっていた。
「多分、どなたかに頂いたものなんですが……うっかり忘れてしまって……。」
頬をかきつつそう言うと、イギリスさんはぴくりと片眉を跳ね上げた。
じっくりとこちらの表情を読むように顔をみつめられる。
ふと、既視感のある装飾のペンが、彼の胸元にささっていること気が付いた。
「あの、イギリスさん……」
「……いいペンじゃないか。」
短い、贈り物のように軽やかな言葉。
イギリスさんはやわらかに両目の緑を細めていた。
くるりと背を向けて、彼が一歩ずつ遠ざかっていく。
その足音を聞きながら、手元のペンを握り直した。
なんだか、妙に重みが増したような気がする。
ロゴにはめ込まれた緑の石をみつめ、僕はまた見つかる気配のない答えに、ひとりで首を捻った。
(終)