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橋野先輩に抱えられ、保健室のドアが開いた。中には、数人の先生たちが談笑していた。俺の姿を見ると、すぐに視線がこちらに集まる。「あら、うりくんじゃない。またお腹痛いの? 最近多いわね、仮病?」
「まったく、部活中に迷惑かけんじゃないよ」
向けられる心ない言葉の刃が、直接胃に突き刺さるような感覚に襲われる。ただでさえムカムカしていた胃が、さらに不快感を増していく。
橋野先輩は、俺をゆっくりとベッドに下ろすと、先生たちを鋭い視線で睨みつけた。
「仮病じゃないです。朝からずっと調子が悪かったんです」
橋野先輩の低い声が保健室に響く。しかし、その言葉を遮るように、いかにも性格の悪そうな体育教師、田中先生がずいと前に出てきた。田中先生は、俺の腹に手を伸ばすと、グイッと力を込めて押さえつけた。
「ん? どこが痛いんだ? ここか?」
その瞬間だった。胃の底からせり上がってくる、どうしようもない吐き気。
「うっ……! げほっ……!」
口を押える間もなく、俺は盛大に吐いてしまった。朝から何も食べていないはずなのに、胃液だけでなく、なんだかドロドロとしたものまで吐き出してしまった。保健室中に、酸っぱい匂いが広がる。
「うわっ、汚ねえな!」
「田中先生、触らないでください!」
田中先生は慌てて手を引っ込めたが、橋野先輩は怒りで顔を真っ赤にしていた。
「あなた、一体何してるんですか!? 患者にそんな乱暴なことして!」
橋野先輩の声は、まるで氷のように冷たかった。普段の穏やかな先輩からは想像もできないほどの剣幕に、先生たちはたじろいでいる。橋野先輩は俺をもう一度、今度はよりしっかりと抱きかかえると、保健室の先生に向かって言い放った。
「ここにいても埒が明かない。別の場所に連れて行きます」
そう言い残し、橋野先輩は俺を抱いたまま、保健室を後にした。向かう先は、誰も使っていないはずの第二校舎だった。
第二校舎は、普段は生徒があまり近づかない場所だ。古い校舎で、倉庫として使われたり、たまに部活の道具が置かれていたりするくらい。でも、この時ばかりは、その静けさがありがたかった。橋野先輩は、人気のない教室の一つを選び、俺をゆっくりと机に座らせた。俺の背中を優しく撫でながら、先輩は言った。
「ごめんな。もっと早く気づいてやればよかった」
俺は、首を横に振ることしかできなかった。こんな情けない姿を見せてしまったこと、そして先輩にこんなにも心配をかけてしまったことが、悔しくてたまらなかった。吐き気は少し落ち着いたけれど、腹の痛みは相変わらずだ。
「大丈夫か? 何か欲しいものあるか?」
橋野先輩は、近くにあった毛布を俺の肩に掛けてくれた。先輩の大きな手が、俺の額の汗をそっと拭ってくれる。その優しい触れ方に、今まで張り詰めていた心が少しずつ緩んでいくのを感じた。俺は先輩の顔をまともに見ることができず、ただ俯いていた。
「無理しなくていい。ここにいれば、誰も来ないから」
橋野先輩の言葉に、俺は少しだけ安心した。ずっと我慢してきた痛みが、ここでやっと解放されるような気がした。俺は無意識に、橋野先輩の制服の裾をぎゅっと掴んでいた。先輩は何も言わず、ただ俺の隣に座って、背中をさすり続けてくれた。その温かい手が、俺の心を少しずつ癒してくれるようだった。
「田中先生の視点」
ったく、最近の生徒はすぐ「体調が悪い」だの「お腹が痛い」だの言って、練習をサボろうとする。特にあのうり、まただ。朝練の時から顔色が悪いのは気づいていたが、どうせいつもの仮病だろうと思っていた。過敏性腸症候群だかなんだか知らないが、そんなもん、気の持ちようだろう。俺たちの若い頃は、どんなに具合が悪くても根性で乗り切ったもんだ。
昼間の授業中も、ちょこちょこトイレに行っていたようだが、どうせずる休みを企んでいるんだろうとしか思わなかった。部活が始まってからも、妙に動きが鈍い。おいおい、そんなんじゃレギュラーになれないぞ、と心の中で毒づいた。最近の教師は甘いから、少しでも体調が悪いと言えばすぐに休ませる。だから、生徒もすぐにそれに乗っかるんだ。
保健室での不快な出来事
そして、部活の最中に、学校一の優等生と評判の橋野が、あのうりを抱きかかえて保健室に入ってきた。お姫様抱っことか、まったく軟弱な。ああいうのがいるから、他の生徒も真似するんだ。
「あら、うりくんじゃない。またお腹痛いの? 最近多いわね、仮病?」
「まったく、部活中に迷惑かけんじゃないよ」
保健室にいた他の先生たちも、俺と同じように呆れているのがわかる。ところが、橋野は血相を変えて俺たちを睨みつけてきた。
「仮病じゃないです。朝からずっと調子が悪かったんです」
何だって? こっちに向かって反論するとは、生意気な。俺は、いつものようにうりの腹に手を伸ばし、少し力を込めて押さえた。痛がっているフリをする奴の腹は、案外何ともないもんだ。
「ん? どこが痛いんだ? ここか?」
その瞬間だった。うりが「うっ……! げほっ……!」と、目の前で盛大に吐きやがった。朝から何も食べてないだろ、と言いたくなるようなドロドロしたものが、床にぶちまけられた。ツンと鼻を刺す酸っぱい匂いが、保健室中に充満する。
「うわっ、汚ねえな!」
思わずそう叫んだ。生徒が保健室で吐くなんて、滅多にないことだ。俺は慌てて手を引っ込めたが、橋野はさらに顔を真っ赤にして俺を怒鳴りつけてきた。
「あなた、一体何してるんですか!? 患者にそんな乱暴なことして!」
まさか、生徒にここまで言われるとは。他の先生たちも、この状況に戸惑っているのがわかる。橋野は吐いたばかりのうりを再び抱きかかえ、捨て台詞のように言い放った。
「ここにいても埒が明かない。別の場所に連れて行きます」
そう言って、橋野はうりを抱いたまま保健室を出て行った。まったく、何を考えているんだか。過保護にも程がある。俺は残された保健室で、吐かれたものの片付けをどうするか、頭を抱えた。最近の生徒は、本当に手がかかる。
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