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がちゃりとドアが開いて、美智が顔を覗かせた。石鹸の匂いが鼻をくすぐる。
「遅くまでお疲れ様! ――はい、預かってた荷物」
「いつもすみません」
「いーえ! ……そういえば、ちょっと前にマンションの前で不審者いるって情報あってさ。桐野さんは遭遇してない? 大丈夫?」
受け取った荷物の箱を胸に抱いて、雪緒は目を見張った。
「えっ、怖いですね。私は大丈夫でしたけど」
「じゃあよかった。次、何か見たら教えて。警察には相談してあるから、すぐ飛んできてくれることになってるから」
このマンションは単身者用で、雪緒以外にも女性が多いから、美智も安全面については特に敏感だ。
「わかりました。あれですか? コートの前開いてお粗末なモノ見せてくる系……」
「ううん、今回は若い男が雨の中じーっと座ってたって。それがかなりイケメンっぽかったから、住人さんも通報まではしなかったらしいのよね」
雪緒はごくりといろんなものを飲み込んだ。
――それ、多分、元義理の弟です……。
「イケメンなら変質者じゃないなんて限らないでしょって叱っといたわ。桐野さんも気をつけてね」
「えっ! ……あっ、はいっ! ――じゃ、じゃあ、ありがとうございました、おやすみなさい……」
「はーい、おやすみー」
挙動不審なのが気付かれないうちに、そそくさと退散する。
危うく警察沙汰になるところだった。
エレベーターに乗り込んで、3のボタンを押し込む。
郁がお巡りさんに両腕を掴まれてパトカーに乗せられるところを3階から見下ろす自分、を想像すると黒い笑いが浮かんでくるが、思い浮かんだある顔が、それを竜巻のように吹き飛ばした。
元、義理の母親。郁の実母。
ただでさえ好かれてなかったのに、私に関わることで可愛い次男が警察のお世話になった、なんてことになったら。
氷よりも冷たいあの目を思い出すと、胃がキリキリと痛んだ。
ああ、そうか。
手離したものを嘆いていたけど、手離してよかったものもあった。
あの人とも、縁が切れるんだ。
安らぐ自分の部屋に戻り、ドアロックまでかけたところでようやく心から安堵した。