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3 ◇問い詰める
そんな中、いろいろと不安で心の中は修羅場ってるのに、私の口から勝手に
ポロポロ言葉が出てきた。
なんていうのかなぁ~その時の私は、弱ってる私が、目の前で
別の強い私と夫が話してるのを心配そうに少し離れて見ているような感じ
なのだ。
こんなこと生まれて初めてのことだった。
実際、夫に話しかけている自分の姿が見えちゃったんだから。
ふたつの魂があって、ひとつの魂が身体から抜けて透明人間のように
2人の遣り取りを聞いてたっていう感じかしら。
思うに―――
私はその時、幽体離脱とやらを経験していたのかもしれない。
それもただの幽体離脱じゃなくて、魂の抜けた身体に別の意志を持つ人格が
備わっているという……。
◇ ◇ ◇ ◇
食事の準備をしながら私は彼にその話を振った。
「ね、一緒に行った相手の人って女性だったりして」
「えっ?」
今絶対、きょどったよねぇ~。
私は夫のどんな変化も見逃すまいと全神経を彼に注いだ。
「そ、そうなんだ。
彼女仕事熱心な子でね、仕事を覚えたいから付いて行かせてほしいって
頼まれてね……」
「そんなことで、女子社員が上司と一緒に出張行くなんて、
あなたの会社では認められるンだぁ~。
すごいね。
……っていうことは、あなた会社ではなかなかな地位なわけなんだ。
へぇ~、ほぉ~、いつの間にそんなに偉くお成りあそばしたの
かしらぁ~?」
夫が怪訝な様子で食事をはじめた。
これまでの私と夫との歴史の中で培われた関係性において
私はこんな嫌味を言うような人間じゃなかったって思ってるはず。
だから、私の発した言葉が果たして意味深な嫌味なのか、
ただの感想なのかを吟味しているのかもしれない。
どうやら結論を出せず、だから反応する言葉も出せないでいる。
「ねっ、どうして今頃私があなたにこんなこと聞いてるのか
気にならない?」
「ははっ、何か今日の 姫苺 怖いなっ」
「怖いなんてっ、やだっ。心外だなっ♪」
「じゃあ、改めて聞くよ。
どうして終わった出張の話が今出てるのかな?」
「うん、まずひとつ訂正しとく。
私は出張の話っていうよりも女性の話をしているつもりなんだけど」
夫が思わず呆然とした表情で私を見てきた。
あぁ、いやだ。
何で分かってしまったのだろう、何かあるって。
その何かが私にとってどれくらいの破壊力があるのか、そこまでは
分からないにせよ、しかし何かはあるのだ。
悲しいかな、私には夫の様子がいつもと同じとは思えない。
嘘でも上手く演技して完璧に私を騙してくれりゃあ良かったのにね。
◇ ◇ ◇ ◇
「俺と篠原さんは、仕事で一緒に出掛けただけで 姫苺 に
疑われるようなことは何もないよ」
「ね、一緒の仕事はこの間の出張が初めてだった?」
さぁ、冬也何て答えるの?
「えっと、そそっ初めてだよ。
だけど、今後も仕事熱心な彼女に頼まれればまた一緒に行くことになると思う」
「それ、止めてほしいんだけど。
あなたが断れば済む話なんじゃないの?」
上司からの命令ならいざ知らず……
さほど個人的に親しい相手でないなら……
これが初めてだというのなら……。
でも、きっと違うのよね。
頼まれただけで一緒に出張に行くほどには近い距離にいて……
今後もお願いされれば一緒に連れて行く気満々なのが透けて見える。
あのタレコミの2人が写っていた画像を見ていなければ、案外私も
一緒の出張に違和感を持たず、さらっとスルーしていたかもしれない。
だけど私は見てしまったのだから、到底そんなこと許せるはずもなく。
ここは夫に約束してもらうまで、引き下がれない。
「ちょっ、相手は25才の女子だよ? 気を回し過ぎだよ。
俺とどんだけ年の差があると思ってんの?
まず相手が俺みたいなおじん相手にしないよっ。
それに仕事なんだし。
そんなこと言ってたら仕事になんないよ?
実はこの間、彼女がいてくれて取引先との仕事がものすごくスムーズに
運んだんだからねぇ」
◇もやもや
「仕事を覚えさせてほしいって言われて連れて行ったんだが
なんのなんの、俺のほうが助けられた結果になってさ。
だからもう少し彼女を育ててみたいっていう気にもなってるからさぁ、
そんな分からないこと言って俺を困らせないで!」
夫の着地点を
私は冷めた目で……見、
耳で……聞いた。
夫はその女のお願いは聞けても妻である私のお願いは聞けないらしい。
私のお願いはどうやら単なる嫉妬にかられた妻の我がままなんだと……。
私は夫の返事にガクリと力が抜けた。
自分をおっさんと自覚し、彼女とは男女の仲にはならないと言い切った夫。
そっちに自信があるというなら、この先も何もない関係をちゃんと
貫いてくださいな。
そんなことを心の中で反論するしか術がなく、気がつくと私は幽体離脱状態から
ひとつの身体にひとつの魂という、本来の自分に戻っていることを自覚した。
強気の私はどこかへ雲散霧消してしまったようだ。
正直言うと、彼女にはもっと頑張ってほしかった。
まぁね、タレコミで手にした画像だけで不倫しているとまでは
追及できないだろうし、しようがないのかなとも思えてきて――――。
夫に約束してもらうまでは引き下がれない、という気持ちを持て余したまま、
その日はそれ以上の追求ができずに終わった。
それからしばらくの間、私のモヤモヤが晴れることはなかった。
そして私らしくない思考にどんどん陥ってしまい、自己嫌悪に苛まれ、
イライラがマックスになった頃、またあの善意の人からの手紙が届いた。
まさか!
また手紙が来るなんて思いもしなかった。
だけど、思いのほか安堵の気持ちが広がっていくのを感じた。
だって夫と女について気になるばかりで一切調べようのない中、
何か手掛かりになりそうなものが目の前に差し出されたのだから。
私は変な胸の高まりを抑えることができなかった。
今度はどんなことが記されているのか―――
私は思い切って封を切った。