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「最初は、私の父と久我さんのお父さまとの間で、私と貴仁さんとの結婚が口約束で決められていたことが、そもそもの始まりでして」
「えっ、そんなことが?」
驚く菜子さんに、「ええ、私も初めはびっくりしてしまって」と、話した。
「そうよね、結婚が決まってるようなことを急に言われたら、やっぱりねェー」
菜子さんが頷いて、グラスビールを一口飲むと、
「だけどそんな大事なことを、草凪さんは直近まで黙っていたの?」
不思議そうな顔で問いかけてきた。
「それが……、お父さんは貴仁さんの方から連絡をもらうまで、そのことをすっかり忘れてたみたいで」
「あら……」と、口に手を当てた菜子さんが、「でもそういうところも、草凪さんらしくもあるけど」と、続けて、ふふっと笑った。
「確かに、調子がいい父らしくは、ありますよね」
彼女に答えて、自分も釣られるように笑ってしまった。
「そういうわけで、彼と一度顔合わせをすることになったんですけど……」
そこまで喋って、初めて出会った時のことが浮かぶと、どう話そうかと思いあぐねた。
「素敵だったでしょう? 貴仁君は」
「それが……、」と、言いよどむ。
「……貴仁さんが、ちょっとした勘違いをしてたみたいで、第一印象はあんまり良くはなかったんです」
「そう、だったの?」
と、尋ねてきた菜子さんが、
「もしかしてそれで、元気がなさそうな時があったのかしら」
ふと察したように口にした。
「実は、その通りでして。あの時には、ご心配をおかけしました」
テーブルに両手を添え、小さく頭を下げて返す。
「いいのよ。だけど彼の印象があまり良くはなくて元気をなくしちゃってたということは、きっと最初から気になっていたのよね」
いきなりに核心をつかれて、ボッと顔が赤くなる。
「そ、それは……」
しどろもどろでサワーのグラスを手探りする私に、
「恐らく貴仁君の方も、さやちゃんによく思われたいあまりに、方向性を捉えかねていたことも、あったのかもしれないから」
やっぱり年の功なのか、菜子さんは貴仁さんの心情をさながら見越したようにも話して、にっこりと笑った。
「……はい、実際それで、貴仁さんとはグッと距離が縮まったところもあったので」
今さらながらに、彼の話してくれた真相が思い出されると、その微笑ましさに愛しさが募った。
「……うん、よかったわね、さやちゃん」
優しげに応えられると、やっぱり目の前に本当にお母さんがいて、祝福してくれているようにも思えて、アルコールで緩んでいた涙腺からつい涙が零れた。
「どうしたの? 泣いたりして」
「あっ……、ちょっと母のことを思い出して……」
温かな眼差しで見つめられて、滲んだ涙を拭って答えると、
「そうね……、あなたのお母さんの友梨恵さんにも、晴れの結婚式にはいてほしかったわよね……」
菜子さんが、しみじみと口にした。
「だけど、大丈夫だから。お母さんはきっと見に来てくれるだろうし、何よりも私が、友梨恵さんの分まで目いっぱいお祝いをしてあげるから」
彼女の言葉に、思わず涙が溢れると、
「ほら、泣かないで。涙は、式の時までとっときなさい」
そう穏やかになだめられて、「はい……」と頷いて返すと、菜子さんとこういうひとときを持てたことに、顔が自然とほころんだ……。