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『月光の森と眠らぬ街』
「えーっ!?帰んないとダメー!?」
「ほら、早く帰りますよ」
「アレキちゃーん、馬車乗るよー?」
夜の街は昼間とはうってかわり
静かで幻想的な街に石榴の子供たちの声が響く。
そしてまだ街を楽しみたいアレキを馬車に押し込むクオーツとペリドットといった構図の外に石榴は立ち、三人を眺める
「先程言ったように、私は明日の朝に帰りますので…寄り道をせず帰って暖かくして眠ってくださいね」
石榴が三人にそう告げると一番にクオーツが反応し
即座にアレキのことを馬車の中に放り込み「承知致しました」と返答する。
クオーツは御車台へと戻り、手網を握ってそれを軽くふるう
蹄の音がゆっくりと石畳を叩きはじめ、夜の街に溶けていく。
馬車の姿が完全に見えなくなったあと
石榴はふっと息を吐く。
肩を回しコキコキと音を鳴らせて
もう一度視線を戻したときの表情からは
昼間の温かみと穏やかさは消えていた。
代わりに浮かぶのは
冷静で研ぎ澄まされた策略家の眼差しのみ。
石榴が向かう先は、時計台の影に隠れるように佇む小さな古い酒場。
看板は古く店名も読めないほど剥がれているが
毎夜、正体を隠した権力者や商人、旅人が自然と集まる。
暖かく穏やかなルヴェルヌの街にも
普段中々気付かないようにされているだけで
このような場所は少なからず存在する。
扉を開けると湿った風と酒の香りが流れ込み部屋の隅のホコリがまう。
樽酒の香り、燻製肉、酒のつまみ、古い木材
低くかわされる会話と笑い声、グラスの音
「…いらっしゃい」
音に反応し主人がグラスを磨きながら顔も上げずにそう言う。
石榴もそれに返すように無言で会釈する
この場ではそれが最も適した挨拶の方法なのである。
石榴はそのまま一番奥の店内を見渡せる席に腰を下ろす
パンツスタイルだからか膝は揃えられておらず
片足を僅かに前に放り出し、背もたれに体を預ける
指先でグラスを持ち揺らす仕草は優雅だが
姿勢はどこか男性的で、男が酒場で暇を潰すそれに近い。
琥珀色の液体を揺らしながら周囲の会話に耳を傾ける。
「あの貴族、最近動きが妙だぞ」
「沿岸部との取引が増えてるらしい」
「娘を嫁に出すとか何とか…」
断片的、真偽不明な噂、酔っぱらいの呂律の分からない言葉
それでも石榴にとっては十分のこと
「…なるほど」そう、誰にも聞こえないほどの小さく低い声で呟く。
この街から遠く離れた国の中心部
そこにどんな者がいて
誰が何を欲し何を失うことを恐れているのか。
平穏の裏にどんな感情が眠っているのか
憶測ばかりであっても、当てたもん勝ちのこの世では
いかに残酷に賢く立ち回れるのかが鍵となる。
グラスの中身が減り、グラスに赤い紅が移る
するとふと、石榴の思考の端に別の光景がよぎった。
感情の起伏が少ないように見えて焦った時に一番わかりやすいクオーツ
眠らない石榴のことを心配して手を引き寝かせようとするペリドット
要領よく動くがどこか放っておけないがまとめ役なフィオリナ
とにかく笑顔で場をかき乱すアレキ
騒がしくて、手のかかる思い出すだけで笑みがこぼれるほど
どうしようも無く可愛い従業員たち
今頃、戸締りをちゃんとしただろうか
誰も怪我をしていないだろうか
侵入者が入っていないだろうか、
寝相が悪くて布団を蹴っていないだろうか
ぐるぐると思考が乱れて、それを消すように酒を飲む
「……駄目だ」
やけに低い声がでて石榴も思わず口を手で覆う。
早く帰ろうとする気はある、ただ今すぐではないだけで。
有益な情報の詰まった夜はまだ深くなる途中なのである。
今帰るのは、あまりにも惜しい
屋敷に到着し、クオーツは馬車の御車台から降りる
「着いたわよ」と告げる声が静かな森に小さく響く。
しかし返答は無い。恐らく眠っている
ため息を吐いて扉を開けると二人が寄り添うように眠っている
二人とも起きる気配は無い。
先にペリドットを担ぎ上げ、空いた方の手でアレキを抱き上げ
軽やかな静かな足取りで屋敷までの石畳を渡る
途中で風が吹いたが、嫌な冷たさではない。
二人分の重みはクオーツ的には然程辛くないようだ。
二人をそれぞれ部屋に運んでベッドに横にした後
月光に照らされる廊下を歩いてリビングに向かう
…しかしリビングに入った途端
暖炉の音と共にリビングから絶叫が響く。
「ちょぉっとぉ!?火ぃっ!?なんでぇ!?なんで燃えてるのぉぉ!?ねぇぇぇ!?」
フィオリナがソファの上に立ちながら暖炉を指さしながら絶叫する度に
薔薇の蔦と葉がばさばさと動く。
「…フィオリナさん、落ち着いてください」
「落ち着けるわけないよ!?
