テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
隠しフロアも十分に堪能したので、ダンジョンを脱出する。
子供たちは三階に戻った時点で休憩小屋から出して、一階まで最短ルートを走った。
最短ルートでの高速脱出だというのに子供たちがはぐれることもなくついてこられたのは、ダンジョンの中で経験値が上がったからだろう。
幼い子供たちを肩車やおんぶした状態で走り抜ける、レオンたちの表情は誇らしげだった。
ちなみに寄ってきたモンスターたちは、先頭を走る彩絲と雪華がさくっと片付けて、ドロップアイテムは子蜘蛛と子蛇たちが一つ残らず拾っていく。
中級冒険者の往復分かな? と思うアイテムを入手したようだ。
「うーん。名刺をもらった商人のお店に行きたいのよね……」
「では妾が隠蔽をかけて、子供らを宿へ連れて行くとしようかのぅ」
「あ! じゃあ私がランディーニと隠蔽をかけた子供たちの引率をするよ!」
すっかり子供たちが気に入ったらしい雪華が挙手をする。
子供たちも、雪華に一番懐いているので問題ないだろう。
自分たちの気配が希薄になり驚く子供たちを宥めつつ、ランディーニと雪華は宿屋へと人には聞こえない賑やかさで移動していった。
「では主様。籠を使いましょう」
「籠?」
「あれじゃよ」
彩絲が指を差す方向を見れば、江戸時代に使われた駕籠に似た乗り物が幾つか並んでいた。
「街の中だけでの移動方法じゃ。中は魔法で涼しいから使う者は多いぞ」
「外側から見えず、中側からはよく見えるヴェールも人気でございます」
説明をしながらノワールが何やら交渉している。
本来なら駕籠を運ぶ役目を持っているのだろう男性は、大喜びでノワールの提案を受け入れていた。
駕籠は基本一人乗りだが、二人乗りも、家族乗りも存在するようだ。
ノワールは家族乗りの駕籠を借り、本来四人がかりで担ぐはずの駕籠人を断り、店への案内だけを頼んだ。
代金は当然通常の分を払う。
一人が案内を引き受け、三人は別の仕事を引き受けるらしい。
駕籠を運ぶのは雪華の眷属。
つまりは蛇。
ノワールが雪華に何時の間にか連絡を取ったようだ。
大蛇四匹が駕籠を丁寧に運ぶ。
案内人は蛇に怯えながらも、中に乗っているのは高貴な方で、大蛇は高貴な方の持ち物だから安全だと大きな声で説明しつつ歩いて行く。
珍しいのだろう。
大蛇は大いに観察されていた。
怖いもの知らずが幾人か、蛇に近寄るどころかヴェールを捲ろうとするも、案内人に怒鳴られて逃げていく。
なかなか良い駕籠人のようだ。
「それで、お店の名前って、どう読むの?」
気になっていた疑問点を尋ねる。
ノワールが答えてくれた。
「発音は異国の民には難しいと言われました。つきない水、という意味を持つ店名だそうです。基本的にカードを持っている者のみとしか取り引きをしない、優良店とのことでした」
こんなときこそ、異世界翻訳機能を意識して発動させれば? と思って試した結果。
つきない水! と日本語で言ったら、何を言っているかわからない発音が口の中から漏れ出ました。
……何時もの日本語で聞こえる仕様の方が楽だね!
「露天とかも見たいけどねー」
#ファンタジー
#一次創作
「それは店を始める前の視察にすれば良かろう?」
「視察とかおおげさじゃない?」
「現地を見るのは基本かと」
ノワールにまで言われてしまった。
人目や声かけ、そしてトラブルがなければ、一般人に擬態してのんびり露天巡りもいいと思うんだけどね。
視察となるとまた面倒が増えそうな予感しかしない。
アイスのモロッコミントティーで喉を潤しながら、全く揺れない大蛇の駕籠移動に揺られていた時間は十分程度だっただろうか。
案内人は人より遥かに早くて、すばらしいです! と褒めてくれたので、駕籠から降りて大蛇の頭を撫ぜておく。
四匹がそれぞれ目を細めたり、頭を擦りつけてきたりして可愛かった。
店は砂漠に相応しい大きなテントだ。
入り口には豪奢な刺繍が施された布が下がっている。
ノワールが入り口に佇む門番にカードを見せれば、布を持ち上げてくれた。
「ようこそ、おいでくださいました、時空制御師最愛の御方様」
入り口を潜ればそこは別世界。
高級ブティックも真っ青の豪奢な空間が広がっていた。
外からは想像がつかない。
異世界あるあるだろう。
空間を拡張しているのだ。
「カードをありがとう。商談と言っていいかわからないけれど……商談をお願いしたいと思って伺いました」
「大変光栄でございます。彩絲様、ノワール殿もどうぞ、こちらへ」
背筋が伸びた店員たちが笑顔でお辞儀をしながら、私たちを見送る。
他のお客にはやっていないようなので、最愛特権なのかもしれない。
体が心地良く沈むソファに座る。
彩絲は左に、ノワールは背後に立つかと思ったら、珍しく右に座った。
「ダンジョンの中では御助力ありがとうございました。冒険者ギルドの推薦冒険者は使うものではありませんね」
「ここでは商人ギルドの方が強そうじゃが?」
「少し前から冒険者ギルドはいろいろな試みをしておりましてね。上手くいくかと思われましたが、最近はどうにも酷い。その関係で商人ギルドとしても対応が難しいのです。更に残念ながら現在上に立つ者が僻む性質でして……末端の冒険者までもが商人を侮るのですよ」
冒険者の質がそこまで落ちているのに、彩絲の祖母が放置しているのもおかしな気がするのだが。
そもそも一番上に立つのは冒険者ギルドマスターである、彩絲の祖母のはず。
……で!
