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男なら誰だって強くなりたい願望がある。
強さにも色々あるが俺、拳道 武は肉体的な強さを求めた。
理由は、カッコイイからだ。
ガキの頃に見たヒーロー物の番組がキッカケだったと思うが、強くて正しいヤツのカッコよさに憧れて俺は武の道に進んだ。
巷じゃ冒険者ってのがあってスキルで凄え強さを手に入れられるみてえだが、スキルを使うにはMPが必要で、そいつが無ければ只の人と変わらんって話だ。
結局は元々が強くなけりゃイカンって事だろ。
冒険者事業のお陰で武道の道は年々広くなっているし、俺も近所の道場にはいくつか掛け持ちで通っていた。
高校の部活では総合格闘部に入ってみたんだが、先輩方には随分とお世話になっている。正直ガキの頃から鍛えていた俺はかなりのモンじゃないかって思っていたんだが、やっぱ先輩方はスゲーわ。まだまだ敵う気がしねー
目標が有って張り合いのある日々だったんだが、最近はちょっと悩んでいることがある。
格闘技の大会では前から冒険者部門と一般部門が有るんだが、冒険者部門と一般部門の優勝者同士のエキシビジョンマッチでスキルが使われていないにも拘らず一般部門側が負け越しているのだ。
俺は、冒険者にならないと更なる強さの高みに至れないんだろうか?
二学期になって冒険者になったヤツがいるって話を聞いた。
同じクラスの小野麗尾ってヤツがそうらしいんだが、確か根暗なヤツで目立った物は無かったはずだ。実際、見たところ大して鍛えているように見えないし、ここらの道場には顔も出していないらしい。冒険者向けの道場もあるのにそっちにも通っていないんだから、きっとすぐに止めるかカッコつけてなったんだろうと思っていた。その時はすぐにアイツに対する興味は無くなって、相変らず悩みながら鍛え続ける日々を過ごしていた。
そんな日々に変化が起こしたのは、冬休みに姉ちゃんから聞かれた一つの質問だ。
「武、あんた小野麗尾 守って男の子を知らない? 多分この近くの高校に通っている子だと思うんだけど」
姉ちゃんが何でアイツの事を聞いてくるのか分からなかったので、逆に聞き返すと
「え、ホントに知り合い? しかもクラスメイト!? マジで! 超ラッキー! ねぇ、お願いだからブルームフラウちゃんの事聞いて来てよ!」
「ブルームフラウちゃんって誰だよ。アイツとどんな関わりがあるっていうんだ?」
そこから姉が熱く語ること10分。纏めるとアイツの召喚モンスターの妖精の事らしい。
最近人気が急沸騰しているとか、他にも今一部で小野麗尾家がアツイとか何とか。
姉ちゃんが何で知ったかっていうとネットの掲示板と、県の冒険者支援イベントで人気投票やっているらしく冒険者毎のダンジョン探索の様子が動画で配信されているのを見たとか。
妖精とか人気投票とか、学校でのアイツのイメージと大分違うんだが。いや、オタクとかなのか? アイツ。
若干悪くなったアイツの印象は、動画を見ればまたすぐに塗り変わった。
全身を特殊部隊の隊員の様に固めている姿。
油断無く周囲を見回して召喚モンスターを呼ぶ姿。
学校のアイツからは全く想像もできない姿がそこにあった。
そして動画開始四分後。
姉の言っていた妖精はすぐに分かった。
他のモンスターと違った派手な演出で現れると同時に
「初めまして♪ ご主人様! あなたの妖精ブルーム☆フラウさ~んじょう! 戦闘はチョッピリ苦手だけど回復だったらオ・マ・カ・セ♪ 皆とご主人様の身も心もバ~ッチリ癒しちゃうゾ♪ ミ☆」
画面内を所狭しと飛び回り、最後にキメポーズをしっかりと決めたフェアリー
俺は一体何を見ているんだ? そしてアイツは一体召喚モンスターに何をやらせているんだ?
