テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第95話:帯広の桜、開花〜限界集落の千年桜と、もふもふ大名行列〜
五月。
本州ではすっかり葉桜となり、初夏の陽気すら感じ始めるこの時期。
ここ北海道の十勝地方には、ようやく待ちに待った『本当の春』が訪れる。
俺——アキヤは、愛用のiPhone miniの画面に映る地元ニュースを眺めながら、縁側で温かいほうじ茶を啜っていた。
『ニュースをお伝えします。本日、帯広市内でエゾヤマザクラが満開を迎えました。平年より少し遅い、春の便りとなります——』
「……ついに、帯広でも桜が開花したか」
「わぁっ! 桜ですか! お兄さん、お花見に行きましょうよ!」
隣でニュースを聞いていた小春ちゃんが、パッと顔を輝かせて身を乗り出してきた。
俺の足元では、キタキツネの兄弟であるコン吉とコン次郎が「おでかけ? おでかけ?」と黄金色の尻尾をブンブンと振っている。
ジンバルにセットされたスマホの画面でも、三百万人のリスナーたちが『北海道の遅い春』の話題で盛り上がり始めていた。
『五月に桜! 北海道ならではだなー!』
『主、帯広の公園まで車で行くのか?』
『シロ様やヒグマを連れて街に出たら、自衛隊が出動する騒ぎになるぞww』
リスナーの懸念はもっともだ。
我が限界集落が誇る最強の門番(体長3メートルの巨大ヒグマ)を街中の公園に連れ出せば、お花見どころか全国ニュースのトップを飾る大パニックになってしまう。
だが、俺は不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「わざわざ混雑する街の公園まで行く必要はない。……小春ちゃん、お花見弁当の準備を頼めるか。俺たちの『持ち山』の奥に、とっておきの場所があるんだ」
実は、俺がMeTubeの収益を全額叩き込んで買い上げたこの山林一帯の権利書と一緒に、村長から一枚の古い地図を渡されていた。
そこには、村の人間すら長年足を踏み入れていない山の最深部に、『千年桜』と呼ばれる巨大な一本桜が存在することが記されていたのだ。
「えっ! このお山の奥に、桜の木があるんですか!?」
「あぁ。俺たちの完全なプライベート空間(絶対聖域)だ。誰にも邪魔されず、最高のロジスティクスでお花見の陣地構築ができるぞ」
数十分後。
俺たちは、お花見のための物資を整え、山の奥へと続く獣道を歩き出していた。
先頭を歩くのは、純白の神獣シロ。
その左右を護衛するように、コン吉とコン次郎が跳ね回る。
そして俺たちの後ろを歩くのは、背中に大量のピクニック用品(ブルーシートや水筒、弁当の入ったクーラーボックスなど)を括り付けられた、巨大なヒグマだった。
『グゥ……♪』
ヒグマは重い荷物を背負わされているというのに、俺たちと一緒にお出かけできるのが嬉しいのか、ご機嫌に喉を鳴らしてのしのしと歩いている。
『出たww ヒグマの駄獣(パックアニマル)運用ww』
『最強の猛獣を荷物持ちにする男ww』
『もふもふ大名行列のお通りだぞ!!』
ゆうき あきや
3,596
259
#心理描写重視
『シロ様が先頭を歩いてるの、完全に山の神様の巡行じゃん……』
「陸上自衛隊需品科において、不整地での物資輸送能力は作戦の要だ。四輪駆動車すら入れないこの山の斜面において、ヒグマの圧倒的なトルクと積載量は、最強の兵站(ロジスティクス)兵器と言える」
俺が理屈っぽい解説をしながら山道を登ること、約三十分。
シロがピタリと足を止め、前足で『ミャウ』と前方を示した。
木々が開け、ポッカリと空いた山の斜面。
そこに広がっていた光景に、俺も、小春ちゃんも、そして画面の向こうの三百万人も、完全に言葉を失った。
「……うわぁ…………!」
小春ちゃんの瞳から、感動の涙がポロポロと溢れ落ちた。
そこにあったのは、圧倒的なまでの『春の生命力』の結晶だった。
樹齢千年とも言われる、規格外に巨大なエゾヤマザクラ。
その幹は大人が数人がかりで手を繋いでも余るほど太く、四方八方に伸びた太い枝には、濃いピンク色の花びらがこれでもかと咲き乱れていた。
山の緑と、青い空、そして視界を覆い尽くすほどの桜色。
風が吹くたびに、サァァッ……と美しい花吹雪が舞い散り、シロの純白の毛並みを優しく彩っていく。
『…………(絶句)』
『なんだこれ……CGかよ……』
『美しすぎる……日本の宝だろこれ……』
『主がこの山を買わなかったら、悪徳業者にこの桜も切り倒されてたかもしれないんだな』
『アキヤ……お前、本当に最高の買い物(防衛)をしたな……(号泣)』
チャット欄は、圧倒的な絶景と感動の涙で完全に埋め尽くされた。