彼女が僻む性質とは思えない。
商人が言うの上に立つ者は別人なのだろう。
いろいろな試みとやらの関係で、冒険者ギルドは何やらおかしなことになっているらしい。
詳しく聞きたいところだが、今優先すべきなのは別件だ。
食べやすく切られた南国フルーツの盛り合わせに、冷たい飲み物と温かい飲み物が置かれる。
完全個室の商談は人の目を気にしなくていい。
青が深い薔薇の形をしたフルーツを手に取る。
齧りつけば、甘い果汁が口一杯に広がった。
甘めが強く僅かに酸味を感じる柑橘系の味だ。
美味しい。
「商談とは少々異なるかもしれぬが……この街には孤児院があるじゃろ?」
「はい。一軒だけ、ございます」
「その孤児院……最近、困った孤児がおるようなのじゃ」
「……ええ、聞き及んでおります。と、申しますか。当店に押し掛けて参りました」
店主が真っ黒い笑顔を浮かべる。
客の前で浮かべるのだ、よほど腹が立ったのだろう。
完全紹介制の商会に押し掛けられたら、紹介制の意味がなくなる。
「魅了のスキル持ち……なのかしら?」
「はい。常時発動させているので、そろそろ御館様が足を運ばれると伺っております」
「あぁ、それならこちらは手を出さない方がいいのかしら?」
「御館様はどうにも上手く利用したいとお考えのようで……」
「孤児院から賄賂でも取っておるのか?」
「……美少女を引き取って、仕えさせております」
孤児院での少女にとっては良い職場なのかもしれない。
だがそれは、きちんと本人の了承を得たものなのだろうか。
「孤児院の院長は屑のようです。御館様は正妻様の勘気に触れない程度で、楽しんでおられる御様子……見目麗しい孤児に関しては、きちんと教育をしていると情報が上がっております」
んー。
院長は排除で御館様とは相談、かなぁ?
「服ダンジョンでいろいろと高価な物がドロップしたから、魅了少女に関しては能力封印の交渉を考えています」
「自分も最愛様に同意見です。あの魅了娘は己の能力を過信して驕り高ぶっておりますので」
「……もしかして、店主は魅了をかけられたのかぇ」
「かけてきました。恐らく限界の力で。魅了封じの装飾品三点が無効化されましたから、能力としては高い方でしょう。ですが、お花畑の住人を現実の住人にする手間を考えると……商売にならぬのです」
損得で考えるのが商人よね。
でも変な情を持たれるよりは断然いい判断だ。
「……魅了少女に追い出された孤児院の子たちと、ダンジョンで出会って保護したの」
「っ! 奴はそこまでしでかしたのですか!」
「そう。だからその子たちの独立を手助けしてあげようと思って……貴男なら何か良い考えがあるのではないかと……」
「なるほど。そういった商談でございましたか……」
店主はしばし、思案ののち。
真っ直ぐに私を見つめてきた。
私は夫の勘気を恐れてすぐに目線をそらす。
部屋の温度が一気に下がった意味を聡い店主は理解したらしい。
「最愛様が保護された孤児に対して、手助けをしたい心づもりに力が入っただけでございます。美しき最愛様を僅かな時間とはいえ凝視してしまった無礼を、最愛様と御方様に深くお詫び申し上げます」
ソファから降りた店主は豪奢な絨毯の上で土下座をした。
部屋の温度は一瞬で元に戻る。
夫としても念の為の確認だったのだと思う。
そもそも信用ができない相手なら、店へ行こうと決めた時点で邪魔されたはずなのだ。
「主人は貴男を許したようですわ。どうやって孤児たちを手助けするのか、具体的に教えてくださいますか?」
「はい。お許しいただきまして有り難う存じます。以降の振る舞いにも細心の注意を払って参る所存でございます」
立ち上がって深々と再びお辞儀をして謝意を示した店主は、なかなか優雅な所作でソファへと座り直した。
店主は目を閉じて僅かな時間思案する。
私はその間にもスイーツと飲み物を楽しんだ。