ジェットコースターの様に乱高下するアイツへの評価に翻弄されたが、やがて敵モンスターとの戦闘の場面が来た。
そこで見たものは、全く動じずにモンスターを指揮して敵を殲滅する姿。
多対多で、一対多で、一対一で戦う姿。冷酷に敵モンスターを殺す姿。
丁寧に、慎重に、されど淀みなく暴虐を振るうアイツの姿があった。
圧倒された。アイツは、何だ。
そこから俺は動画を食い入るように見た。何度か見直しもした。
動きは確かに素人だ。だが、所々で体勢が崩れそうになっても不自然に持ちこたえている。これは何だ。
動きが考えられている。こうくればこう、ああくればああ…… それを体に少し覚えさせているようだ。挙動に迷いが無い。
武術ではない、殺す為の動作。それをしっかりとこなそうとしている。
強い。
一対一で格闘技の試合をすれば確実に俺が勝てるだろう。だが、ここなら。ダンジョンなら?
勝率は劇的に下がる。十中八九、俺はアイツに殺される。
何か分かった気がする。冒険者部門と一般部門の差が何なのか。
戦ってみたい。戦って確かめてみたい。
始業式が、冬休みの終わりが待ち遠しい。
余りにも落ち着かなかったので夜中にも関わらずランニングに出かけたほどだ。
そして冬休み明けにさっそく小野麗尾に声を掛けて見た。
正直断られる気はしていたのだが案の定、断られた。
断った理由も至極当然の物で、聞いた時は納得するしかなかったのだが、それでも諦めきれず外部顧問の師匠に相談してしまった。
海外で活動した元冒険者の経歴を持つ師匠は、事情を聞くとしばらく考え込み、
「なるほどのぅ…… いや、面白い。そういう事ならワシも手伝ってやろう。その冒険者の小僧に問題無い事を伝えろ。ワシの道場で使っている機材を持ち込めばどうとでもなるわい」
と仰ってくれた。
「但し、やるなら”試合”などではない。互いに殺す気で”死合”に臨め。そうでなければ得る物は少ないじゃろう」
死合…… 小野麗尾は受けてくれるだろうか?
次の日にもう一度話を持ちかけてみると、少し考える様子だったが了承してくれた。
流石冒険者、て所か。”死合”をこうも簡単に受けてくれるとは…… 俺も、気合入れないとな!
それから”死合”の日程決めに何度か話して、三日後の放課後に校内の武道場で行う事になった。
部活の皆も見に来るって言ってたし、他の部も見学に来るそうだ。こうなると情けない所は見せられないな、元からそうするつもりだが全力でいくぜ!
当日は武道場が二階の席までほぼ満員になっていた。噂が広がったようで武道系の部活以外の学生も集まっているようだ。こりゃちょっとした大会だな。
俺は道着を着て会場の真ん中に立っていた。師匠は大きなトランクケース大の機材を持ち込んで調整していた。小野麗尾は荷物を倉庫に運び込み、そこで着替えている。
倉庫から出てきた小野麗尾の姿は動画で見た姿と全く同じ完全武装で、棍棒もメイスも警棒もボウガンすらも身に着けていた。
ざわめきが酷いが、師匠が一言
「静粛に」
決して大声ではないが、その一言は武道場に響き、声が途絶える。
「これから始める”死合”について説明を始める。
一つ、ワシがオヌシらの体と”死合”の範囲に合わせて仮想戦闘の領域を展開する機材を使用する。
この機材の効果によりお互いの攻撃で怪我を負う事は無いし、他の者に被害も及ばない。
よってオヌシらは互いに殺す心積もりで”死合”に臨む事。
二つ、”死合”はどちらかが致命傷もしくは戦闘続行不可能となった場合に決着と見なす。
判断は審判のワシが行うのでオヌシらは存分に戦えばよい。
三つ、戦闘領域はこの武道場の一階全てである。”死合”の開始場所はこの中央線で互いの領域を二つに分けるので
お互いの領域内の好きな場所で始めるがよい
四つ、死合に制限は無い。好きなように殺しあうがよい。
以上じゃ」
武者震いがする。説明の内容に会場の生徒がざわめくが、小野麗尾は微動だにしていない。大したヤツだ。
小野麗尾は自分の陣地の中央に移動した。右手には二メートル位の長さの棍棒を持ち、左手はフリーだ。
俺も自分の陣地の中央に移動して構える。まずは同じ場所でやってみたい。
「両者、宜しいか? ……それでは、始めぃ!」
小野麗尾はどう出る? そう思った矢先、小野麗尾は棍の片端を両手で持ち、体を大きく一回転させ、足元の薙ぎ払いを仕掛けてきた。
軌道が低い。距離はまだある。受けるのはキツイ。跳んで避けて詰める!