そして、この息を呑むような大自然のアートに、世界中のVIPたちの財布の紐が春の訪れと共に盛大に弾け飛んだ。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Akiya! This is the most beautiful flower I have ever seen! I will buy this whole mountain from you for a billion dollars! …No, you wouldn’t sell it, would you? Master!“(アキヤ! 私が今まで見た中で最も美しい花だ! この山を10億ドルで買い取ろう! ……いや、君は絶対に売らないだろうな、主よ!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”Priceless… This scenery cannot be measured by money. My soul is in full bloom.“(プライスレス……この景色はお金では測れない。私の魂が満開になっているよ)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×10連発)=”I want to have my wedding under this cherry tree! Akiya, reserve it for me!“(私、この桜の木の下で結婚式を挙げたいわ! アキヤ、予約しておいて!)』
極彩色のスーパーチャットが、桜吹雪に混じって画面を華やかに彩っていく。
ヒグマが背中の荷物を下ろし、小春ちゃんがブルーシートを広げた。
俺たちは、千年桜の真下という世界一贅沢な特等席に陣取った。
「お兄さん……! こんなに綺麗な桜、私、生まれて初めて見ました……っ」
小春ちゃんが、桜の花びらを手のひらで受け止めながら、満面の笑みで俺を見上げる。
コン吉とコン次郎も、舞い散る花びらを追いかけてクルクルと回り、シロはヒグマの背中に乗って優雅にお花見を楽しんでいる。
世界中の人間が、この限界集落の山奥に咲く奇跡の桜に、感動の涙を流している。
だが。
俺はタッパーのフタを開け、元・社畜としての『どんな絶景にも屈しない鋼のポーカーフェイス』でカメラに向き直った。
「……世界中の皆さま。千年桜の美しさに心を奪われているところ大変申し訳ありませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『一千万人が感動してるのに、絶対にブレない男!!』
『主の限界言い訳タイム・お花見編ww』
『さあ、この圧倒的な絶景をどうやって論破する気だww』
俺は、キリッとした真顔で、本日の兵站(ロジスティクス)スケジュールを特別に前倒しして用意した『玄米と大豆パティの特製お花見弁当』を手に持ち、淀みない口調で言い放った。
「これは奇跡でも伝説の桜でもありません。植物学的に言えば、日照条件と土壌の栄養素(おそらくヒグマの糞尿などの天然肥料)が極めて限定的なバランスで供給され続けた結果、異常な『細胞分裂の肥大化』を起こした単なるエゾヤマザクラの突然変異体です。花の色が濃いのも、土壌の酸性度(アントシアニン色素の反応)による化学的な結果に過ぎません。ええ、ただの土壌学と植物生理学の物理的帰結ですね」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、持っていた空の水筒で、俺の肩に渾身のツッコミを見舞った。
「細胞分裂の肥大化で、こんなに神々しいオーラを放つ千年桜になるわけないでしょ!! どう見たって、この山に住む動物たちと自然の神様が、何百年もかけて大切に育ててきた奇跡の桜でしょうが!! お花見の風流な気分を、土壌の酸性度とか肥料(糞尿)の話でぶち壊さないでくださいよ!! 素直に『綺麗だな』って笑いなさい!!」
『小春ちゃんのキレキレ水筒スマッシュ炸裂www』
『細胞分裂の肥大化(千年桜)』
『アントシアニン色素の反応(世界一の絶景)』
『適応力バグおじさん、ついに国宝級の桜をただの突然変異体呼ばわりするww』
『言い訳のせいで、感動の涙が一瞬で引っ込んだわww 最高!!』
俺の理不尽極まりない植物学的な言い訳と、小春ちゃんの容赦ない物理ツッコミに、三百万人の視聴者たちは大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(風流じゃないわね)』
シロが、ヒグマの頭の上から呆れたように俺を見下ろし、小さく欠伸をした。
舞い散る桜の花びらの中で、その神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――が、「まったく素直じゃない下僕ね」と言わんばかりに美しく細められている。
「……まぁ、理由はどうあれ。この桜の下で食う飯は最高だな」
俺は苦笑いしながら、舞い散る花びらが乗った玄米を口に運んだ。
ブラック企業で、窓のないオフィスで春が終わっていくのを絶望の中で見ていたあの頃。
今、俺は自分が買い取った山で、最強の『もふもふ大名行列』を引き連れ、世界で一番美しい桜を見上げながら大豆パティを噛み締めている。
春の宴。
俺たちの限界集落での最高にバグったスローライフは、満開の千年桜の下で、世界中を温かい笑いと癒やしで包み込みながら、色鮮やかに続いていくのだった。
コメント
1件
ゆうき あきやさん、第96話読みました〜! もう、冒頭の桜の描写だけで涙腺が……🌸 北海道ならではの「5月の開花」ってだけで、なんだか特別感がありますよね。 そして、ヒグマを荷物持ちにする発想、完全に「もふもふ大名行列」で笑いましたww でも一番好きだったのは、小春ちゃんが水筒でツッコむシーン。 感動と笑顔と理屈が全部詰まった、最高の春の宴でした。 素敵な作品をありがとうございます🤍