テラーノベル
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あの雨の朝から、数日が過ぎた。連続強姦殺人の容疑者が逮捕されたニュースは、テレビやネットで連日大きく取り上げられていた。警察の粘り強い捜査と「匿名の情報提供」が早期解決につながったとニュースのキャスターが読み上げるのを聞きながら、私は自室のベッドで静かに深呼吸をした。
右手に残っていた、あの冷たくて激しい痛みの記憶。それが、少しずつ、だけど確実に消えていくのを感じる。
亡くなったお姉さんの叫びは、ちゃんと届いた。
あのおじさん刑事たちが、きっちり受け止めてくれたから。
◇
「……渚ちゃん!」
放課後。教室でリュックを背負うと、莉子ちゃんたちが心配そうな顔で私の周りに集まってきた。
「体調、もう大丈夫なの? 一昨日も昨日も、すごく顔色悪かったから心配したんだよ……」
「うん、もう大丈夫。ちょっと風邪気味だっただけ」
私がいつもの省エネモードで返すと、莉子ちゃんはホッとしたように胸をなでおろした。
「よかった……! あ、ねえ渚ちゃん、今日の朝のニュース見た? あの凄惨な事件の犯人、警察がすぐ捕まえたんだって! 本当に警察の人たちってすごいよね!」
「……うん。すごく頑張ったみたいだね」
「渚ちゃんも、警察の『親戚のおじさん』から何か聞いた? 犯人、すっごく怖い人だったんでしょ?」
「ううん、何も聞いてないよ。私は車で待ってただけだから」
私はそう言って、小さく微笑んで見せた。
クラスのみんなは、この街で起きた本当の暗闇も、死者の声も知らない。知らないまま、平和に笑っていられる。それがきっと、一番いいことなんだと思う。
『おーい、渚ちゃん! 今日は顔色戻ったな!』
教室の天井付近。いつもの男子中学生の幽霊が、バタ足しながら上から覗き込んできた。
『一昨日の夜はマジで凄絶な顔してたからさー、俺、声かけるのビビっちゃったよ!』
(……うるさい。上から覗かないで)
私はジト目で天井を睨みつけた。
「……あ、また渚ちゃんが空中を睨んでる……」
「やっぱり事件のニュースとか見ると、色々思い出してピリピリしちゃうのかな……」
クラスメイトたちがひそひそと囁き合いながら、優しく見守るような目線を送ってくる。また変な誤解が深まっている気がするけれど、突っ込む気力もないのでそのまま放っておくことにした。
◇
校門を出ると、夕暮れの街並みの中に、いつもの見慣れた黒のセダンが停まっていた。
ガラガラと助手席のドアを開ける。
「……チース。今日は煙草の匂い、ちょっとマシだね」
「おう。車内消臭スプレー一缶丸ごとぶちまけてやったからな」
運転席の峯岸さんが、くたびれたスーツ姿でニヤリと笑った。
後部座席を見ると、佐藤さんが力尽きたように座席に横たわっている。
「渚ちゃん……お疲れ様……。取調べと報告書で……俺の魂が出そうです……」
「佐藤さん、幽霊になるにはまだ早いですよ」
私がそう言うと、佐藤さんは「ひぃっ、演技でも縁起でもないこと言わないでください!」と跳ね起きた。
「で? 今日の捜査協力費だけどな」
峯岸さんがダッシュボードを軽く叩いた。
「事件解決の特別ボーナスだ。いつものファミレスで山盛りポテトと、一番高いいちごの特大パフェ。それとピザもサラダも好きなだけ頼め。本部の奢りだ」
「えっ、本当!? 本部の経費で落ちるの!?」
「落ちるわけねぇだろ。俺と佐藤の自腹だ」
「えぇッ!? 先輩、俺の分も入ってるんですか!?」
悲鳴をあげる佐藤さんと、ニヤニヤ笑う峯岸さん。
車内を満たす、いつものくだらないやり取り。
その温かさが、私の冷え切っていた心をゆっくりと解かしていく。
車がゆっくりと動き出し、茜色に染まるバイパスを滑り出した。
事件が解決しても、奪われた命は戻らない。
私のお父さんとお母さんにも、今日もまだ会えなかった。
だけど——。
「……峯岸さん、佐藤さん」
「ん?」
「ありがとね。ちゃんと捕まえてくれて」
私がポツリと呟くと、峯岸さんはバックミラー越しにチラリと私を見つめ、ふっと柔らかく口元を緩めた。
「礼を言うのはこっちだ。お前が勇気を出してくれたから、次の被害者が出ずに済んだんだからな」
「そうですよ渚ちゃん! 渚ちゃんは俺たちの最高のバディです!」
後部座席で佐藤さんが照れくさそうに笑う。
私の日常には、見たくもない幽霊も、忘れたい悲しい事件もたくさん転がっている。
だけど、この頼もしくて不器用なおじさんたちが隣にいる限り、私は前を向いて歩いていける。
「よし、ファミレス着くぞ! パフェはイチゴマシマシで頼め!」
「やったー! 遠慮なく二個食べます!」
「おい待て二個はやりすぎだろ!?」
賑やかな車内と一緒に、私たちはいつものファミレスへと向かって走っていく。
明日もまた、この不器用なバディと一緒に、静かに生きる「声」を聞くために。
前職は舞妓
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きょう
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コメント
1件
第24話、読み終えました。事件が解決した後の静かな日常が、すごく温かくてほっとしました。特に車内の「自腹だ」ってやりとり、峯岸さんと佐藤さんの不器用な優しさがじんわり沁みますね。渚ちゃんがあの感謝の言葉を口にできたこと、そしてそれを「こっちのセリフだ」と返す刑事さんたち。奪われた命は戻らないけど、それでも前に進むための手触りみたいなものが、この話にはしっかり描かれていると思いました。素敵なエピソードをありがとうございます🌷