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冬夜が一歳になる頃、両親に「様子がおかしい」と訝しがられ、彼の存在がバレた。
勿論、大目玉を食らったが、あらかじめ考えていた事を説明すると「仕方がない」と言われ、認めてもらえる事になった。
その後、母は頻繁に私の家を訪れ、冬夜の面倒を見てくれた。
ベビーシッターとの契約は切り、冬夜を保育所に預けて働き、仕事が終わるとまっすぐ迎えに行く。
不思議な事に、冬夜を相手に四苦八苦する毎日は大変なのに、優那や三神をつけ回して悶々としていた頃より充実していた。
泣きっぱなしの冬夜を前にすると、こっちこそ泣きたくなるが、命を預かり大切に育てていく行為はとても尊い事だと思えた。
それに冬夜の中に優那の血が半分流れていると思うだけで、大切に思えてならない。
だがたまに育児に疲れ切った時、悪魔のような私が顔を覗かせる。
育児疲れで『この子さえいなければ……』という想いではない。
彼が三神の血を引き、優那を自殺させた原因である事への恨みだ。
恨むべくは優那を捨てた三神だが、私はなぜか彼にほぼ興味を抱かなかった。
一時はあれだけ執着して三神の事を調べまくっていたのに、今はすべての感情が冬夜に向かっている。
優那に二度と会えない分、彼女への想いが心の中に蓄積されて、あらぬ方向へねじ曲がっていく。
『……なぁ、冬夜。お前は目が大きくて可愛い子だし、成長したら優那みたいに美人になるのかな』
私は冬夜と添い寝をし、彼の丸い尻をポンポンと一定のリズムで叩きながら独りごちる。
冬夜はそれに答えず、天使のような寝顔で寝ている。
『……お前の本当の父さんは、何をやってるんだろうな』
以前ほど三神に執着しなくなったとはいえ、まったく興味がなくなった訳ではない。
優那を見殺しにした男への怒りと憎しみは、胸の奥でゴウゴウと燃えている。
少しでも報いを受ければいいと思った私は、三神のブログや三神銀行に関わるニュースを頻繁に確認していた。
優那の遺体が発見された事は小さなニュースになったが、その部屋の所有者が誰であるか、どんな関係にあるかなどは深掘りされなかった。
検死はしたのだろうが、首を吊って自死したのは明らかなので、他殺のセンは浮かび上がらなかったのだろう。
しかし部屋にベビーベッドがあるのに赤ん坊がいない事に関しては、事件性があるとして、優那の両親の希望で捜査されているようだ。
私は男児連れ去りの犯人だが、自分に疑いの目が向けられる可能性は低いと見ていた。
私は高校時代に優那に構われていた身だが、彼女の交流関係すべてから見れば、気分が向いた時に呼びつけていた程度の相手だ。
優那は顔が良く目立つタイプの男と〝仲良し〟だったし、高校卒業後の私は、送り役にも選ばれなかった。
美しく利発な彼女の側には常に男たちがいて、私は群れの端にいる程度。
さらに言えば三神のような勝ち組の男性や、金を持っている中年男性に比べ、私は〝候補〟に挙がらない。
優那の交流関係を洗い出したとしても、目を向けられるのは頻繁に連絡をとっていた相手になるだろう。
だから〝用なし〟になった私は限りなく〝白〟に近い。
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冬夜を連れてマンションを出る直前に彼女の携帯電話を確認したが、私に送ったメールは消去されていた。
優那としても、最期ぐらい迷惑をかけないように……と思ったのだろう。
それに携帯電話を触る時は衣服で包んで操作したから、べったりと指紋がついている事はないだろう。
警察は携帯電話の履歴もチェックしただろうが、私へのメールは削除され、残っているのは彼女と仲の良かった男たちの連絡先、そして優那が三神に復縁を求めるメールばかりだった。
最も〝黒〟に近いのは三神で、ノーチェックの私は〝一夜の過ちでできた子供を育てるシングルファザー〟として生きる。
私の両親も新聞やテレビでニュースを目にしたかもしれないが、まさかその子が冬夜だとは思っていないだろう。
私が育てているのはカナコが置いていった瀧沢冬夜であり、北條樹ではないからだ。
そのように、私は働きながら一生懸命冬夜を育てていった。
しかし夜寝ていると、夢に優那の最期の姿が出るようになり、私を苦しめてくる。
真っ青な顔に髪を張り付かせた優那は、私に手を差し伸べて『どうしてこうなる前に助けてくれなかったの』と恨みがましい目で睨んでくる。
もっと早く優那のSOSに気づいていれば、彼女はあんな最期を迎えなくて済んだだろう。
考えれば考えるほど、自分が罪を犯したように思える。
私は優那に求められていたのに無視し、彼女を見殺しにしたのだ。
ストレス過多になった私は不眠気味になってろくに物を食べられなくなったなか、必死に育児をこなした。
その頃にはすでに、私の頭の中から北條樹という名前は消えていた。
私が育てているのは、優那から託された冬夜だ。
彼女は三神を恨みながら、『瀧沢くんを愛せば良かった』と後悔して最期の日々を送っていたのだろう。
そして私さえ『父親になる』と言ったなら、三人で幸せな家庭を築けると思っていたに違いない。
『冬夜の事は、お母さんの分も立派に育てるからな』
私は〝どこ〟を見たらいいか分からなくなった目で、息子に深い愛情を注ぐ。
その身に纏うのは、優那が最期の日に着ていた、スポーツメーカーのグレーのスウェット上下だ。
事情を知る者が見れば、常軌を逸していると言うかもしれない。
けれど私はこの上なく真面目に、真剣に、優那から託された冬夜を育てていた。
だが、砂上の楼閣のような精神での育児生活が、健全なままである訳がなかった。
冬夜を風呂に入れている時、優那の裸を見ているような気持ちになった。
(優那もこんな姿だったんだろうか)
そう思った私は、自分の子供を見る以上の目を冬夜に向けるようになってしまう。
そのうち、私は『もしかしたらこの子は女の子かもしれない』と思い、冬夜の髪を伸ばして育てる事にした。
それまで冬夜の服は青や緑を選んでいたが、黄色を着せるようになると、どんどん女の子に見えてくる。
様子を見にきた母が『最近明るい色を着せているのね』と言うと、『気持ちが明るくなるから』と答えた。
やがて『ちょっと髪が長すぎるんじゃない?』と口を出されると、早口にこう説明した。
『冬夜は風邪を引きやすいし、体が弱い子かもしれない。だから子供の頃は昔の風習に倣って、七歳まで女の子の姿をさせて育てようかと思って。海外でもしていた事だし、魔除けとしていいのかもしれない』
七歳までは期間が長すぎると苦言を呈されたが、私は信心深いふりを通して自分の意志を通した。
両親は私の子育てに胃を唱えたが、今まで親に頼りっきりの私が〝親〟の自覚を得て試行錯誤を重ねているのを見て、好きにやらせようと思ったのかもしれない。
両親は子育てにあまり口出ししなくなり、『七歳になったらちゃんと男の子の格好をさせ、小学校でみんなに溶け込めるようにする事』と約束した上で、私の方針を尊重してくれた。
コメント
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第36話、読み終えました……。冬夜を育てる中で、優那への想いがどんどん歪んでいく主人公の心理描写が本当に生々しくて、胸が締め付けられました。特に、優那が最期に着ていたスウェットを身にまとって育児をしているシーン、ものすごく怖かったです。愛情と執着の境界線が溶けていく感覚が、読んでいるこちらにもひしひしと伝わってきました。髪を伸ばして女の子のように育てようとする発想にもゾッとします……。