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窓を叩く雨音が、次第に激しさを増していく。
三十分だけの約束だった仮眠時間は、緊急のポケベル鳴動によって、わずか十五分で打ち切られた。
「……っ」
跳ね起きるように上身を起こした冬馬先生の顔は、ひどく蒼白だった。
焦点が定まらない瞳が、一瞬だけ私を探すように彷徨う。
「先生、無理です。顔色が……」
「……行くぞ、海老名。オペ室の準備状況を確認しろ」
彼は眼鏡をかけ直すと、いつもの冷徹な仮面を被り直した。
けれど、すれ違いざまに触れた彼の指先は、驚くほど冷え切っていた。
深夜の病院は、異様な熱気に包まれていた。
嵐の影響による交通事故の多発、急変する重症患者。
冬馬先生は、まるで自分の命を削って灯火に変えるかのように、次々と執刀をこなしていく。
私は、彼の背中を追いかけることしかできなかった。
指示された書類を揃え、関係各所へ連絡を入れ
彼が手術室から出てくるたびに、汚れのない清潔なガウンと、新しいマスクを手渡す。
「海老名、次の術前同意書は」
「こちらです。患者様のご家族への説明も、ソーシャルワーカーと連携して済ませてあります。先生は、オペだけに集中してください」
「……助かる」
短く、吐き出すような言葉。
彼が私に「助かる」と言ったのは、これが初めてだった。
その言葉の重みに、胸が締め付けられる。彼はもう
言葉を選ぶ余裕さえないほど、限界の淵に立っている。
そして、運命の午前三時
ついに最後の一件、心臓破裂の緊急オペが終了した。
手術室から出てきた冬馬先生の歩みは、幽霊のように覚束ない。
誰もいない深夜の廊下。
雨音だけが響く中、彼は壁に手をつき、そのままズルズルと崩れ落ちそうになった。
「冬馬先生!」
私は駆け寄り、咄嗟に彼の体を支えた。
肩越しに伝わってくる、彼の激しい鼓動と、熱い吐息。
「……離せ…汚れるぞ」
「汚れても構いません」
私が必死に彼を抱え込もうとすると、先生は力なく笑い、私の肩にその重たい頭を預けた。
ドSで、不遜で、誰も寄せ付けなかった「天才外科医」の、剥き出しの孤独。
「……海老名。お前は……なぜ、俺の傍にいる……」
耳元で、彼の掠れた声が響く。
雨音にかき消されそうなほど小さな声。
けれど、それはどんな命令よりも深く、私の心に突き刺さった。
彼を医局へ連れて行かなければ。
誰もいない、二人きりの場所へ。
そう決意した私の手に、彼の震える指が、縋るように絡みついた。