テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ファンタジー
#一次創作
「じゃあ、封印はしない方がいいのかしら? 一時封印とか?」
「……御方様はできたと文献が残されておりますが、その、最愛様も封印ができるのでしょうか」
おや。
希少スキルだったようだ。
アイテムボックスの中に封印石と一時封印石、どちらも入っていますから、それを使ってくださいね。
夫からの言葉を有り難く口にする。
「スキルは持っていませんが、夫から預かっているアイテムがあります。封印石と一時封印石。どちらもありますね」
「さすがは御方様! それでは恐縮ですがアイテムを御提供いただきたくお願い申し上げます。勿論! 代金は魅了娘本人に支払わせますので御安心ください」
「ふむ。御館が一端立て替えて、魅了娘に後日払わせる形式じゃな」
「はい。そうなると思います。御館様もこれを機会に襟を正していただきたいものです」
深々と溜め息をついた店主。
正妻の血縁で頻繁に愚痴を零されているような、親しい者特有の嘆きを感じる。
「では、孤児の今後についてですね。良い物件がいくつかございますので、直接足を運んで御覧ください。孤児たちも一緒に」
「孤児たちを早く安心させてあげたいわ。自分たちだけの家があると今後の励みにもなるでしょうし」
「今すぐにでも御案内できますが……如何いたしましょう?」
「少々お待ちください。ランディーニに連絡を取ってみます」
私が雪華に連絡を取るという手もあるけれど、ノワールはランディーニに連絡を取るという。
何かしらの作法があるのだろう。
「……大蛇に乗せて、代表で二人だけ来るとのことですが、よろしゅうございますか?」
「え、二人きりで? 大丈夫なの?」
「大蛇が高速移動するそうなので、問題ないでしょう」
ノワールは問題ないと豪語するけれど、問題しかない気がする。
そっと店主を伺うと、遠い目をしていた。
「ノワール殿も店の前で待機いただけますかな?」
「それは当然です。主様はこちらで引き続きおくつろぎくださいませ」
ノワールが立ち上がりすたすたと出入り口へ向かう。
店主も続いた。
「高速移動って……乗ってくる子たちは酔ったりしないかしら」
「ほほほほ。気にするのは、そこなのかぇ、主よ」
「ええ。蛇たちが子供たちを落としたりはしないと思うの。高速移動なら他人の興味を引いている時間すらないでしょう?」
「確かにその通りじゃ。ほ。到着したようじゃな」
彩絲がソファに座ったまま背後を振り返る。
私も彼女の視線の先へと目を向けた。
出入り口からノワールの声がする。
高速移動に耐えきった二人を労っているらしい。
思ったよりも二人のダメージが少なかったのか、店主の褒める言葉が聞こえた。
「お疲れ様。座ったら冷たい物をいただくと良いわ」
痒いところに手が届く接客を心がけているのだろう。
テーブルの上には、二人分の飲み物が追加されている。
ダンジョン攻略を経て、休憩小屋でノワールを始めとした優秀な先輩たちにいろいろと教授されたのだろう。
二人は孤児には見えない。
むしろ礼節を弁えている。
珍しいタイプの冒険者に見えただろう。
「最愛様。雪華様から伺いました。俺たちの家を手配くださったとのこと。心から御礼申し上げます」
「最愛様! 私からも心より御礼申し上げます。店舗付の住居なんて孤児出身が求める最高の最終目的ですわ!」
レオンとディアナは飲み物に手を出さず、まだソファに座りもせず、私に礼を尽くした。
院長が屑だとして、彼らに礼儀を教えたシスターが別にいるとしか思えない。
いるのならば、是非保護して今後も同じ教会に勤めてほしいものだ。
「二人とも、座って、飲み物を飲みなさい、一息ついたら、移動ですよ」
「はい! ノワールさん!」
元気よく声を上げたレオンが腰を下ろし、一息に飲み物を飲み干す。
