「……トワイライト」
「久しぶりです。お姉様。やっと会えましたね」
にこりと笑う、トワイライト。そして足にはファウダーが引っ付いているとか言う最悪の状況。逃げようにも逃げられなかった。
いいや、はじめから逃げ場なんて無いけれど、後ろにリュシオルがいるから、彼女だけは守らなくちゃと思った。けれど、守れるのだろうか。この状況で。
もう、ファウダーだって混沌だってみばれしてるのに同士手間だ、子供のような態度をとるのだろうか。それで、私達の気を逸らそうとしているとでも言うのだろうか。分からない。訳が分からない。でも、ここで気を抜いたりすれば、一発で殺される可能性だってある。
(そういえば、混沌って人を殺すって感じではないんだよね……その精神崩壊的な?)
そっちの方が最悪だと思いつつ、私は動けずにいた。
「トワイライト、離して」
「どうしてですか。お姉様。やっと会えたのに、待ちに待った再会だというのに……どうして、私に冷たくするんですか?」
「冷たくしているわけじゃない。でも、こんなの間違ってるじゃん」
「何がですか?」
と、首を傾げるトワイライト。それは、純粋な子供のようで、何が間違っているか、ダメなのか分かっていない顔だった。どう説明すれば良いのか。
混沌の影響で、正常な判断なんて出来なくなっているだろうし、そもそも、今のトワイライトに何を言っても無駄なではないかと。
「トワイライト様、エトワール様の言うとおりです。こんなことして何になるんですか」
と、そこまで黙っていたリュシオルが口を開いた。
その瞬間、トワイライトの顔がグニャリと歪んで不快だと言わんばかりにリュシオルを睨み付ける。リュシオルは初めこそ動揺したものの、負けてたまるかと言わんばかりに、トワイライトに食ってかかった。
「こんなことしても、エトワール様は、幸せになりません。寧ろ、悲しむ一方です。エトワール様は平和主義です。束縛されることも、嫌う……そんな自由な人」
リュシオルはそう熱弁した。
それは、エトワールとしてではなくて、きっと私の前世巡も含めていってくれているんだと思う。親友だから私のことをよく理解している。
平和主義かどうかはおいていおいたとしても、私は束縛されるのは好きじゃない。それは、リースで体感した。私は、束縛するのもされるのも嫌だ。自由でいたい。誰だってそう思うんじゃないか。束縛をよしとしないのであれば。
しかし、トワイライトには伝わっていないようだった。首を傾げて「何でですか?」と口を開く。
「お姉様と私の幸せは、私が決めるんです。私の方がお姉様のことをよく知っています。お姉様を理解しています。お姉様の願いは私の方が叶えられるんです。貴方じゃない」
「……そんなことない」
「そんなことありますよ。だって、貴方は血が繋がっているわけじゃないじゃないですか」
そうトワイライトは言うと、その濁った瞳を細めた。
その言い方に何か引っかかりつつも、リュシオルは私を庇うようにしてそのまま喋りかける。だが、トワイライトは耳障りだと魔法でリュシオルの口を黒いもやのようなもので覆った。
「んんッ!」
「リュシオル! トワイライト、やめて。お願いだから、リュシオルに酷くしないで」
「余計なことを言われると嫌なので」
「余計な事って?」
「お姉様を誑かされたら困るって言うことです」
「誑かすってそんな……」
何を言っても無駄だと、悟った。
この子には何を言ってもきっと聞き入れて貰えない。自分の価値感を押しつけるばかりで、私を勝手に理想化して。そして、理想に反しているからって私やリュシオルを引き裂こうとして。
矢っ張り間違ってる。
今すぐに彼女を押しのけて、リュシオルを助けて、魔法を撃ってしまいたい衝動に駆られたが、彼女を傷付けたいわけではない。正気に戻って欲しい。ただそれだけなんだ。それだけなのに、どうして簡単にいかないのだろうか。
何が足りない?
聖女同士の戦い。勝つためには何が必要なのだろうか。
リュシオルにもうちょっと、エトワールストーリーの全貌を聞いておけばよかった。作者に会ったというのなら、その話をもっと聞いておくべきだった。ヒントになったはずだ。でも、今、リュシオルは口を塞がれて話せない状態。そして、トワイライトは話が通じなくて。
詰んでいる。
どうすれば、この状況を切り抜けられる?
