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「傷ついたとしても?」
「……うん。燎子に直接聞く勇気があればいいんだけどね」
あははと乾いた笑いを繰り出す。なぜこんなことするの? なぜ2回もわたしから恋人を奪ったの? そう訊いたところで、まともに答えてもらえるはずもない。
どこか逃げられないようなところで、話を聞けたらいいのに。
「花音は、話す機会が欲しいんだ」
「そうだね、ひとこと言ってやりたい気持ちもあるかな」
「わかった、じゃあこうしよう」
篤人は私に作戦の展開を話し出す。淡々と話す彼と、作戦の内容にギャップがありすぎてびっくりする。
「え、でもそれどこでやるの?」
「会議中に決まってんじゃん」
「えええっ!! か、会議?」
仕事中に作戦遂行するという篤人。さすがにまずいのではと思うが、退職させるにはこれでいくしかないという。
「美濃さんの噂、ちょっと訊いたんだ」
「うわさ?」
「社長と不倫してるらしいよ」
「ええーーーーっ!!! 恋人もいるのに、不倫もしてるの?」
その噂の出どころは毎度おなじみ山田さん。秘書課の人に聞いたらしい。
なんでも社長のお気に入りになったから、秘書課の花形に躍り出ることになったんだとか。あくまでもウワサらしいけど。
「真偽はともかく、美濃さんは秘書課の人間関係がうまくいってない」
「はぁ……」
「周りからは煙たがられてるみたいだよ」
まあ、でもそりゃそうだろう。あれだけ商品企画部に顔を出していれば、本来の業務にも多少なりとも影響があるはず。
用もないのにちょろちょろしているし、秘書課の人が怒るのも仕方のないような気がする。
「モニターさんが来てくれる会議は、来月だっけ?」
「うん、そう」
「そのメンバーの中に俺の妹が入ってんだけど」
「はい?」
斜め上からやってきた話に、頭がついていかない。
「いいい、妹さん?」
「美濃さんが頼んだ人が、うちの妹と友だちで、その人に一緒にやらないかって誘われたみたい」
「へ、へー……」
モニターは高級マンションに住むお友だちって話だったよね? だとすれば篤人の妹さんは高級マンションに住んでるってことなのだろうか。
「日程の連絡はした?」
「資料と一緒に日程も燎子に伝えたけど?」
「調整が遅れてるってことに、なってるらしいよ」
資料はずいぶん前に渡した。となれば燎子がわざと渡していないということになる。
すべては私に恥をかかせるための作戦なのだろうか。
でもそんなことしたら仕事にも支障が出る。だいいち恋人である伊吹にも迷惑がかる。
「連絡ミスを、全部花音に押しつけるつもりだよ」
大きく息をついた篤人。じゃあ燎子の目的も私を退職させることなんだろう。そのために伊吹と付き合ったのだろうか。
伊吹を|奪《と》ることはあくまで通過点。それを遂行するためであるような気がしてならない。
「燎子は、私を退職に追い込むつもりかな」
「そんな感じだね」
「……なんか、ほんと怖い」
私がいったい何をしたっていうの?
カタカタと小さく肩が震える。
「まあそのくらいのミスで退職まで追いつめられるか、俺は疑問だけど」
「あの手この手でやるのかな」
「……そうかもしれないよ」
執念すら感じるその行動に、驚きしかないけれど、ことはものすごく壮大になっているのかもしれない。
「なんだか、すごく大変なことになってきた?」
「俺が思うより、根が深そう」
「……」
急に自信がなくなってしゅんとする。燎子を退職させようとしている自分と、私を退職させようとしている燎子。
すべては同じマウンドで起こっていることなのに、向こうが有利になっている気がする。
一枚も二枚も上手であろう燎子。そして自分にも同じ目的をかかげられていることを思えば、ますますよく考えて行動しなくてはならない。
そして、自分が何をしようとしていたのかも浮き彫りになる。
恋人を奪られた悲しみや怒りに任せて、燎子を退職させようと動いている自分が、どれだけ恐ろしいことをしようとしているか。それを見せつけられているような気がした。
燎子を退職させて、自分だけ無傷でいようとしたけれど、それはおこがましいのかな。そんな気すらしてくる。
「……怖い?」
すっと顔を覗かれて、ドキンと胸が鳴る。心配そうに眉根を寄せる彼の顔はものすごくかわいらしい。
「……ちょっとだけ、ね」
「あのさ」
「ん?」
「怖かったら、ここに住む?」
「へ?」
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