そうして跳んだ俺が見たものは、跳んだ俺を確認して棍棒を上段に構えなおした小野麗尾が、それを全力で振り下ろした姿。
嘘だろ、あの勢いで払ってなんですぐに体勢が整うんだ!
着地直後に横に飛んでかわそうとしたが間に合わず、棍棒が咄嗟に上げた腕に叩き込まれる。
一回目の衝撃で痺れた腕が二回目で崩れ、三回目が頭に叩き込まれる。よろめいた俺に小野麗尾が接近し、絶叫と共に背負っていたメイスを両手で振り抜き頭に叩きつけてきた。
「そこまで!」
師匠の声が響く。同時に体が感じていた痛みと衝撃が嘘の様に消えた。だが、体が崩れ落ちる。
息が荒い。震えが止まらない。体を動かせない。
「大丈夫か?」
小野麗尾が掛けた声に、
「ああ ……いや、ダメだ体が動かない」
小野麗尾は俺の脇を抱えると端の壁に引きずり、壁を背にするように座らせた。
「拳道よ、もう一度やるか?」
「師匠…… はい! 少し休んだら、体が動くようになったらすぐに!」
「よかろう。では次! この男に挑むものはおるか!」
「ちょ」小野麗尾が言いかけた言葉を師匠が遮り、
「ふむ、小僧。まさか今のでへばったのか?」
「いや、そんなことは」
「ならよかろう」
良い…… のか?
「次は俺だ! 拳道の仇は俺が取る!」
2年の先輩が名乗り出る。
すぐさま死合の準備が整い、先輩は相手の陣地ギリギリまで近づいて小野麗尾はまた陣地の真ん中に立った。
死合開始と同時に先輩が全力で小野麗尾に向かって走り出す。小野麗尾の得物の長さを考えての事だろう。
対する小野麗尾も先輩に向かって踏み出し、棍棒を…… あ、ここ動画で見たところだ。
片端を右足で踏みつけ固定。右手を添えて左手でもう片端の先の位置を調整し、突っ込んできた先輩の喉に直撃させた。あの攻性防御は相変らず酷い。
先輩は思わず左手で喉を抑えて頭を下げた。
すぐさまメイスで頭が狙われるかと思ったが、同じことを考えたのか先輩は右腕で頭を守ろうとした。小野麗尾はさらに踏み込み左手の逆手で警棒を引き抜き展開、潜り込む様に懐に入り、抉り込む様に左腕を振るい逆手に持ったままの警棒を先輩の右脇腹に叩き付けた。
くの字に折れる先輩の体。
無防備となっていた顎に小野麗尾は体全体を使った右アッパーを叩き込んだ。棒立ちになって真っ直ぐ浮かぶ先輩と昇○拳のポーズが決まった小野麗尾。先に着地した小野麗尾は体を捻り、両手で背中のメイスを持つと野球選手の様に振り、それを落下していた先輩の腹に叩き付けた。ホームラン。何故か脈絡もなくそんな単語が浮かぶ。
ボールの様ではないが、1回軽くバウンドしゴロゴロと転がり壁に叩きつけられた先輩。
小野麗尾のさらなる追撃が行われ、ここで先輩のコールド負けでゲームセットだ。
静まり返った武道場の中、次に出てきたのは、
「総合格闘部の名に懸けてこれ以上、君の好きにさせるわけには行かない!」
部長! 昨年全国インターハイ個人の部で出場してベスト8まで行った部長なら、完全武装した小野麗尾と言えど只では済まないんじゃないか!