「お姉様、二人きりの世界を作りましょう。そしたら、もう悲しいことも辛いことも、痛いことも無いですよ。こんなに苦労しなくて済むんですから」
「苦労させてるのは、アンタの方よ。アンタが私に苦労させているの」
「そう思ってるから、そうなんですって。私はただ、お姉様が幸せになれるような世界を作ろうとしているだけ。それの何がいけないんですか?」
「人を巻き込んでるじゃない。関係無い人を巻き込んで、自分たちだけ幸せになったって、そんなの幸せじゃない。周りは、皆私達の幸せを恨んでねたんで、そんなの嫌だ」
周りに嫉妬されながら、恨まれ、呪われながら生きていくのは絶えられないだろう。それでも、トワイライトは良いのかと私は聞く。
私は別に幸せになりたいわけじゃなかった。私の望は、ただ横に誰かがいて私の話を聞いてくれて、私を受け入れてくれる人がいれば……そんなことだった。
ちっぽけだって言われればそうかも知れないけれど、それが幸せなのだ。
だから、トワイライトの幸せは、私の幸せじゃない。
この子は大切だけど、このこの幸せに私が必要だったとしても、それじゃあ、皆が幸せになれない。
「やめて」
「お姉様?」
「私は、アンタを否定する。独りよがりな幸せなんて、幸せじゃない。私は、そんな幸せ望んでないの」
「お姉様、何でお姉様は――――!」
グラグラと揺れる部屋。
トワイライトの感情が反映されたように、部屋にあった物が一気に宙へと舞い上がる。怒りにまかせて魔法を振るおうとしているのだ。
私はトワイライトからはなれてリュシオルを抱きしめた。彼女に危害が及んだらと考えると怖い。
「リュシオル、大丈夫だから。私が守るから」
そういえば、リュシオルはコクリと頷いた。
しかし、それをよく思わなかったトワイライトが奇声を発しながら私に向かって魔法を撃つ。私は避けながら、光の盾を遣い避けきれない物をそれで弾く。
それでも逃げるばかりで、どんどんとトワイライトから距離が出来ていく。彼女の心に言葉をぶつけなければきっと分かって貰えない。混沌に囚われた心に火をつけるには……
(この城自体が……トワイライトの心の中になってるのかも知れない。まあ、何を考えてるか分からないし、ゲームだけどゲームじゃないし、NPCではないし……)
この期に及んで、まだゲームだとか言っている。ゲームだったら言葉は届かないだろう。でも、これがリアルだからこそ、人の心は動かせる物だと思っている。
「諦めなよ。聖女様」
「ファウダー……!」
私の足に、また絡みついてきたファウダーは淡々とそう告げた。諦める? 諦められるわけがない。怒りにまかせて魔法を振るっているけれど、それでも彼女は辛いんだと思う。自分を理解されなくて。でも、今の彼女を理解することも、彼女の幸せを理解することも出来なかった。だからこそ、もっとちゃんと話し合えれば。
「諦めたら楽になるよ。諦めようよ。聖女様、エトワール。エトワール」
「黙って、アンタの言葉にはもう耳を貸さないんだから!」
「お姉様!」
ファウダーに気をとられ、トワイライトの攻撃を無視していた。すると、目の前に大きな闇の弾が現われる。
(何これ?)
どう交わせば良いのか、そもそも交わせられるものなのか。
この闇の弾をどうすれば良い? 防ぐ事なんて出来やしないだろう。出来たとしても、光魔法と闇魔法の反動で爆発が起きる可能性だってある。そしたら、リュシオルが危ない。
「……ッ」
「お姉様、お姉様。これが、私の愛です。どうか、どうか受け取って下さい!」
「重すぎるんだって、いってんの!まあ、きっと私も重い女なんだろうけど!」
私は咄嗟に光の剣を作って、それを握りしめた。打ち返すことは出来ないかも知れない。切ることだってグランツじゃ無いからできない。でも、ここはやるしかないと思った。
剣術なんて底辺中の底辺だけど。
私は、踏ん張りを利かせて、その闇のたまに剣を向けた。飛んできた闇の弾は、かなりの質量があり、両手で剣を握っていても押し返すこと何て出来なかった。それどころか、さらに、質量が増している気がする。
(化け物かって!)
光の剣もボロボロになり始め、このままでは砕けてしまうと思った。
これが、トワイライトの愛。重すぎて、黒すぎる。こんなの私が受け止められるはずがない。
床は、踏ん張っているせいで、めくれはじめ、このままじゃ……と意識が途切れそうになると、目の前で白い光が散った。
「――――俺の方が、重いな。エトワールに対する思いは」
「……リース!?」
目を開けば、そこには見慣れた赤いマントが。そして、輝く黄金があった。その背中を見て、誰だかすぐに分かったのだ。
さすが、ヒーロー私の推し。何て、心の中で叫びながら、現われたリースに私の心は一気に浄化されるような気がした。
「大丈夫か、エトワール」
「う、うん……でも何でここに?」
「そりゃ、お前を助けにきたに決まっているだろう。それ以外何がある」
「た、確かに」
リースってそういう奴だったと、彼の手に撫でられる。
ときめいてしまったじゃないか。と口には出さなかったけど、思いながら、私はトワイライトを見た。彼女は聖女らしからぬ舌打ちを噛まして、リースを睨み付けていた。
「今の攻撃を跳ね返したぐらいで、調子に乗らないで下さい。愛されない皇太子」
「愛されていない……か。そうかもな。でも、『今』のお前は一緒だろう。トワイライト……いいや、天馬廻」
「……ッ!」
そう、リースが「天馬廻」と口にした瞬間、私の身体がぐらりと揺らいだ。酷い頭痛と共に吐き気が訪れる。
聞いたことある名前、聞き覚えのある名前。懐かしい名前。
(天馬……廻……天馬…………廻――――天馬廻)
「……あ、ぁ……トワイライト、もしかして」
「……お姉様」
「アンタは、私の双子の妹?」
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