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その日、長子の帰還を知ったゴンドールの兵士達が彼を大宴会の理由にしようと大騒ぎしました。ボロミアはやっと旅の仲間に会えましたのに、彼らによってつかの間の再会に転じられてしまったのでした。ただ当の仲間たちは宴会を多いに喜んで、それぞれ歌い転げたり、飲み比べをしたり、そんな彼らを見て笑ったりと存分に楽しみました。
何日か経ちまして、指輪保持者のフロド・バギンズが長い眠りから覚めると、彼が成し遂げた事を讃えて盛大に祝われました。フロドは旅の仲間達と再開したあと、死んだと思っていたボロミアと会い泣き叫ぶようにして喜び、抱きついて彼の衣を濡らしたのでした。
ボロミアは改めて彼に謝るという願いを叶え、指輪という隔たりを超えて、二人の中に前のものより更に強い友情が育ちました。
屋外で壮大な宴会が行われ、元気ある者は酒と踊りを、無い者は彼らの喜びに釣られて笑い、コルマルレンの野には笑顔が溢れていました。そんな様子をまた笑って見ていたシリウルに、見知らぬ侍女が声をかけました。
「レディ、どうかお着替えをして頂きとうございます」
唐突な侍女の言葉にシリウルは驚きながらも何故そうしたいのか聞きました。
侍女はそう命じられたからだと返すと、とにかく居らっしゃって下さいと多少強引にシリウルを連れ去ってしまいました。
侍女の人さらいのような勢いに、シリウルは非常に戸惑いましたが、彼女の中に悪意は欠片も見当たりませんでしたので大人しくしました。
脱がされるのも、着せられるのもされるがままになって、やっと着替え終わると、シリウルは鏡の前に立たされました。
着替えさせられた服は彼女の瞳の色に合わせたのか深い緑色に、丈は決して長過ぎず、動きやすく何枚か薄い布地を合わせて出来ていて、その真ん中には銀糸で大きな刺繍が沢山成されていました。
他にもまだ装飾品類が残っていて、全部合わせたらどれほどになるのか、想像しただけで目が眩むほど高価な物ばかりでした。
シリウルが拒否しようとしますが、侍女の仕事ぶりに少し感動を覚えるまでに素早く付けられ、着替え終わってしまいました。
侍女は満足そうな表情を浮かべると、彼女に一礼しれ去っていき、シリウルは突然の嵐に見舞われたように、状況を理解出来ず突っ立っていました。
とりあえず外の喧騒の内に出ていくと、ボロミアの後ろ姿が見えて彼女は驚きました。
ボロミアは直ぐに気づくと、豪華な服装に着替えた彼女を上から下までじっくり珍味しました。
「うむ、やはりよく似合っている」
そう言われて初めて、シリウルは彼女が受けた全てが、彼がけしかけた事だと気づきました。
「大変だったんです、あなたが頼まれたらしい侍女は強引だし、出てくる物全てが高価そうな物で」
「確かに安くはなかったが、あなたに差し上げる物なら然るべき出費だ」
シリウルは飄々とした彼の態度に憤りを覚えました、ですが彼に抗議しようと口を開こうとすると、彼に口を抑えられてしまいました。
「美しいレディ、約束の事を忘れたのかな。何でも受け取るように、との物だったのだが」
そう彼に言われて、自分が了承した約束を思い出して、シリウルは黙ってしまいました。そんな彼女をボロミアは笑い飛ばし、そのまま彼女の手を取って広場に連れ出しました。
広場では吟遊詩人や楽の心得があるもの達が一斉に色んな楽器を吹き鳴らしていて、それに合わせて真ん中では多種多様の人々が踊っており、とても豪華で賑やかでした。
ボロミアはそんな中にシリウルを引き込もうとして、彼女は必死で留まりました。
「嫌なのか?」
あまりにも気が進まない様子でしたので、気遣わしげに彼が問いました。
「違うのです、私は踊ったことがないので」
そう言い訳じみた事を言うと、ボロミアはまたしても彼女を笑い飛ばし、一気に彼女を真ん中に連れ出しました。
本当に彼女は踊ったことがなくて、最初は彼に引っ張られるようにしてぎこちなく動きました。そんなシリウルを見かねて、彼にそっと手助けをして、彼女の耳元に顔を寄せて、ステップの手順を囁きました。
シリウルは徐々に慣れていくと、そのうち繰り返される同じ手順が、なぜだか楽しく思えて行き彼女は晴れやかに笑い初め、二人はその場で一番輝かしい一対となりました。
アラゴルンはギムリに所望されて新しい酒を取りに来た時に、そんな彼女の姿を見止めて驚き、また微笑ましく思いました。そしてシリウルに対して、自分の愛を見つけたか、と一言零しました。
その晩宛てがわれたテントでシリウルは帰り支度をしていました。
