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世間が大型連休に浮き足立つ中、大学病院の救命センターと外科医局は、戦場と化していた。
「──次のオペまで、あと三十分。海老名、患者の術前検査の結果を揃えろ。それと、他科からのコンサル依頼をすべて整理しておけ」
冬馬先生の声は、いつになく低く、かすれていた。
この三日間で、彼が眠ったのは合計で三時間にも満たない。
次から次へと運び込まれる急患、難易度の高い手術の連続。
「先生、少しでも仮眠を取ってください。目の下にクマができてます」
「……黙っていろ。俺が止まれば、死ぬ患者がいる」
冷たく突き放す言葉
けれど、資料を受け取ろうと伸ばされた彼の手が、わずかに震えているのを私は見逃さなかった。
私は胸が締め付けられる思いで、自分のデスクに戻った。
(先生を支えるのが私の仕事。でも、今の先生は……自分を削りすぎてる)
事務員である私にできることは、限られている。
私はせめてもの抵抗として、彼の好みを知り尽くした「特別な差し入れ」を用意することにした。
◆◇◆◇
数時間後
深夜の医局に、手術を終えた冬馬先生が戻ってきた。
白衣の肩は落ち、端正な顔立ちは疲労で削り取られたように青白い。
「……海老名。まだいたのか」
「先生、これ。差し入れです」
私が差し出したのは、ゼリー飲料と、少しだけ糖分を補給するためのビターチョコレート。
そして、彼が一番落ち着く温度で淹れたコーヒー。
「……甘いものは要らないと言ったはずだ」
「脳の栄養補給です。一口だけでも食べてください。先生が倒れたら、それこそ患者さんが困ります」
私が一歩も引かずに見つめると、先生は力なく笑い、チョコレートを一つ口に放り込んだ。
「……ふん。相変わらず、可愛くない事務員だな」
「先生にだけは言われたくありません!……だから先生、少しだけ、横になってください。三十分後には私が必ず起こしますから」
私がソファを指差すと、冬馬先生は重い足取りでそこへ向かい、倒れ込むように座った。
そして、眼鏡を外して目元を覆う。
「……海老名。傍にいろ」
「え……?」
「ちゃんと俺を起こすためにだ」
それは、ドSな命令というより、縋るような「願い」に聞こえた。
私は静かに頷き、彼のすぐそばのデスクで、キーボードを叩き始めた。
静まり返った深夜の医局
私の打鍵音だけが、彼の眠りを守る子守唄のように響く。
けれど、窓の外では激しい雨が降り始めていた。
この嵐が、二人の境界線を木っ端微塵に砕くことになるとは、まだ気づかずに。
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