部長も先の先輩と同じく相手の陣地ギリギリまで近づいていた。対する小野麗尾は…… 陣地の一番遠いところの隅っこ?
部長を警戒するのは分かるが、何をするんだ?
この疑問は、開始直後にすぐ解けた。
走り出そうとした部長に対して小野麗尾は左足を前に部長に対して斜めを向いた奇妙な構えを見せた。動画には無かったスタイルだ。
右手でボウガンを部長に向けて上側を体に向けて斜めに、左手はボウガン上部に添えるように。
カシュッ
ボウガンが部長に向けて撃たれた。
ガチッ
部長が咄嗟に右に跳んで回避する。
カチッ カシュッ
二発目が撃たれる。部長が跳んだ勢いのまま転がり、二発目も外れる。
ガチッ カチッ カシュッ
三発目は転がり続けた部長に命中した。
ガチッ
この音は何の
カチッ
部長に集中していた視線を小野麗尾に向けると
カシュッ
四発目が放たれた。
右手を押し出し、左手が引かれる様に動く。
ガチッ 弦を引いた左手はそのまま右腕に進み、いつの間にか右腕に付けられていた矢のホルダーから予備の矢を掴んだ。
今度は左手を押し出し右手が引かれる様に動き、
カチッ ボウガンの上に辿り着いた左手が矢を装填し
カシュッ 大雑把に部長の方に向けられたボウガンから矢が撃たれる。
部長は動きが止まっており、五発目も部長に命中した。
矢は体に刺さっていないが、俺の時と同じように怪我をしていないだけで衝撃と痛みは感じているのだろう。
ガチッ カチッ カシュッ 六発目
ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ
部長が身を捩る。矢が刺さった場所が体の下敷きになり、部長が叫び声を上げる。矢がより深く刺さったと見なされたのだろう。
ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ
ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ
部長は蹲り、両手で頭を庇っている。
ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ
ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ ガチッ カチッ カシュッ
体の半分に二、三十発くらい撃たれた部長はもはや動かず、
「そこまで!」
ようやく師匠が止めに入った。
死合開始前の静寂は、今に至りもはや物理的な重みを錯覚させるほどの何かに変わっていた。
師匠が、中央に立つ。
「お前たちが負けた理由が分かるか」
誰も何も言わない。
頭の中には、ある意味分かりきった答えが、武道家としては決して口にしたくない言葉が浮かぶ。
「素手だからです」
「武器を持っていないからです」
「防具を着けていなかったからです」
師匠は俺たち一人一人を見回すと、唐突に小野麗尾に質問を投げた。
「小僧、お前がもしお前と同じ装備を身に着けた敵と戦う事になった時、その時お前はコヤツらと同じように武器防具を持っていないとすればお前はどう戦う?」
「逃げます」
即答した!?
