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「いや~、最後の攻撃はかなり効いたね~!」
そう微笑みながらグランドマスターがこちらへと近づいてきた。
この人、本当に負けたのか…?
「…それにしてはピンピンしてますけど」
「いやいや、今でも痺れが残って歩くのがやっとだよ」
彼の言っていることが本当かどうかはさておき、この人の底が知れないということだけは分かった。正直、この人とは本気の戦いをしたくはないな。本当に上には上がいるということは肝に銘じなければいけないと思い知らされる経験だった。
「さて、君との手合わせも済んだところだし…」
グランドマスターは小さな声でポロッとそう言うと演習場の中央へと向かった。そこで大きく咳ばらいを一つして観衆の注目を一瞬で集める。
「今の戦いを見てもらった者なら分かると思うが、彼の実力は私にも匹敵するほどである。しかしそんな彼はなんとまだCランクだ。私は実力のある者はその実力に似合う評価を受け、そしてその実力に合う依頼を受けることが出来る環境にあるべきだと思っている」
「よって!私は彼、Cランク冒険者ユウトをグランドマスター権限でSランク冒険者に任命することを決めた!!」
な、な、な、何だって?!?!?!?
そんな俺の困惑とは裏腹に周囲の人たちからは大歓声が発せられる。Sランク冒険者とは滅多に選ばれることのない真に選ばれし者たちだそうだ。そんな稀有な存在が自分たちの目の前で選ばれ、その瞬間を目撃することが出来るなんて!ということでみんな大興奮しているようだ。
まさかグランドマスター、さっきの手合わせもこれを計画して観衆を入れていたのか。俺の実力を多くの人に見せつけて反論を出させないために…
「いや、でもグランドマスター…!」
俺はそんなこと望んでないと言おうと駆け寄ると言葉を途中で遮るように俺の耳元で小さく話しかけてきた。
「Sランクになるか、冒険者をやめるか…さてどちらがいい?」
こ、この人…脅してきやがった…!
そこまでして俺をSランクにしたいのか…?!
グランドマスターは少し悪戯っ子のような笑みを浮かべてこちらを見ていた。流石は冒険者ギルドをまとめ上げるグランドマスターだ、本当にいろんな意味で手ごわい人である。
「はぁ…Sランクになります」
「そうこなくっちゃな!」
グランドマスターは満面の笑みで俺の肩を叩く。
その反面、俺はこの世の終わりのような表情をしているに違いない。
これでもしかしたら俺のお金を貯め、余生でのんびりスローライフを送るという夢は儚く散ったのかもしれないな…
するとグランドマスターはもう一度観衆の方へと向き直ると再び語り始める。
「ここにいる皆には実力は分かってもらえたが、他の者からは彼のSランク任命の件に異を唱えるものが出てくるかもしれない。そのため彼には一つ大きな実績を作ってもらおうと思う。それまでは仮Sランクとさせてもらおうと思う。ここに異論のある者はいるか?」
そこには誰ひとりとして彼に異を唱える者はいなかった。
てか、言える人がいたら俺は尊敬すると思う。
「ではこの件に関してはこれで決まりとする!皆、集まってくれて感謝する!!」
「「「「「「「おおおおぉぉおぉぉぉおお!!!!!!!」」」」」」」
本当に俺以外はめちゃくちゃ盛り上がっているな…
それに実績ってなんだよ、絶対面倒な事させられそうで嫌なんだけど…
そうして俺たちはもう一度応接室へと戻ることになった。その部屋に向かう途中で元気のない俺をレイナさんとお嬢様、それにマリアさんも励ましてくれた。
「ユウトさん、Sランクなんてすごいですよ!流石です!!!」
「私はグランドマスター相手でも引け劣らないと思ってました」
「ユウト様、頑張ってください」
マリアさんはどこか憐みの目でこちらを見ていた。
やはり彼女もグランドマスター関連で面倒な目にあったのだろうか…?
グランドマスターの待つ応接室へと再び辿り着いて席へ着く。
するとグランドマスターは真剣な表情でこちらを見つめる。
「すまないが、ユウト君以外は退室してもらえるかな?」
その表情や彼の雰囲気を察してお嬢様、レイナさん、そしてマリアさんはすぐさま部屋を出ていく。何か聞かれてはまずい内容でも話すのだろうか?ならばなぜ俺だけ残すのだろう?
「てなわけで、先ほどのSランクの件だが…」
と話し始めると目の前でグランドマスターが急に頭を下げたのだ。
俺は突然のことに困惑して言葉が上手く出ずにいた。
「半ば無理矢理という形でSランクに任命してしまい申し訳なかった」
「あ、頭を上げてください…!!もう起きてしまったことは仕方ないので、せめて強行した理由だけでも教えてもらえますか?」
俺がそう言うと頭を上げて鋭い眼光でこちらをじっと見つめている。
「理由は大きく分けて二つある。一つ目は先ほど演習場でも言った通り、実力ある者がその実力相応の依頼を受けれる環境にしなければならないという理念があるからだ。冒険者のランク制度は冒険者が無理をして分不相応な依頼を受けることで命を落とすことがないようにするために設けた制度なんだよ。簡単な依頼をこなして徐々に経験を積んでいき、そして成長をしてより難しい依頼を受けていく。このサイクルが私は冒険者を守るために必要だと考えている」
「しかし世の中には例外というのも存在するんだよね。そう、君のような普通という枠組みに止まらない強力な力を持った者たち。そんな例外な者たちがごく稀にいてくれるおかげで人の世というのは未曾有の事態にも何とか対処が出来るんだよ。まさに100年ほど前に活躍したあの勇者のように」
何となくだが、勇者という名を出したグランドマスターは懐かしい何かを思い出しているようなそんな雰囲気が感じられた。俺はそんなグランドマスターの想いに少しずつ共感していた。
「そのような者たちが普通の枠組みに阻まれてしまっては私たち人族にとっては大きな損失になるのだ。だからこそ君を半ば強引にでも昇格させる必要があったんだ」
「なるほど、グランドマスターのお気持ちは理解できました。そこまで言われてはこちらも取り消してくれとは言えないですよ。それで二つ目の理由というのは…?」
俺はこの時、上に立つものとしてのグランドマスターの想いというものを垣間見たような気がした。この人は大きな目でさらに遠くを見つめているような、そんな感じだ。
「二つ目はこの後君にお願いしたい依頼についてなんだ。まずそちらから説明しようか」
そういうとグランドマスターは用意していた依頼書をこちらへと渡してきた。俺はそれを開いて見て見るとそこには『難易度Sランク相当 北方山脈の異常調査』と書かれていた。
「これがどうかしたんですか?」
「端的に言おう、私はこの北方山脈の異常に例の教団が関わっている可能性があると考えているんだ」