装飾品をしまい終わり、最後に残った物に目を向けると、それはボロミアに貰ったドレスでした。
彼女は一瞬苦悶の表情を浮かべましたが、そっと胸に抱きしめて、覚悟を決めるように布を被せると、しまってしまいました。
別れの言葉が綴られた置き手紙を残し、テントの外に出ると隠れるようにフードを被りました。
明け方になる前に出ようと、彼女は早歩きで彼女の馬、タルウェの元に行きました。タルウェは彼女に気づくと、どうかしたのか聞くようにヒヒンと鳴きました。静かにするように、と施すような仕草をタルウェにして、シリウルは馬具の確認をし始めました。
その中でいつの間にかタルウェの目線がずっと彼女の後ろに向いていたのに気づくと、嫌な予感がして直ぐに後ろを振り向きました。
そこには、彼女が一番会いたくなかった人物、ボロミアが立っていました。
「なぜ……」
シリウルが思わずそう零すと、ボロミアは彼女の近くに寄ってから答えました。
「あなたが居なくなってしまいそうな気がした」
彼の優れた直感はこんなところでも使われてしまうらしい、そんな事を思いながらもシリウルはこの状況をどう打破しようか考えながら言いました。
「……私の役目は終わりましたから、あなたはお国をお守り下さい」
冷たく響いたその言葉に、ボロミアは一度目を閉じて開くと、静かに彼女に詰め寄り、息がかかりそうな程に近づきました。
何をするつもりか身構えて、彼の双眸を見つめる彼女にボロミアは軽快な笑いを挟みました。シリウルは彼が笑うとは思わず、呆気に取られた顔をしました。未だ微かに微笑みを浮かべながらボロミアはこう申しました。
「離れ難いのだ、シリウル。こうしてあっさり手放すのが酷く惜しい、それでも貴方は行くのか」
「……館に血を持って繕われた役目が残っています。私は咎人、どうあっても償いを手放す事はできない」
「では俺が貴方と共にその咎を背負う」
彼が言い放った一言のあまりの重さに、シリウルは一瞬何を言われたのかわかりませんでした。
そして理解すると、彼女の気持ちも知らずに易々とそう言えるボロミアに怒りを覚えました。
「咎を?それがどういう意味なのか分かっておいでなのですか」
「ああ、重々に。それに貴方にそこまでする理由は言った筈だ、お忘れになったのか」
「覚えています。ですがもう報いる必要はありません!そしてそれでもそうしたいのならば、私を引き止めないでくださいませ!」
「それは出来ない相談だな、なぜならあなたを引き止める理由も、言ってこそいないがまた私の内にあるからだ」
「……それは?」
「貴方を愛しているからだ」
彼がついに言ってしまって、シリウルは苦しそうに顔を歪めました。同じ気持ちが彼女の内にありましたが、彼の人生を奪いたくないと思って秘めていたのです。
ボロミアは続けました。
「シリウル、貴方とこれからの一生を共に過ごしたい。命の恩人に命を捧げる事は許されないのか?」
「そういう訳ではないのですが、貴方はデネソール侯の長子でしょう。執政をやらないにしてもゴンドールを離れ、行方知らずになるのは許されるとは思えない」
彼女が精一杯考えて零したその言葉を受けて、ボロミアは響き渡りそうなほど豪快に笑いました。シリウルは挟まれた彼の笑い声に更に戸惑いながらも、彼に問いかけました。
「何故笑うのです」
「くっ、ふっははは……違う、違うんだ。いやさて、なんと言おうか、これは貴方にとって残念なのか喜ばしいのか分からないが、もう許可は取ってあるんだ」
「許可って、誰に」
彼の余裕そうな姿に、恐れを感じながらシリウルは聞きました。ボロミアは下に伏せていた顔を上げると、優しげな声で言いました。
「もちろん怪我の身でありながら既に執政を担っている弟に、そしてゴンドールの正当なる王アラゴルン、また民達にも直ぐに知れ渡る」
シリウルは一瞬、金槌に頭を殴られたような衝撃を受けました。そして直ぐに焦りだしました。
「な、なんてことをッ!」
「はははっ、そう言うと思った!!いやはや、笑い過ぎて傷に染みるほどに愉快だ!」
「何が愉快なので!貴方は心配する私を嘲笑ってどこが楽しいのと言われるのですか?」
ぽかぽかと彼の胸を殴りながら真剣に彼女が罵倒しますが、なおもボロミアの表情は満面に笑んだままでした。
そのうち彼女の腕と肩をボロミアが強めに掴んで、先程殴られていた自らの胸に沈めました。シリウルは戸惑いながらもボロミアの顔を見上げ、真剣で熱烈な恋の炎に濡れたボロミアの瞳を見とめ、彼の愛が何者にも覆せない事を知りました。
彼女が諦めるようにゆったりとした動作で目を閉じると、抱き締める力が強まり、暖かい何かが彼女の唇をそっと食みました。