テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
14,876
junp_Sn-Fk.
4,583
#二次創作
💛side
春という季節は、不思議だ。
何かが始まりそうで、でも何も始まらないまま終わってしまうような、そんな曖昧な空気をまとっている。
校門へ続く桜並木は、昨日までの雨で少しだけ花びらを落としていた。
新品の制服はまだ肩に馴染まず、ネクタイも少し窮屈で、歩くたびに革靴がぎこちなく音を鳴らす。
周りを見れば、知らない顔ばかりだった。
笑い合うやつもいれば、緊張で口数の少ないやつもいる。
俺はというと、誰かと話したいわけでもなく、一人で歩くことに慣れていた。
教室の前で深呼吸を一つ。
勢いよく扉を開けると、まだ空席の多い教室に春の光が差し込んでいた。
窓際の席。
一番後ろから二列目。
俺の席だった。
鞄を置いて窓を開ける。
少し冷たい風が頬を撫でる。
校庭から運ばれてくる土の匂い。
遠くで体育館へ向かう新入生の話し声。
まだ始まってもいない高校生活が、静かに息をしていた。
「そこ、お前の席?」
突然聞こえた声に振り向く。
制服を少しだけ着崩した男子が、席表と俺を交互に見比べていた。
髪は黒。
どこか眠そうな目。
初対面なのに、不思議と人懐っこい空気をまとっている。
💜「あ、合ってた」
俺の隣へ鞄を置く。
💜「よろしく」
💛「……よろしく」
それだけ。
それだけの会話だった。
それなのに、こいつは妙に自然だった。
初対面特有の探り合う感じもない。
友達になろうと無理に距離を詰めることもない。
ただ、隣に座った。
それだけだった。
担任が入ってきて、入学式の流れや学校生活について話し始める。
教室は静かだった。
でも、隣だけは違う。
紙をめくる音。
小さなあくび。
シャーペンを回す指先。
そんな小さな音が、なぜか耳に残る。
ふと視線を向けると、目が合った。
💜「眠い」
小さく呟く。
💛「まだ一時間目だけど」
💜「朝弱い」
💛「寝るなよ」
💜「頑張る」
そう言って五分後には舟を漕いでいた。
思わず笑いそうになる。
変なやつ。
それが、辰哉への最初の印象だった。
昼休み。
教室は一気に賑やかになる。
まだグループなんて出来ていないから、みんな近くの席同士で話していた。
俺は母親が作った弁当を机に広げる。
その隣で、辰哉もコンビニのおにぎりを取り出した。
💜「うまそう」
💛「そっちも十分うまそうだけど」
💜「交換する?」
💛「初日から?」
💜「だめ?」
首を傾げる姿が妙に素直で、思わず卵焼きを一つ渡した。
💜「やった」
一口食べた辰哉が、目を少し丸くする。
💜「これ好き」
💛「母親が聞いたら喜ぶ」
💜「今度お礼言っといて」
笑う。
つられて俺も笑う。
初対面なのに。
まだ名前を覚えたばかりなのに。
変なやつだ。
でも、その変なところが少しだけ心地よかった。
窓の外では、桜の花びらが風に乗って舞っている。
その一枚が教室へ入り込み、辰哉の机の上へ静かに落ちた。
辰哉は何気なくその花びらを指先でつまみ、
💜「高校生活、楽しくなるといいな」
そう笑った。
俺も小さく頷く。
💛「……そうだな」
この時の俺は知らなかった。
その何気ない一言が、これから何度も思い出す言葉になることを。
ただ、この瞬間だけは。
春の匂いも、教室へ吹き込む風も、隣で笑う辰哉も。
全部が、当たり前に続いていくものだと信じていた。
コメント
1件
はる。です!この第1話、めっちゃ好きです。春の空気感と、辰哉くんの自然な距離感がすごくリアルで、読んでて懐かしい気持ちになりました。お弁当交換とか、ちょっとした会話が丁寧に描かれていて、もう二人の関係性が気になりすぎる。最後の桜の花びらが机に落ちるシーンと「楽しくなるといいな」がめちゃくちゃ刺さりました。この先が楽しみです!絶対辰哉さん、素敵な物語をありがとうございます。