「今までお世話になりました」
次の日の早朝、大勢のメイドと使用人ルーメンさんに見送られながら馬車に乗り込んだ。
そこにリースの姿は見当たらず、ルーメンさん曰く忙しくて来られないとのこと。昨日の今日なので、きっと私と顔を合わせたくないんだなあと思いつつ私は少し寂しい気分になっていた。
なんだか、引っ越しの時近所の人や友達が集まってくれた感覚に近く、私は思わず笑みをこぼした。
どうやら、リュシオルは引き続き私の世話係……侍女として屋敷の方で働いてくれるようで、心強かった。新居で、全く知らない人達に囲まれて生活するのは耐えられない。そう思うと、リュシオルは心強すぎる味方で、彼女がいてくれれば何処にいってもやっていけそうな気持ちだった。
ただ、聖女に対しここまで手厚く接してくれることに違和感しかなく、これでは貴族のご令嬢のようだとも思ってしまう。
馬車に乗り込む際、ルーメンさんにリースのことを一応聞いておこうかと尋ねたら、ルーメンさんは苦笑いをして答えた。
「殿下は、かなり落ち込んでおられて……今はそれを仕事にぶつけてます」
「……私のせいですか?」
私がそう聞くと、ルーメンさんは大きく首を横に振った。
「いいえ! 聖女様に非は全くありませんよ!」
「でも……」
私が言葉を詰まらせるとルーメンさんは慌てた様子で、本当に気にしないで下さい。と念押ししてきた。
私のせいで落ち込んでいるのなら、私としては居心地が悪い。
そう思いつつも、これ以上何も言えず黙りこくってしまった。すると、ルーメンさんが私に耳打ちした。
「そもそもはる……殿下が、聖女様の事を好きすぎて、行き過ぎた行為をしたのが原因ですから」
「……へ?」
私は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
しかし、ルーメンさんは私をちらと見て小さくため息を吐いた後、話を続けた。
私は、その言葉を聞いて何だか恥ずかしくなって俯いてしまった。
「まあ、本当に気にしないで下さい。聖女様は悪くないですし……どうせ、皇宮抜け出して会いに行くと思うんで」
「本当ですか?」
「はい。殿下は、執念深いですしね」
と、ルーメンさんはため息混じりに言ったので私もつられて笑っていた。
確かに、リース……遥輝の性格を考えると会いに来る可能性は十分にある。いつもそうだった。喧嘩しても、互いに謝りはしなかったが遥輝の方から会いに来てくれたし。
会いに来てくれるという事はやはりまだ私に対して好意を抱いてくれているという事になる。
攻略するかしないかは兎も角、会いに来てくれるのは普通に嬉しい。そして、私はそれまでにもっと精神的に大人になって余裕を持って彼に謝罪したい。
「おっと、そろそろお時間ですね。引き止めてしまって申し訳ないです」
「あ、いや、全然」
私は首を横に振って、慌てて馬車に乗り込んだ。
扉を閉めると、すぐに走り出し窓の外を見ると見送りに来ていたルーメンさん達が小さくなっていく。
此の世界にきて早数日が経っている。その数日の中で様々な出来事があったけれど、大好きな乙女ゲームの世界に転生……悪役としてだがこれたことは奇跡だろう。
推しの中身が元彼だったり、グランツの木剣が飛んできて死にそうになったり、ブライトの弟を助けたのに手を叩かれたり、アルベドに殺されかけたり……
あれ? 良い思い出一つもなくないか!?
と、思いながらもそれでもこの世界で過ごす日々は楽しかった。危険は多いけども……それでも、優しくしてくれる人は少数いるわけで。
そんなことを考えていると不意に涙が出てきた。
駄目だなぁ……泣くなんて。これから新しい人生が始まるっていうのに……
でもきっとこの涙は、未来に対しての不安と絶望の涙だったと思う。
今のところリースは論外として、他の攻略キャラの好感度を全くあげられていない。1年しか猶予がないというのに、皆一桁……一人はマイナスになってしまっている。このままでは、死ぬ未来しかない。また、二人の攻略キャラには出会えていない状況。
こんな状況で、どうしたらいいのか分からない。
そう考えていると自然とため息まで零れた。
これから私はどうなるんだろう…… 私は、ふと自分の手を見た。
小さい頃の記憶を思い出す。あの時は一杯努力して……でも、何もかも認められなくて……
そんなことを考えているうちに私は、眠りについてしまった。
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――――――――――――――
「……トワール様、エトワール様」
「……んぅ」
「起きて下さい。つきましたよ、エトワール様」
誰かに起こされ、私は目を覚ますとあきれた顔で私をのぞき込んでいるリュシオルの顔があった。
どうやら、寝てしまっていたらしい。私が起きたのを確認すると彼女は、私の膝の上に乗っていたブランケットを畳みながら立ち上がった。
馬車から降りると、大勢のメイドが列をなし私に一斉に頭を下げた。
「……ひぁッ」
「こら、エトワール様変な声出さない」
「だって、だって……別に私偉い人じゃないし」
私がそう言うと、リュシオルはため息を吐いて私に言った。
(ほんと……まるで、貴族のご令嬢みたいな扱いなのね……聖女って)
私の扱いが、貴族のようで本当に聖女とは? と疑問視か浮かばない。
今着ているのは白を基調としたドレスだし、髪も結われている。化粧も施されていて、何処から見ても貴族の娘にしか見えない。
聖女ってもうちょっとこう……宗教が絡んできて、着飾ったりはしないのではないかと。まあ、ゲームだからそこまで関係無いのだろうけど、それでもこの国の聖女に対する扱いが変わっているなあと思った。
いずれ、帝国を救う救世主になるとしてもだ。
「……というか、デカ!」
目の前にある建物を見て、思わず口に出してしまった。
昨晩の皇太子の別荘と同じぐらいのおおきさの屋敷が私を出迎えた。全面真っ白で、日の光を浴びてキラキラと輝いており、屋敷の周りには綺麗な花々が咲き誇っていた。
庭と思われるところにはオレンジの木が。やはりこの帝国にとってオレンジは相当大切なものらしい。
「聖女様、お部屋の準備が出来ております」
と、メイドの一人が言い、私は彼女に案内されて部屋に通された。リュシオルは私の荷物を持ってくるからと一旦別れた。
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