フィオ、薔薇だよ!薔薇!!火は天敵中の天敵なのぉ!!!」
暖炉では薪が静かに音を立てて燃えているだけだ
森の屋敷の夜にしては寧ろ控えめなくらいに。
クオーツはソファに腰を下ろす
フィオリナが「ねぇってばー!?」と声を出しているがクオーツは無視する
暫くして無駄だと気が付いたのか、飽きたのか
怖いのか気になるのかチラチラと暖炉に視線を送りながら
フィオリナが紅茶を淹れだす。
「…あ!そういえば石榴様は!?気配を感じないから…まだ街?」
「ええ、そうです」
「んもー…」と少し不機嫌そうなフィオリナを見て、クオーツが口を開く
「……心配にならないのですか?」純粋な疑問だ
フィオリナの紅茶を淹れる手が止まる
「石榴様のこと?」
「ええ、気になりましてね。石榴様は今晩も街に出ています」
一瞬の沈黙ができたかと思えばフィオリナはあっさりと言った
「全然?」
その返答にクオーツの眉が僅かに上がる
「即答ですね」
「だって石榴様だよ?」フィオリナが花弁を微かに揺らしながら答える
「あの人が誰に、何に、いつ、どうやって利用されるっていうの?
石榴様は”する側”なんだから」
クオーツは微かに頷くと、蔦が顎を撫でる
「それに__」フィオリナの蔦が宙を舞う
「石榴様は私たちを愛してる」迷いもない声でフィオリナは言う
その言葉を聞いてクオーツは微かに微笑む
「ええ、石榴様は私たちを見捨てません。
駒ではなく宝石として扱われます」
「クオちゃんらしい言い方、流石は陶酔してるだけあるね」
「そのままお返しいたします」
フィオリナはそのまま「ほんとにね」と言って笑う
ソファの背もたれに体を沈めたクオーツの視線が窓の外にむくと
森の木々が月光を受けて静かに揺れている。
クオーツの白い瞳に月明かりが映る。
元奴隷の彼女にとって
石榴とは最下層の自分を”宝石箱”の中に迎え入れた唯一の存在
それを檻と言うものが居ても彼女はそれを気にしない。
空の下を飛び回る野鳥としての自由では無く
名を呼ばれ価値を与えられた愛鳥としての静寂を彼女は選んだ。
何故ならば そこには
疑う余地の無い愛と確立された平穏がある。
「…早くお帰りにならないのかしら」
主人を想う彼女が呟く声は、月光に照らされた森の中に静かに溶ける
深い陶酔と愛の滲む香りを漂わせながら。
ルヴェルヌから遠く離れた、この国の中心部の塔の一室で
一人の青年が書類を持ちながらソファに座っている。
容姿は整っている、それもかなり。
研究着のような服装はきっちりとしており
氷のような色の髪も乱れていないあたり
高貴な生い立ちで相当几帳面な性格なのだろう。
部屋に部下が入ってくると、
青年は顔も上げずに冷たく端的に静かな声を出す。
その言い方から、青年の地位の高さが伺える
「人を探している、場所は……海から離れた地域を」
コメント
5件
石榴さんっっっ!!!好きっっっ!!!!! 最後の人って…ふふふふ…()
最後の人ってあの人っすかもしかして… あとフィオリナの火のところ日になっとるぞい(* 'ᵕ' )☆
無償の愛はくれるけと無条件の愛はくれない石榴が好き