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(ま、どっちでも関係ないけど)
『仕事』に見合う報酬をくれるのならば、その実が何であろうと構わない。
ソファーに腰掛けたままの仁志と向かい合う形で結月はダイニングテーブルにもたれかかり、逸見の置いてくれた湯のみを両手で包んだ。
この緑茶は、あのペットボトル何本分の値段なのだろう。
「……ねぇ」
問いかけに、仁志が視線を向ける。
「あんたさ、おれにどんだけヤバイ仕事させるつもり?」
一ヶ月という契約の仕方も、こうして自身のテリトリーで『監視』するのも、尋常じゃない。
「……いちいち報告させるのが面倒なだけだ」
「……ふーん」
『客』がそれを『答え』だとするのなら、これ以上は踏み込めない。
どうせ仕事内容を聞けば、伴うリスクはいくらでもはじき出せる。一旦それで納得しておこうと緑茶を口に含むと、甘くも清涼な香りが鼻をぬけた。
次に沈黙を破ったのは、仁志だった。
「……お前、いつも『ああ』しているのか」
「なに?」
「……寝たんだろう」
「ああ……」
やはり仁志は、昨夜の出来事を覚えているらしい。
逸見はどこまで知っているのだろうかと部屋を見渡すと、いつの間に去ったのか、その姿はどこにも見当たらない。
なら、ムダな配慮は不要か。
「アレが一番手っ取り早い方法なの。ま、今回はなかなかいい男でよかったよ」
「相手は選ばないのか」
「仕事だからね。おっさんとかおばサマの時もあるし、ラッキーな時は素敵なおねーさん」
だからどんな相手でも結果は保証すると繋げようとして、結月は別の可能性に思い当たった。
「……なに? あんたも試したいの? まぁそれなりの金額貰ってるから、別に構わないけど」
「そうじゃない」
間髪入れずに返された低い声に、そりゃそうかと結月はおどけてみせる。
顔良し、金持ち、それなりに若い。優良が飛んで有料になりそうな物件だ。引く手数多過ぎて、どりらかといえば身体が足りないだろう。
仁志は不機嫌そうに眉根を寄せ、黙りこくってしまった。
下世話な質問をしたと謝罪した方がいいのだろうか。結月が逡巡していると、静かに立ち上がった仁志が結月へと歩を進めてきた。
(え、もしかして殴られる?)
そんなに癇に障ったのか。
引きつる頬を自覚しながらも、蛇に睨まれた蛙よろしく身体が動かない。
背にじんわりと汗が浮かんでくるのを感じながら視線だけは逸らさずにいると、目の前で立ち止まった仁志が、真剣な眼差しで見下ろしてきた。
形の良い唇が動く。
「あれは、条件代だ」
「……条件?」
「……身体を使った方法はするな」
「っ、はぁ!?」
「それが約束出来ないのなら、この依頼は無しにする」
何を言っているのだ、この男は。
(え、おれさっき『一番手っ取り早い』って言ったよね? なんでわざわざそんな面倒な条件……)
結月は不満を隠すこと無く「ええー……」と眉尻を下げるも、仁志も譲る気はないらしく、彫刻のように表情を変えない。
ただ、向けられる眼光があまりにも強すぎて、穴が空いてしまいそうだ。
(ああ、でも)
陽光を反射して輝きに深みを増した瞳が、琥珀のように煌めく。
結月は思うままに口にした。
「綺麗な目、してるね」
「……横並びな口説き文句だな」
「使えるもんだよ、案外。まっ、直前の雰囲気作りは大事だけどね」
うって変わって呆れたような眼差しにニコリと笑みを向けると、気が削がれたのか、仁志は半歩を退いて腕を組んだ。
「で、返事は」
金額も待遇も十二分過ぎる。
『条件』は厄介だが、ある意味腕の見せ所だ。
「ま、やるだけやってみるよ。こんなに贅沢なマンションに住める機会なんて、もう二度とないだろーし」
それらしい軽口で了承を返すと、琥珀色の瞳は安堵したかのようにうっすらと緩んだ。