ディアナもそれにならった。
美味しかったのだろう。
二人は美味しい物を食べたとき特有の満足しきった笑顔を浮かべた。
お代わりの飲み物を恐縮しながらもらう二人を前に、店主が話の流れを説明している。
魅了娘と院長の対応のところで、ハイタッチをしていた。
この世界にもあるのね、ハイタッチ。
とまた変なところで感動しつつ、暖かい眼差しで二人を見守る。
彩絲たちや店長もそんな二人を咎めはしなかった。
「お勧めの家は三件ほどありますが、移動は他の子たちも一緒にしますか?」
「いいえ。俺たちだけで大丈夫です。小さい子らの話を全部聞いた日には永遠に決まらないと思いますので……」
「普段は弁えている子たちですけど、夢物語のような展開に我を忘れる未来しか見えませんから……」
肩を寄せ合って、何時かはこうなりたいね、と様々な夢を語り合ったのだろう。
夢が現実になると思わないままに。
本来なら得られなかった幸運は、小さい子たちにとって毒にもなりかねない。
だからこそ、二人だけでいいと言い切るのだ。
小さい子たちが暴走したら、今回の一件が露と消えてしまう可能性を心配している気もした。
さすがに小さい子たちが不憫なので、一度差し出したものを取り上げるつもりはないが、暴走の度合いによっては、今後の対応について考え直しもする。
現実を知らしめるために。
「分かりました。それでは早速移動しましょう。近い物件から行きましょうね」
「はい! よろしくお願いします」
「お手数をかけますが、よろしくお願いいたします」
二人が店主に向かって深々と頭を下げた。
「移動はどういたしましょう」
何故か店主の瞳がきらきらしている。
「おや、店主。大蛇での移動を御所望かぇ?」
彩絲が看破したぞぇ! と言わんばかりのドヤ顔で店主に向かって小首を傾げる。
店主の顔が誰が見ても分かるほどに赤く染まった。
「と、年甲斐もなくお恥ずかしい限りです」
好奇心旺盛でなければ優秀な商人に慣れないとは、よく聞く話だ。
子供のように目を輝かせた店主に対して勿論嫌悪感なんて抱かない。
むしろ心の中で、わかるー、と同意する始末だ。
「いいえ、私も乗ってみたいもの」
「ん? そうじゃったか。遠慮なぞいらんのに」
「モリオンとホークアイに悪いかなぁと思って」
あの二体は私の移動に関しては譲るつもりはないといわんばかりに、率先して足を買って出ている。
今回は長距離の移動で心を躍らせているので、街の中での移動は譲ってくれるが、ダンジョンに馬車が入れるなら、喜び勇んで一緒に入ってくれたはずだ。
……誰かから乗馬のスキルをコピーするべきだろうか。
「あの二体は働き者じゃからのぅ……それでも街の中での移動くらいは我慢するじゃろう、たぶん。まぁ、蛇移動は問題ない。蜘蛛移動でも構わぬぞ?」
大蜘蛛に乗っての移動。
大蛇に乗っての移動とどちらが目立つだろう。
高速移動ならどちらにしても同じ扱いなのかもしれない。
「究極の選択ですな」
店主が出会ってから一番悩ましげな表情をしている。
レオンとディアナは、行きは蛇だったので次は蜘蛛に乗ってみたいとのことだ。
「何件か見て回るんでしょう? 私は蛇と蜘蛛、交互に乗らせてもらうよ」
「じ、自分も最愛様と同じでよろしゅうございますか?」
「うむ。よいぞ」
「ありがとうございます!」
髪の毛が乱れる勢いのお辞儀を見て、ふと思い出したので、尋ねてみる。
「そういえば、店主さん。貴男のお名前を聞いてなかったんだけど……聞いても大丈夫かしら?」
名刺の裏に署名はあったんだけど、達筆すぎて読めなかったんだよね……。
今の今まで店主で話が通ってしまったから、すっかり質問しようと思っていたのを忘れていましたよ。
「……大変失礼をいたしました。既に名乗ったつもりでおりました」
会話を思い出してみる。
ここぞというタイミングでの名乗りはなかった。
名刺への署名が名乗りだったのかな?