「逃げればお主の家族か友が敵に襲われるとすれば?」
「……その人たちを連れて逃げます。連れて行ける状況ではなく、敵が殺す積もりでなければ一旦逃げて警察を呼ぶか対抗できる武器になるものを探します」
「敵がすぐにでも殺すつもりで襲ってきた場合はどうじゃ?」
「敵を殺します」
「どうやってじゃ?」
「……攻撃を避けられるなら避けて接近します。避けられなければ左手を盾代わりにします。左手だけで対処できなければ右手も使います。接近したときに手が残っていれば防御の薄い所か急所を狙います。手が使い物にならなければ足で、足が使えなければ噛み付くか、視界を少しでも奪うため顔に頭突きを狙います」
「それすらも出来なければどうする?」
「……体の動く部分で少しでも相手にダメージを与えられるように動きます。順序が遅くなりましたが、声を出せるなら守りたい人たちには避難を指示した上で、常に周囲に助けを求め叫び続けます」
「ふむ、まぁ小僧に出来るのはそんなところじゃろうな。それで、総合格闘部のおぬしらはどうじゃ?」
「おぬしらは、何ができる?」
……俺は、そんな事を考えた事がなかった。暴漢とかチンピラと喧嘩するくらいなら考えた事も有ったが……
この場に居る、誰もが回答できなかった。
「武装した素人に難なく叩きのめされる。おぬしらの武に捧げた時間は、一本数千円の物干し竿に毛が生えた程度の代物に叩き潰される程度のものか? そんなモンに何万何千時間も掛けるくらいなら今日の帰りにホームセンターで札ビラ数枚払った方がええのう」
違う! ……違う! 気が付けば俺は立ち上がっていた。
「小野麗尾! もう一度だ! もう一度やってくれ!」
小野麗尾はこちらに一度頷くと陣地中央に立った。
俺は道着の上着を脱ぐと左手に巻きつけ帯で縛り止める。
開始の合図と共に左腕を盾に見立て走り出す。
小野麗尾はさっきと同じように棍棒で薙ぎ払いを仕掛けてくる。汲んでくれるのか。ありがとよ。
礼といっちゃなんだが見せてやる。ほんの僅かでも、今の俺はさっきまでの俺とは違うって所をよ!
払いは避けない。こんなもん喰らってもいい。前へ…… 前へ!!!
払いを足に受ける。
当たりが弱い。
俺の気合云々じゃねぇ。
小野麗尾が引いたんだ。
間合いが少し開く。
小野麗尾が構えた。
今度は例の固定突きか?
いや、違う!? これは突きの連打か!?
小野麗尾が構えたまま後ろに短く跳び、着地すると突きを放って来る。
間合いを保ちながら突き続けようってか? やらせるか!
左腕で受け、弾き、間合いを詰める。
三回突かれて、二回防いだ。
一回は膝に当たったがこれくらいなんてことはねぇ!
間合いを詰めて懐に飛び込む。
捕まえたぁ!
しっかりと腰を落とし正拳突きを叩き込む。
何回も練習した型を、全速でブチかます。
狙いはつけてねぇ。
自分の拳の事も小野麗尾の防具の事も考えず、ただ全力全開で打った。
拳は小野麗尾の腹のプロテクターのド真ん中にブチ当たっていた。
小野麗尾は憎たらしいくらいに動じなかった。
拳を打つことだけに全身を使った俺は、小野麗尾のメイスの振り下ろしを顔面にまともに喰らって仰向けに倒れた。
すかさず小野麗尾がボウガンを倒れた俺の心臓に向けて撃った後、俺の右手を叩き潰そうとした所で、二回目の死合は終わった。
武道場の端に自分の足で戻ると、見学していたレスリング部の誰かが挑戦の名乗りを上げた。
そいつは小野麗尾にタックルを仕掛け、胴に組み付いて押し倒そうとした所で、踏み止まった小野麗尾が手にしたボウガンの矢で「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」と言う掛け声と共に背中を滅多刺しにされた。膝蹴りも数発受けて、離れた所にメイスの振り下ろしを喰らい、トドメにコンバットブーツで後頭部を踏み抜かれた。「チクショウ、少し待っていろ! すぐに再戦するからな!」立ち上がってそいつが離れて行った後は、立ち直った部長が再戦を。
上半身裸で両腕と腹に帯を巻きつけ簡易防具の代わりにした部長は二本の矢をそれらで受け接近と同時に全身を使ったラッシュを開始した。
