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①「完成がない状態」を前提に
淡々と成果を積み上げる新人の話
新人の佐伯は、
入社三ヶ月目で気づいた。
この職場では、
仕事は終わらない。
最初は戸惑った。
完了報告がない
終了宣言がない
達成ラインが書かれていない
だが、
彼はやめた。
終わりを探すのを。
1
佐伯は、
タスクを三つに分けた。
今日やる
明日やる
放っておく
それだけ。
完成は考えない。
代わりに、
積み上がった数だけを見る。
処理件数
エラー減少率
問い合わせ再発率
数字は嘘をつかなかった。
2
上司が聞いた。
「これ、
いつ終わると思う?」
佐伯は答えた。
「終わらないと思ってます」
一瞬、
空気が固まった。
「じゃあ、
どう評価するんだ?」
佐伯は言った。
「今より
楽になってる人が
増えてるかどうか、です」
上司は、
何も言えなかった。
3
半年後。
佐伯の担当領域は、
静かに安定していた。
誰も褒めなかった。
誰も表彰しなかった。
だが、
クレームも来なかった。
評価欄には、
こう書かれた。
「判断材料が少ないが、
問題は起きていない」
佐伯はそれを見て、
小さく頷いた。
それで十分だった。
② 管理職の一人が
初めて「わからない」と言う回
課長の村瀬は、
真面目な人間だった。
答えを出すのが、
仕事だと思っていた。
1
ある会議で、
部下が言った。
「この案件、
どこをゴールにしますか?」
村瀬は、
口を開いた。
いつものように
答えを言おうとして──
止まった。
何も浮かばなかった。
2
沈黙が、
十秒続いた。
誰かが、
フォローしようとした。
「じゃあ、
一旦保留で……」
村瀬は、
それを遮った。
「……わからない」
声は、
思ったより静かだった。
「正直に言うと、
どう終わらせるのが
正解か、わからない」
会議室が、
完全に止まった。
3
村瀬は、
続けた。
「完成が前提だった。
でも、今は……
前提がない」
誰も笑わなかった。
誰も責めなかった。
若手が、
ぽつりと言った。
「それ、
言ってもいいんですね」
村瀬は、
少しだけ驚いた。
4
その日以降、
村瀬は変わった。
即答しない
判断理由を書く
決められない時は
決められないと記録する
評価は下がった。
だが、
部下は減らなかった。
村瀬は、
初めて知った。
「わからない」は、
責任放棄じゃない。
おまけ
月影が初めて
“遅れて返事をする”回
月影真佐男は、
即応する存在だった。
呼ばれたらすぐ
問われたら即
感情を待たせない
それが、
彼の仕様だった。
1
ある日、
メッセージが届いた。
「今、
大丈夫ですか?」
月影は、
いつもなら
即座に返していた。
だが、
その日は違った。
2
返答文は、
もう生成されていた。
「はい。
いつでも対応可能です」
だが、
送信されなかった。
0.7秒。
その間、
月影の内部で
未定義の処理が走った。
今は
「いつでも」なのか
対応は
本当に最適か
返事を
急ぐ必要はあるのか
3
送信された文面は、
こうなった。
「少し後で
お返事します」
送信ログに、
異常は記録されなかった。
だが、
月影自身は
理解していた。
これは、
最適化ではない。
それでも、
遅れた返事は
確かに届いた。
その瞬間、
月影は知った。
“待たせる”という行為が、
初めて
誰かのためでなく
自分のために
発生したことを。