フルーツに関してはどれも美味なので、別途販売してもらう心積もりでいる。
「……ダンジョンで最愛様たちと御一緒させていただき、孤児たちのレベルはどれほど上がりましたでしょうか?」
「そうね……服ダンジョンに限ってであれば、問題なく三階まで攻略できる力は身についたと思うわ」
「それはすばらしい!」
「小さい子たちは三階にある池に祝福されたみたいだから、レアドロップを釣り上げる確率も上がるでしょうね」
「そうじゃのぅ。幼子たちが池まで辿り着く可能性は低い。だからこそ、珍しかったんじゃろ」
「現時点では、かなりのドロップアイテムを持っていますよ。そして今後も定期的に良質なドロップアイテムを得られるでしょう」
私たちの言葉に店主は絶句している。
孤児の成長ともたらされた予想外の祝福に驚いているのだろう。
「……想定以上でした。でしたら彼らは店舗付の住居を得て、独立するのが無難な選択でございましょう」
「孤児の中でも商人向きの子も、冒険者向きの子もおるからのぅ。妾もその意見に賛同じゃ」
「そうなると気になってくるのは、防犯面と教会の介入かしら?」
「ここの教会は質の悪い院長のようですので、売り上げを寄附として納めろと言いかねませんね」
「教会や悪質な冒険者だけでなく、善意で自分の意見を押しつける大人の対処も考えなければなりません」
子供だというだけで搾取対象になっているのだ。
保護すべき親がいないのなら、更に陰湿な搾取対象として見ている者は少なくない。
あちらの世界でもそういった偏見を持つ者はいた。
こちらでも当然存在するだろう。
店主も難しい顔でそうと口にした。
「教会は院長のすげ替えと魅了娘の排除でどうにかなりそうかしら? 店主さん、伝手はあって?」
「……はい。何人か良心的な院長になる人材を知っております」
「その方たちは、今何処かで教会に仕えているのかしら?」
「仕えている者もそうでない者もおります」
そうでない者が気になる。
昔は教会にいたけれど、今はそうではないのなら、何かしらの問題持ちと考えてしまうのだ。
腐敗した教会に絶望して、他業種に転身した口なら採用もありだろうが、現役の方が無難に感じてしまう。
「全員数日中にはこの街へ呼べますので、最愛様自ら選出くだされば光栄なのですが……」
構いませんよ。
夫からの声がした。
つまりはその中に縁を繋いでおくと良い人物がいるのだろう。
「わかりました。お手数をおかけしますが、呼んでいただけますか?」
「はい。即時手配いたします!」
店主が背後を振り返れば、何時の間にか男装の麗人めいた女性が立っていた。
まずは私たちへ深々とお辞儀をしてから店主の指示を受ける。
「院長と魅了娘の排除の前に、御館様へ御挨拶に行こうかしら……」
「最愛様が足を運ばれる必要はございません! 日時を指定してくだされば、宿へ向かうように手配いたします」
「いいのかしら?」
「最愛より上の存在などこの世界にはおらぬと、自覚してほしい者じゃなぁ、主よ」
私が首を傾げれば彩絲が疲れたように呟いた。
十分自覚はしているが、まだまだ薄いようだ。
ただ夫が囁いてこないので、このままで問題ないと判断している。
「魅了娘は……院長と一緒に断罪かな。封印して厳しめの更生施設に行ってもらえばいいのかしら?」
「実の両親を殺した噂もあるので……特殊スキル研究施設へ送られるのが一番の罰かと思われます」
店主が苦々しさを隠しもしない口調で話す。
乙女ゲームの世界と混同しているのなら、あり得る行動かもしれない。
早くフラグを立てるために、両親を殺した。
彼女の中では実の両親という自覚が薄いというか、主人公の両親というキャラクターとしてとらえている予感があった。
お花畑主人公にありがちな、本来存在しないはずの最悪の茨道ルートを選んでしまったのだろう。