あれは、IH地区予選決勝で決め手になった流虎乱舞……!?(本人命名)
十を超える攻撃を受けた小野麗尾が部長に組み付き押し倒した後、警棒で顔を滅多打ちにして死合終了になったが戻ってきた部長の目には一回目の敗北とは違い闘志が燃え盛っていた。
その後も体育館からボールや陸上部から投げ槍を借りたり校舎裏から石を調達して遠距離戦を挑む者。
倉庫から盾や防具になりそうなものを持ってきた者、果ては自分の陣地に障害物で防壁を築く者まで。
小野麗尾もあれから十人以上は相手を出来ていたと思うが、最後は部長にネックガードをプロテクターごと解除され裸締めを受けて遂に陥落した。メイスと棍棒とボウガンを蹴り飛ばされながら最後までボウガンの矢と警棒で抵抗していたのは本当に凄かった。部長の勝利の瞬間の会場の盛り上がり方は異常だった。
それからは様々な部活が入れ替わり立ち代わり死合に臨み、異種格闘(?)戦の有様になっている。
小野麗尾は武道場の隅でヘルメットとガスマスクを外し、汗びっしょりになりながらスポドリを飲んでいる。防具は良い物を使っているようで、あれだけの激戦にも関わらず、目立った傷は付いていない。
ガスマスクは流石に口の部品が壊れており、弁償を申し出たが、
「……消耗品の部分で交換部品は安いから気にしなくていい」
との返事が返ってきた。
「予想外に大事になっちまった。今日は済まなかった」
「……まったくだ。でも、今日はそんなに気にしなくて良い。俺も一度対人戦の経験は積んでみたかったから」
本当に必要だったのだろうか? 真っ先に殺された俺の”死に様”とコイツの”殺し様”が思い浮かぶ。
「てか、謝る必要があるのはあのジジイだ。ふざけやがって」
コイツの苛立った声は初めて聞いた気がする。いつも何か平坦、つか棒読みな感じだし。
「師匠に何か問題が…… まぁ、あるとは思うんだが。何処が気に障ったんだ?」
「試合が終わった後、お前ら全回復してたよな。試合中は傷無くてもダメージ負ってる感じだったのが試合後はピンピンしてたし」
「ああ、そうだな。 ……ん? ”お前ら”ってその言い方だとまさか、お前」
「そーだよ! 最初のお前との試合から、さっきお前んとこの部長に絞め落とされるまでダメージ持ち越しだよ! 連戦、休憩ロクに無し、水分補給もさせないとか本当に殺す気かと小一時間問い詰めてやりたいわ、つかやるわ!」
「マジかよ」
「マジだよ! まったくふざけんな!」
スポドリウマー、と言いながらまた一本ペットボトルを空にする小野麗尾。
マジかよ、ホントに。ヘルメットと身に着けていた防具を持ってみる。汗を染み付かせたそれらの重量が、両手にズッシリと伝わってくる。
こんなものを着て二時間近く戦い続けたのか、こいつ。
後半はかなりダメージ入っていたはずなのに、それでも最後まで諦めずに。
「なぁ、小野麗尾」
「何だ?」
「もう一回やらね?」
「やだ。ぜってーやだ。もーやらね。ぜってーやらねー」
「そうだよなぁ」
「ああ、そーだ」
しかめっ面でそういう事をいうのか、こいつも。
「なぁ、小野麗尾」
「やらねーぞ」
「おめぇ、つえーなぁ」
「オラ、わくわくすんならアッチで暴れて来い。コッチくんな」
「これから小野麗尾の事、守って呼んでいいか?」
「唐突になんだ。キショイわ」
「つれねーな。まぁ、何だ。そういう事で」
「どういうことだよ、説明はいらねーからやめーや」
「だが断る」
この後は事態を把握した教師が怒鳴り込んでくるまで、適当な話を守とした。
今日はいろんな物を見て、知った。
一般部門と冒険者部門の間の違いの一つ、俺に足りなかった物、そして小野麗尾 守って俺の新しいダチが意外と面白いヤツだってことだ。
今日はいい日だった。明日からも面白い事になりそうだ。
ここ最近感じていた悩みはどこかに吹き飛び、清々しい気持ちで俺は体育教師と生活指導の教師の説教を聞き流した。
「スッキリした顔をしやがって! ちゃんと聞いてるのか拳道!!!」
ほぼ全ての運動部員が巻き込まれた説教は、体育館の中で夜中まで続いた。