(……私に、このこと、言いに来ただけなんだ)
そっかぁ。と、脱力すると涙が少しだけ出てきてしまったのか視界が歪む。
どうして、涙なんか出るんだろう?
そう考えて、悩む暇さえ、なかった。
妙に納得してしまっていたからだ。
(そう、だよね、勘だったのかな……今もまだ深く関わり合ってるって、そんな空気感あったもんね、咲山さんと坪井くん)
ふう、っと。 大きく息を吐いて、しゃがみ込んだ。
涙を流し続けてしまっては、トイレから出られなくなってしまう。
気を紛らわせようと、落としてしまったファンデーションのケースを拾って、手を拭くために置いてあるのであろう、備え付けのペーパーに腕を伸ばして数枚手に取った。
無惨にも粉々になったファンデーションの欠片を拾い集める。
(もう泣くな、大丈夫、泣かない)
笑ってくれた。
愛おしそうに髪を撫でてくれた。
一緒にいたいと、言ってくれた。
キスが優しかった。
繋いだ手が優しかった。
こんな冴えない自分を、何度も認め続けてくれた。
居場所を照らして勇気をくれた。
もしも、咲山の言葉が真実だとしても。
真衣香と、こうなった、ここ数週間はどうだ?
(最近、連絡取り合ってなさそうな雰囲気だった……)
一筋の光を無理矢理たぐり寄せる。
(もしかしたら、私と付き合うようになってから、咲山さんとも他の……女の人とも連絡取ったり会ったりしてないのかもしれない)
こんなふうに思う真衣香を、もしも優里がこの場にいたら物凄い剣幕で怒ってくるんだろう。
『都合良く考えすぎだ』と。
なんとなく予想できてしまう。
それでも、決して正解ではなくても、真衣香はこの恋を信じると決めたんだ。
坪井を信じると決めたんだ。
(決めたんだから)
深く息を吐いて足元のゴミ箱に、使い物にならなくなったファンデーションを捨てた。
一緒に、疑う心も、捨てたつもりになって。
笑顔を作った。
***
「立花、大丈夫? 酔った?」
真衣香がトイレから戻ると、それを見つけた坪井がダーツを中断し、心配そうに駆け寄り顔をのぞき込まれた。
「うん、ちょっと飲み過ぎたかな。明日休みだしいいんだけどね」
笑顔を作って返すと、更に顔が近づく。
暗がりでだって、なんて整った顔だろうか。
そりゃ、何人も女の人の影があったっておかしくない。
「うーん、お前嘘つけないよね。何かあった? 咲山さん?」
聞かれて、何も返さなかったけれど。もしかしたら身体がバカ正直に動いたかもしれない。
それを見逃しませんでしたよって、意味かもしれない。 そう、目の前の坪井の、瞳が細められて鋭さを持った。
すぐに隣のダーツ台にいる咲山を一瞬捉えて……だ。
「だ、大丈夫! ねえ坪井くんそろそろ帰ろうよ」
このまま、坪井と咲山が会話を始めてしまったらどうなるだろう?
空気を悪くしてしまうどころか、聞きたくない事実を突きつけられるかもしれない。
そう、咄嗟に思った。
だからなのか。少しでも早く、この場を離れたくなってしまった。
(なんか、なんだろ。信じるって……)
まるで、目を逸らすことを意味しているようだ。
真衣香の”信じる”とは、何だろうか。
わからなくなって、俯くと、大きな手が真衣香の手を包んだ。
「うん、わかった帰ろ。ってことで咲山さん、俺ら先帰るね」
「え!? いいの?」と思わず聞き返した真衣香を見て坪井は笑う。「当たり前じゃん」と言って。
「え? もう行くのー?」
既に他の友人たちと談笑していた咲山が坪井を振り返る。
真衣香と目が合うと、先ほどやり取りしていた時と比べ、幾分柔らかい笑顔を向けられた。
「うん、立花、ちょっと疲れたみたいだし連れて帰る」
「そっか、うーん。私、久々来たしもうちょっといようかな」
「うん、お先」
「あ、待って待って!下まで見送るよ〜。私が誘ったんだし」