TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「危なくなどないさ。怖いなら俺が支えてやるよ。大丈夫さ、お前を手放したりしない」

揺らぎも迷いもない声に、僕は恐る恐るベンチに近付いた。

けれど、僕が座る事はなかった。

「そこでもいいさ、聞いてくれ。俺はお前に言っていない事が多すぎてしまった」


ベンチにもたれる彼の背後を取るように、僕は立っていた。

「お前がどこまで知っているのか俺は知らないが、少なくとも…今来ていた客人について聞く権利はあるはずだ」

僕は下から吹き上げる風を見つめていた。

こんなに静かな場所にでも、

恐怖を煽るような音は存在していたのだと。

彼の話を聞くにも耳を傾ける心の準備など出来ていないままで。

「あいつらは俺を引っ掻き回す悪党だ」

彼は話を止めることはしなかった。

「強奪も居場所の特定も、情報を操作し、俺の商売に泥を塗りやがった」

僕は意味が分からなかった。

けれど、言葉を紡ぐ勇気も出なかった。

「お前がいた時なのか…?俺はあいつらに脅されていたんだ」

僕は大勢の男達を思い出す。

屈強な体格な彼らに囲まれるようなおじさん。

確かに脅迫を受けていたのかと僕も思った。

「あいつらは言ったんだ。大事なものは先に吐き出せと」

「それはどういう…」

僕は言葉に出てしまっていた。

「お前が大事だったんだ」

彼は項垂れながら、虚無の手を握りしめていた。

僕は彼の言葉を待った。

「お前を逃がしたかった。俺の過去から。俺に容赦はなくとも、お前の命だけは守りたかった」

言っていることが分かるようで、理解出来なかった。

あの怪しい連中に差し出せと言われたから、

僕の名を呼んでいたのか?

それは大事だったから?守りたかったから?

「いきなりの事で混乱しているだろうが、どうかそれだけは信じてくれ」

彼は弱々しく呟いた。

僕に言うと言うよりは、既に失って嘆くようだった。

その状況が尚更、僕を混乱させる。

「言っている事が分かりませんよ…彼らが来る前に対処は出来なかったのですか?」

僕は彼に投げかける。

「彼らに僕を差し出した後、僕もおじさんもどうなっていたと思うのですか?」

強奪というのが分からないが、

彼らは少なくとも人の家に押し入り、蹴ったり殴ったりと非道徳的な行為をしていた。

そんな連中と関わるという事は、結果など見えていないはずがない。

「それに彼らに脅されたというのだって、おじさんが関わりを持っていたからじゃないんですか?」

被害者のような立ち位置とはいえ、

関わりを持っていたのはここで証明されてしまった。

僕はそれを今まで隠していたおじさんに、

腹が立っていたのかもしれない。

「何か…言ったらどうですか」

おじさんは俯くばかりで言葉を返さなくなっていた。

ずっと黙り続ける彼に僕も何も言わなくなっていた。

僕達の間に沈黙が訪れる。

こんな重い空気感はほとんどなった事がなかった。

けれど、それを打ち破ったのはおじさんだった。

「クインテッド。お前が何を言っているのか、さっぱりだ…」

僕は溜め込んでいた言葉を吐き出した。

「それはこちらの台詞ですよ。今まで何をして来たのか。話さなかった貴方が悪いのでは無いのではないですか?」

この時点で僕は、こんなにも彼とすれ違っている事に悲しみが溢れていた。

「あの荒廃した部屋だってなんなのですか。もしかして、僕が一人だと思っていた時。あそこに本当は居座っていたのではないですか?」

長い長い出張だといつも思っていた。

今に始まったことでは無いのは分かっている。

でも、あの部屋があったなら可能性はゼロではないはず。

「誕生日の花だって、嬉しかったですよ。でも、それを探す為だけにあの長い時間を埋められないはずです」

彼はいつの間にか立ち上がって、僕の傍に来ていた。

その表情は悲しみなのか、僕には分からなかった。

ブルートパーズは地に落ちたまま、ただ黙っている。

喧嘩というのが正しいのかもしれない。

僕たちは二人だけの世界に取り残されているように思えた。

「僕は…悲しいですよ…。おじさま。貴方の隠し事に気付いてしまった時からずっと」

僕は震えていた。

あの机上に置かれていた写真についても、聞きたいことがあった。

けれど、あの悲痛な表情を思い出せたくない自分もいた。

だから、僕は手を握りしめるばかりだった。

「俺は…隠していたわけじゃない」

彼は僕の視界から消えたようだった。

ベンチから離れたのだと思っていた。

「俺は、話すだけの信用をお前に…預けられなかったんだ」

それが最後の言葉だった。

背後から押し出されたのだと気付く。

時が止まったように感じたのも束の間。

深淵のように暗い街中に、

僕は投げ出されたのだった。

振り向く事さえ叶わず、

落ちていく景色に何を思う間もないまま。

地面に叩きつけられたのだった。


気付くと、地に倒れていた。

「っ…っく…」

重りを全身に背負っているようで、身体が動かない。

麻痺したようにじんわりと感じる何かが僕を支配していた。

それが痛みだと気付く間に、僕は一度眠ったように感じる。

途切れ途切れの意識の中

立ち上がろうと試みるが、足に力は入らない。

身体を起こすにもその場に寝返りを打つことしか出来ない。

寒い。

僕は自分の身がレンガに投げ出されている事に

気付いた。

辺りには誰も人はいない。

街灯すらずっと先に小さくあるだけで、

僕は完全に世界から切り離されているようだった。

青白い雪が壁に吹き付けられている。

レンガと壁の足元には、風が作った小さな雪の山がある。

そこに自分の足が埋もれるように、投げ出されている。


loading

この作品はいかがでしたか?

45

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