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前職は舞妓
425
きょう
171
「おい渚、ちょっと車で待ってろ。すぐ戻る」ファミレスの駐車場に車を止めた途端、峯岸さんは携帯を耳に当てながら不機嫌そうにドアを開けた。本部の捜査一課長からの呼び出しらしい。後部座席の佐藤さんも「自分、ちょっと車内のゴミ捨ててきます!」とコンビニの袋を持って走っていった。
夕暮れの車内。一人残されて、私は後部座席で伸びをした。
……その時だった。
コンコン、と助手席の窓ガラスが軽快に叩かれた。
「ん?」
窓の外を見ると、高級そうなスーツを着た、妙に身なりのいい五十代くらいの男が立っていた。七三分けの髪に、フチなしの眼鏡。警察官には見えないけれど、その胸元には見覚えのある警察バッジがチラリと覗いている。
窓を少しだけ開けると、その男は胡散臭い笑顔を浮かべて身を乗り出してきた。
「やあやあ、君が噂の皐月渚ちゃんやね? いや〜、お近づきの印に挨拶したかってん!」
……コテコテの、だけどどこか嘘くさい関西弁。
「……どちら様ですか?」
私が警戒して身を引くと、男は名刺を一枚、窓の隙間から滑り込ませてきた。そこには『警視庁捜査一課 管理官 鴨志田(かもしだ)』と書かれている。峯岸さんの直属の上司にあたる幹部だ。
「自分、峯岸の上司の鴨志田言いますねん。いや〜、渚ちゃんの噂は本部でも持ちきりやで? 『峯岸の連れてる女子高生が凄腕のネタ元や』っちゅうてな。事件の解決率、エグいことになってるやん?」
鴨志田はニタニタと不躾な視線で私を頭から足の先まで品定めするように見つめてきた。
「なあ渚ちゃん、あんなガラ悪くて煙草臭いオッサンとつるんでても得なんか何もないで? 自分の『力』、もっと上で試してみたくないか? 本部で直々に面倒見たってもええんやで〜。美味しいもんも腹いっぱい食わせてあげるしな?」
馴々しく車のドアノブに手をかけ、顔を近づけてくる。
(……気持ち悪い)
ただのナンパやスカウトじゃない。この男の目には、私を一人の人間としてではなく、「使える捜査道具」としてしか見ていない下心が透けて見えていた。死者の無念も、私が背負っている痛みの重さも、何ひとつ知ろうともせずに。
『うわ〜、なにこのオッサン! めっちゃ胡散臭い! 渚ちゃん、逃げて逃げて〜!』
車内の天井付近で、例の男子中学生の幽霊が「ひぃっ」と声をあげて身を縮めている。幽霊が見てもドン引きするレベルの胡散臭さだ。
「……結構です。私は峯岸さんと仕事してるので」
私が冷たく言い放って窓を締めようとした、その時。
「なんや渚ちゃん、冷たいなぁ。峯岸みたいな落ちこぼれ刑事に肩入れしてもメリットないで? あいつ、三年前にでっかいヘカして犯人逃がしたトラウマ持ちやろ? そんな奴と居ても——」
「おい」
地獄の底から響くような、重く低い声が鴨志田の言葉を遮った。
振り返ると、缶コーヒーを握りつぶしそうな勢いで立っていたのは、峯岸さんだった。その目は、今にも目の前の男を噛み殺しそうなほど凶暴に光っている。
「……鴨志田管理官。俺のバディになんの用ですか」
「おっと、峯岸やんか。いや〜、ちょっと可愛い協力者ちゃんにご挨拶と思ってな? 威圧感すごいで〜、取調べやないんやから」
鴨志田はヘラヘラと笑いながら肩をすくめて見せたが、峯岸さんは笑いひとつ浮かべず、二人の間に割り込むようにして渚を自分の背中に隠した。
「渚に二度と近づくな。あんたの汚い手柄稼ぎにこのガキを巻き込むんじゃねぇ」
「……ハッ、相変わらず頭の硬いオッサンやな。自分が連れて歩いてるから『パパ活』なんて噂が立つんやで? 優秀な手駒なら、本部で正当に管理した方がこの子の為でもあるんとちゃうか?」
鴨志田の似非関西弁に、露骨な嫌悪感が混ざり始める。
その時、缶ゴミを捨てて戻ってきた佐藤さんが事態に気づき、「な、管理官!? なんでここに……!?」とパニックになりながら走ってきた。
「……帰ってください、鴨志田さん」
背後から、私が静かに声を張った。
峯岸さんの大きな背中の陰から顔を出し、鴨志田をまっすぐに見据える。
「私は道具じゃないです。それに……峯岸さんは落ちこぼれなんかじゃない。私にとって、一番信頼できる警察官です」
鴨志田の顔から、一瞬だけ似非関西弁の笑みが消えた。冷酷なキャリアの目が私を睨みつける。
「……フン。まあええわ。生意気なガキやな。……峯岸、次のヤマで結果出せへんかったら、その子も含めて捜査から外すからな。覚えておけよ」
捨て台詞を残し、鴨志田は高級外車に乗って去っていった。
駐車場に、気まずい静寂が流れる。
「……すみません先輩、俺がゴミ捨てなんかに行ってたから……」
「お前のせいじゃねぇよ、佐藤」
峯岸さんは不機嫌そうに煙草を咥えると、深いため息と一緒に煙を吐き出した。それから、振り返って私の顔を乱暴に覗き込んでくる。
「……渚。変なこと言われて、ビビらなかったか」
「全然。ただ、あの人の関西弁がすっごく下手くそでイライラしただけ」
「……ぶッ」
後部座席の佐藤さんが耐えきれずに吹き出した。
峯岸さんも一瞬ポカンとした後、呆れたように苦笑いを浮かべた。
「お前は本当に……肝が据わってるよな」
そう言って、いつものように私の頭を乱暴に撫で回した。
「よし、行くぞ。あのクソ管理官に文句言わせねぇくらい、次の事件もさっさと片付けてやる。……佐藤、パフェ代増量な」
「えぇッ!? 俺、何も悪いことしてないのに!?」
嫌な上司の登場で少しだけ空気が重くなったけれど、車内はすぐにいつもの賑やかさを取り戻した。
本部の嫌みなおじさんが何を企んでいようと関係ない。
私はこの車で、いつもの二人と一緒に、茜色の街へと向かって走っていく。
コメント
1件
あらためて読んだわ。このエピソード、めっちゃ良かった! 鴨志田管理官の胡散臭さがガチでヤバくて、渚ちゃんが「道具じゃない」って言い返したシーンはグッときた。峯岸さんの過去にも触れてて、二人の絆がさらに深まった感じがする。ラストの車内の空気の戻し方も好き。次も楽しみにしてる!