「名刺の名前は達筆すぎて読み解けなかったんです。ごめんなさい」
「こちらこそ、申し訳ございません。高位の方へはその、好まれる署名なのです」
あー、格好良く見せる見栄みたいな奴ね。
私が異世界人じゃなかったら、読めたのかしら。
そもそも商人と高位貴族だと名乗りがないのかもね。
商人は高位貴族の名前を知っていて当然だし、高位貴族は商人の名前などに興味がないのだろう。
王城でも身分制度を勘違いしている奴らが山ほどいたし。
「イグナーツ・バルヒェットと申します、時空制御師最愛様」
「私はアリッサよ。そう呼んでくれる人は少ないけれどね」
名前呼びを強要すれば困るのは相手だ。
身分的には王族クラスしか難しいだろう。
プライベートな空間であれば身分差があっても大丈夫かもしれないが。
気に入った相手が大変な目に遇うのは嫌なので仕方ない。
最愛と呼ばれるのは恥ずかしいが、夫に愛されている気もするので納得しよう。
ええ、そうしてください。
満足げな夫の囁きが届く。
「許されるのであれば、イグナーツとお呼びくださいませ」
「ふむ。それがよかろう。バルヒェットの名を持つ者には勘違いしがちな者も多いでな」
「そうなの?」
「はい。むしろ最良か最悪かの両極端な家系でございます。イグナーツ殿は最良の方で有名な御仁です」
「ありがとう、ノワール殿」
ノワールの情報に間違いはない。
夫の囁きもないので、下の名前で呼ぶとしよう。
「では、今後ともよろしく、イグナーツ」
「はい。最愛様。末永くご贔屓いただければ幸いです」
そういえば、この世界に来て随分経つが夫は一向に帰還を勧めてこない。
こない以上私はまだまだこの世界にいるのだろう。
百年単位で夫に会えないのはさすがに嫌だなぁと思いつつ、望めば夜に会えるので構わないのかなとも思いつつ。
「では、参りましょう」
イグナーツが席を立つのに続く。
部屋を出れば大蛇と大蜘蛛が威圧感も凄まじく待っていた。
「主様はこれに乗ると良かろうて」
彩絲が示してくれた大蛇は鮮やかな青色。
向こうの世界では変異種でしかいなかった色……だったと記憶している。
目の覚めるような青色の美しさに、私はついつい頭を撫でてしまう。
鱗と同じ色の瞳が伏せられて、すりっと頭が寄せられた。
小さい蛇ならまだしも、大蛇を可愛いと思う日が来るとは思わなかったなぁ……さすがは異世界。
乗りやすいようにと頭を下げてくれたので大蛇の首? 辺りに横座りに落ち着く。
何かしらの魔法かスキルでも働いているのか、体はソファにでも座っているような座り心地の良さだ。
滑らかな鱗はひんやりとしているのに不思議なことこの上ない。
感動している私から少し離れたところで、イグナーツが大いにはしゃぎながら黄金色の大蛇に乗っている。
商人が口を極めて褒めたからなのか、黄金色の蛇は誰が見てもわかるほどに誇らしげだった。
レオンとディアナは大蜘蛛に乗っている。
真っ黒な蜘蛛の上にはレオン、真っ白い蜘蛛の上にはディアナだ。
「すっげぇ、ふわふわ」
「大蜘蛛がこんなにふわふわした感触だなんて……彩絲様の眷属だからかしらね」
どうやら大蜘蛛はもふもふらしい。
二人が年齢に相応しい無邪気な表情で、大蜘蛛の毛並みを堪能している。
大蜘蛛が許しているのは、二人が純粋に賞賛しているからだろう。
彩絲の眷属とはいえど、嫌ならばその背中に乗せはしないはずだ。
「では、行こうかの」
彩絲の言葉で大蛇と大蜘蛛が移動を開始する。
動き始めも滑らかだった。
周囲は距離を保ったまま、興味深そうに凝視している。
小さい子供の目には憧れの色が強かった。
忌避の色がないのに驚く。
この世界では好まれる生き物なのだろうか……。
「最愛様が慈しむものを嫌うわけにはいくまい」
「あら、じゃあ、基本的には疎まれているの?」
「表だって出そうとする者どもは、主の目が届かぬところへ追いやられているのじゃよ。妾でもそうする。主は自分の気に入った者を殊の外、大切にするからのぅ」
「当たり前のことを言われても困るわよ」
何せ夫の許可が下りる相手の数が圧倒的に少ないのだ。
大事にしたって罰は当たらないだろう。
イグナーツの案内により、移動はどこまでもスムーズだった。
しかしだんだんと所謂スラム街めいた場所へと入っていくのに、多少の不安を覚える。
「……これから行く店舗つきの家は貧民街にあります。孤児院上がりの者が多く住んでいるのですよ。孤児院出の者が頑張って構えた家なのです」
「ああ、それなりに知れておるな。この店を足がかりにして貧民街から出た者も多かったと聞く」
「ええ、家主はとても優秀な女性でした。ただ……男を見る目がありませんでした」
男に騙されて人生狂わされた感じなのかな。
恋に狂うとどんな優秀な人物でも盲目になるからね。
レオンとディアナは神妙そうに聞いている。
二人も知る話のようだ。
最初から家族で住むのであれば、先住者の二の舞にはならないと思うけれど……。
最終的な判断を二人に任せるつもりの私は、玄関の扉を開けたイグナーツの言葉通り、先に入るように二人を促した。
コメント
1件
いやー、今回も良かった!イグナーツ、名前が達筆すぎて読めなかったってオチに笑ったわw 大蛇も大蜘蛛もモフモフで移動手段が豪華すぎるし、孤児たちへの物件探し、めちゃくちゃ丁寧に進めててアリッサさんの懐の深さが光る回だったな。彩絲との掛け合いも絶妙で、読んでてほっこりした🔥