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扉が閉まり、足音が遠ざかると私はホッと息を吐いた。
「はぁ……」
何だかどっと疲れた。
私は、ベッドで横になりながらもう一度大きなため息をつく。
きっと今の事情徴収だって、リースの機嫌を損ねないように早めに終わらせたに違いない。彼らはもっと聞きたいことがあっただろうし、位が低いとは言え貴族の一人が殺されたのだから。それも、聖女のパーティーで。
全く関係無いところで、殺人が起きており私も正直頭が追いついていない。昨日のことなのに、早何日も過ぎているような感覚。
そして、目の前で人が死んでいたという事実。
既にキャパオーバーなのである。
「それで、アンタはなんでまだいるの?」
私は、隣に座っているリースを見た。
リースは腕を組み、相変わらず不機嫌そうな顔をしている。そんな不機嫌そうな顔を向けられても、困るし、何か悪いことしたかと彼に聞いたが、彼は黙ったままだった。
事情聴取も早くすんだし、私は目覚めたわけだしもういいだろうと……
「また、戻らないとルーメンさんに怒られるんじゃない? それに、アンタは忙しい時期だって……」
「そんなに俺に出て行って欲しいのか?」
リースはそう言うと、私を睨み付けた。その表情はやはり、どこか苦しそうに見えた。
私は、その表情に少し戸惑いつつも首を横に振った。出て行って欲しいと本気で思っているわけではない。ただ、今の彼は皇太子で、いずれこの帝国の皇帝になる人物。
そんな人が、感情に振り回され公務をおろそかにしていると知られればきっとこの国の人は彼についてきてくれなくなるだろう。元から、そこまで評判がいいわけではないし……
それでも私は、ゲームの中のリースに恋い焦がれてきた。
ヒロインストーリーで、彼がどんな立場にいるのかどんな風に周りに思われてきたのかも知っていた。
冷酷無慈悲は血も涙もないような男。
けれど、彼は彼なりに苦悩を抱え一人孤独に戦ってきたのだ。そんな彼が好きだった。
ストーリーの中でどんな酷い言葉を浴びせられても、時々リセットしなければならなくなり殺されたことだってゲーム内ではあった。
中身が元彼であれ、リースである以上彼はリースと同じ立場に立たされているはずだ。
「今アンタは辛い状況に立たされているかも知れないけど、希望はあるし、きっと助けてくれる人が現われるはずだから。私になんて構ってないで、やるべき事をやって」
私の口からは何故かそんな言葉が出てきた。
それは、元彼遥輝に対しての言葉なのか、リースに対しての言葉なのか。私自身、自分の言っていることが分からず混乱してた。
ただ、私に構う暇があるなら自分のやるべき事をやって欲しいと思った。それが、きっと正しいことだから。
(あれ、何言ってんだろ……ほんと……)
自分で自分が言っていることが理解できない。しかし、何故だか口は勝手に動き言葉を紡いでいく。
そんな私を見て、リースは驚いたように目を見開いた。しかし、すぐに元の表情に戻り私をじっと見つめてきた。
その瞳は、大きく揺れ失意や悲しみの色がうかがえた。
「お前は……」
そう、リースは言いかけ口を閉じ立ち上がった。
ここに来てから数日だけど分かったことがある。
いくら、彼の中身が元彼であれ彼は攻略キャラである。そして、いずれはヒロインに攻略される存在。
悪役がヒロインになったストーリーが存在し、攻略キャラを攻略できるようになったとしても所詮は悪役なのである。今は違うとしてもいずれ……
だから、リースが幾ら私に構ったところで、きっとヒロインが現われればその気持ちは彼女に向いてしまうだろう。
なら、引き止めるべきなのかも知れないが、私は出来ない。何故か突き放す言葉ばかり並べ彼を困らせてしまっている。まるで、ヒロインと結ばれなさいと誘導しているように。
私は、一体どうしたいのだろうか。
「俺の事が嫌いならそう言えばいいのに」
リースは、そう呟くとそのまま部屋を出て行ってしまった。
バタンッと大きな音を立てて閉まった扉の音を聞きながら私は深いため息をついた。
