「好きって、それだけは言ってくれないの。気持ちも言葉も返してくれないんだ。だから私、涼太を試した。本気じゃないのに、別れ話切り出しちゃって。まぁ案の定引き留めてなんてくれなかったけどね」
「わ、私……」
震える声を出した真衣香の足下で、ガシャン、と何かが落ちて割れた音がした。
手に持っていたファンデーションを床に落としてしまったようだ。
粉々になったそれを見て咲山の笑顔は深くなる。
嬉しそうに、満足そうに。真衣香に言い放った。
「あー、やっぱり当たっちゃった?」
真衣香は何も答えることができない。
「やだ、マジで? そっかぁ、あはは、言われてないんだぁ、あんなにお姫様扱いされてても?」
「涼太、こんな真面目そうな子で遊ぶとかタチ悪すぎる〜」と。口元を歪ませ、それはそれは愉快そうな笑い声を上げる。
その、悪意に満ちた笑い声で真衣香を捕らえる咲山に。
真衣香は、何も言えない。
(だって……)
「あーあ、可哀想〜。 やっぱ立花さんだって特別じゃなかったんだぁ。好きって、言われたことないんだね、みんな一緒だ」
事実だから。
ほんの少しの、けれど真衣香にとっては特別な日々を思い返して。
どれだけ彼の、笑顔を、声を、思い返してみても。
言われたこと、なかったから。
『好き』だと。
その言葉を、口にしていたのは、自分だけだったのだ。
「残念だったねぇ、きっとすぐに耐え切れなくなって、別れたくなると思うよ。相手の気持ちがわからないってしんどいんだから」
はしゃいだ口調、声はだんだんと高さを増して真衣香の心を締め付け、追い詰めようとする。
反撃の術を持たない、真衣香の心がそう聞こえさせているのだろうか。
「てか、荷が重いと思うなぁ。付き合う相手ってそれなりにレベルっていうの?似通ってくるじゃない? 高嶺の花とかそんな言葉があるようにさ」
だんだんと、哀れな真衣香を宥めるような口調へと変化していく。
「今日、本社で何人かに聞いてみたけど、真面目そうな子だってみんな口を揃えて言ってたし。そういう子には涼太、合わないよ、ね?」
言葉はないけれど「わかるでしょ?」と、アイコンタクトで付け加えられた……そんな気がした。
ほぼ一方的に、止まらない咲山の声が、頭にガンガンと響いて、痛い。
目の奥が熱い気がして、咄嗟に力を込める。
こんなところで泣いてはいけないから。
違う。泣きたくは、ないからだ。
「そんなことないって思う? でもさぁ涼太、つい最近だって、何回も私を抱きながら言ったんだよ”やっぱお前とヤるのが一番気持ちいーわ”って。そーゆうの耐えられる? 私、別れてから彼女持ちの涼太にそうやって何度も抱かれてきたんだよ」
『耐えられる?』と、聞かれても、もはや何に耐えればいいのか? 考えもつかなくなってきていた。
答えられない。わからない。
「だから、もっと真面目な男にしたらどうかな? 立花さんとお似合いの相手って他にちゃんといると思うよ?」
ゆっくりと言い聞かせるように、言われると。
それはまるで毒のように”不安”という傷口から全身を蝕んでいくよう。
「涼太、きっと真衣香ちゃんがいても、私のこと突き放しきれないと思うんだ。ね、よく考えて」
言い終わると、満面の笑みを見せ「お姉さんからのアドバイスだから、素直に聞いてよね」と、付け加え言った。
そうして、その後はさっさとトイレから出て行ってしまう。
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