そうして、私はベッドに倒れ込み目を閉じた。
結局私は引き止められなかった。引き止めようと思ったが、声も指も何もかもが動かなかった。
呆れられたかな、嫌われたかな……そう思ったが、悪いのは自分だ。きっと、現世にいたときよりもうんとそれは悪くなっている。
嫌われた……と思ったのはリースの方だろう。
遥輝もリースもそうだが、彼らは自分が傷ついたと口にしないし態度にも出さない。だから、傷ついているのかすらどうか分からない。だが、完全に私の失言で気を悪くさせてしまったことは確かなのである。
思えば、遥輝もリースも似たような物だった。
「……ダメだ。これじゃ、リース攻略出来ないや」
私は、枕に顔を埋めた。
可能性として残していたルートをつぶしにかかっている自分が、情けなく計画性も何もない。よりを戻すのは嫌だと考えていたが、ここにきて彼が私の事どれだけ好きで心配してくれているのか知った。あの血だまりの中見つけ保護してくれ、そして私が目覚めるまで側にいてくれたのは紛れもなく彼だった。
なのに、私は―――――――……
「馬鹿……私の馬鹿……だから、嫌われるんだ」
こんなんじゃ、リースに好かれるはずがない。推しに悲しい思いをさせ、元彼に悲しい思いをさせ最低だ。
そう、私が打ちひしがれていると失礼します。という声と共に扉が開き、リュシオルが部屋の中に入ってきた。彼女は、私の姿を見るなり安心したような怒ったような複雑な表情をしていた。
「リュシオル……私、やらかしたかも知れない」
私は、勢いよくリュシオルに抱きつきそう言った。
すると、リュシオルは優しく頭を撫でてくれて、全て察したかのように優しい声で大丈夫。と言ってくれた。
その言葉に私はほっと胸をなでおろしたが、やはり罪悪感は消えず申し訳なさでいっぱいになり泣き出してしまった。
「やっぱりね……廊下で殿下とすれ違ったとき何かあったんだなって思ったけど……」
「私が悪いの、私が……!」
「はいはい。大丈夫、大丈夫……」
リュシオルは子供をあやすようにポンポンと背中を叩き、落ち着かせようとしてくれた。
暫くして落ち着いた頃合いを見計らい、彼女が私から離れ口を開いた。
しかし、彼女の口から出てきたのは意外な言葉で、私は思わず聞き返していた。
「え? もう一度言ってくれる?」
「だから、聖女用の屋敷が建てられたからそこに移動になったの」
「……私用の?」
聖女は、神殿にお世話になることは知っていたがまさか聖女には専用の屋敷が与えられ……建てられるとは。
それは、ゲームの設定でもちらりと聞いたのだが……
「それもかねて、殿下はこの部屋にきていたの一番初めに貴方に言うために」
「別れを告げに……?」
別れをつげになどちょっと言い過ぎなところはあるのだが、ずっと皇宮に置いてもらえるわけでもないのだと私は改めて認識させられた。
元カノとはいえ、せっかく再会できたのに離ればなれになるのはいやだろうし……リースがまだそう思っていてくれるのかは別なのだが。
とはいえ、そんなことも加えて教えてくれようと心配してくれた人を追い出してしまったのだ。さらに、私は失言までかましてしまい…… 本当に何をやっているんだろうか。
「まあ、リースの補佐官の人もエトワール様が皇宮にいるとすぐ会いに行ける距離だから、仕事をほったらかして貴方の所に行ってしまうって頭抱えていたからね。遅かれ早かれ離れさせられたんじゃない?」
「……うぅ」
新居での生活……考えるだけで頭が痛くなりそうだ。
かといって、ここにいてリースと鉢合わせても気まずいだけだろう。一回気持ちを落ち着かせてから考えよう……今ここにいても、またリースを傷つける未来が見えている。
神殿の近くと言うことは、またグランツにも会える可能性もあるって事だし神官と仲良し(きっと語弊がある)のブライトにも会える可能性もあるし悪いことばかりではないだろう。
前向きにとらえるしかない。
私がここにいて、リースの邪魔になる事だけは避けたい。いずれ、皇帝になる人なのだから。
「分かった……それで、移動はいつなの?」
私が、リュシオルに尋ねると彼女は困った顔をしてそれからニッコリと微笑んだ。
「明日」