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ちゃね
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功野 涼し
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九月になった。
また、制服を着て、いつも通りの学校生活が始まった。夏休みで生活リズムがかなりズレたので、一概にいつも通りとは言えないのだけれど、学校生活というところではいつも通りといえるだろう。
また、いつもと同じ道を歩いて、いつもの教室に入り、いつもの席に座る。黒板には新学期の予定が書かれている。しばらくすると先生が来て、夏休みの課題の回収を始めた。去年と何ら変わりない流れ。
ただ、放課後だけは去年とは違った。
灯は来た。学校が始まっても、変わらず来た。制服の私を見て「おっ」とは言ったが、それ以外に何も言わなかった。私も何も言わなかった。多分、なんとなくだけどそれでよかったんだと思う。
夏よりも日が短くなった。五時を知らせる音楽が学校から流れるとき、空は赤くなり、六時になるころに、あたりは暗闇に包まれる。だが灯は私が「暗くなってたね」とか「そろそろ帰ろう」と言うまでは、ベンチに座ったままだった。
ある日の放課後、灯がいきなり歩き出した。
「どこ行くの?」
「私の……好きな場所────来て?」
そう、ちょっと色気を効かせながら言う。それだけ言って、振り返りもしなかった。ただ、腕をつかんできた。
「早く早くぅ」
灯は夏休み明けだと思えないくらいの軽快な足取りで、私を引っ張る。いやはや、もはや、私が重りとなって進むことができていないと思うほどの軽快さだ。なのに、引っ張られる。とてつもない強さで。
いつも灯が帰っていく方角。あまり言ったことがない方向。知らない景色が次々と視界の端へ流れていく。ここはどこなのだろう。
いつの間にか、商店街の細い路地に入っていた。古い看板や、色褪せたのれん。昔ながらの八百屋やスナック。灯は、それらすべてを見ているようで、どれも見ていないような顔をしていた。
そうしていると、角を曲がったところでいきなり足を止めた。
「まず。最初の好きなとこ!」
小さな駄菓子屋だった。ガラスケースの中に色とりどりの飴やらガムやら、たばこ型の菓子やら沢山の、そして多くの種類にわたる菓子がそこにはあった。それも、異常なほどに。
駄菓子屋は閉まっているようで、私はガラスの戸越しに、それを眺めるしかなかった。
その近くにはベンチがあって、猫が一匹丸くなっていた。
「なんか落ち着く~」
灯は目を細めて、猫を撫でた。猫は逃げない。
風鈴がチリンチリンと、涼しい音を鳴らしている。夏の残暑はあるから、もう必要がないとは言えない。
それから、その奥にある石畳の苔が生えた階段を上ると、神社が見えてきた。古い鳥居。境内の奥にある小さな社。
「神社好きなの?」
「うん。なんか、ここだけ別世界みたいな感じがして」
商店街の小さな喧騒が、鳥居をくぐった瞬間遠くなり、さらに小さくなった。確かに、そんな気がした。
この神社の土地には御神木のほかにも、いくつかの、葉が茂っている木がある。それは石垣の下にある小川に沿って立っている。
「ねえ、去年の秋って────」
灯が不意に口を開いた。振り返ると、灯は川を見たまま少し黙って、それから「なんでもない」と言った。
「なんでもなくなさそうだけど」
「なんでもな~いよっ」
顔は笑っていた。でも川から目を離していなかった。
私は、それ以上聞かないほうがいいと思った。だから、聞かなかった。
空は暗くなり始めていた。だから私は「暗くなってきたよ」と言った。
灯は「本当だ」と言い、それから「じゃあね」と言って、いつものようにふわっとどこかへ行ってしまった。
私は、しばらく川を見ていた。水面のオレンジ色が薄れて、青っぽい灰色に変わっていた。
涼しい風が吹く。
もうすぐで秋だな、と思う。ただ、それだけ。本当にそれだけのことだった。
秋は少しずつ、深まる一方だ。記録的だった気温が、もう記憶だけのものになっている。だが、完全に秋というわけではない。まだ、あと1、2ヶ月くらいしないと、もっと秋らしくはならないだろう。
放課後、私は変わらず、学校の裏手の、ちょっとした崖の上にあるいつもの場所に行った。
そこだけは気温や季節が変わっても、雰囲気だけは薄れず、変わらなかった。ただそこだけは、誰かの思い出として、記憶として固定されているように。
「やっほぅ~」
「なんかテンション高い?」
「いつも通りしょ?」
また、灯も変わらずに来た。いつも同じようなおかしなことを言って私の前に現れ、ベンチに座る。まるで、録画を再生しているようだ。毎回違うことを言っているはずだが、強烈な既視感のようなものが私を襲う。
「なんかね~最近、ミョーに懐かれる犬がいるんだよね」
「なんかしたの?」
「いいや別に、いやまあ、ある意味したのかもしれないけど、なんとなくそうじゃないと思う」
「……どういうこと?」
「どういうことでもないよ」
そう、笑顔で言う。この笑いというのが、心からの笑いか、作り笑いなのか分からない。そのことを考えてしまう時点で、私は────駄目なのだろう。
「まあ、その犬がね、ほんっとうに懐くんだよ、もう手とかぺろぺろされまくってやばい」
「あ゛あ゛ああああ゛がわい゛いい゛」と悪霊がとりついたかのような必死さで言ったと思ったら「てなかんじ」と一気に落としてきた。
「何て名前の犬?」
「えーと、ナッツだよ」
「ナッツ……ナッツねぇ」
特に意味はないものの反芻した。
「あ、ねね今何時?」
「え?んと、4時半。そういえば灯って時計とかつけないよね」
「あーそう?まあ確かにつけてないかも」
「こういうスマートウォッチとか持ってないの?」
「持ってないかな……まあ、持ってたとしてもつけないと思う」
「そっか」
別につけない理由を追求する気はなかった。本人がつけないのならつけないでいいのだ。それを深堀する必要は、ない。
学校のほうから、部活をしている音が聞こえてくる。
この場所を侵食するように。
ボールの弾む音や、掛け声。楽器の音。そのすべてが混ざり合って、ある種の混沌となってしまっている。それは本来、青春と呼ぶべきはずのものなのに。
「ねえ、凛香って約束、破ったことある?」
「え?約束?」
「そう、ちなみに私はある」
「んー、約束とかあんましないしなぁ」
「そうなんだ……」
灯は気が落ちたのか、めずらしく背中を丸めた。
「じゃあさ、約束しない?」
「いいけど……何を?」
「うーん、どーしよっかな」
「決めてないんかい……」
「考えてなかった……」
んー……、と指を添えて考え込む。
なかなか決められないようだった。
「あ!思いついた」
「なに?」
「いや、別に言わなくても凛香やってるからいいしょ」
「え?いやでもそれだと分かんな────」
「いいから!ほら指切りげんまん」
そう言って、灯は銃のように小指を突き出し、真剣な眼差しでこちらを覗いてきた。指切りげんまんって、内容が怖いからあんまやりたくないんだよな。とか思ったり、別に怖いからと言ってやらない理由にはあまりならないよなと思ったり……
「はーやーくぅ」
まるで拗ねてる子供だ。いや、拗ねている子供ではあるのだけど。
「あぁごめんごめん」
「ほら凛香!指出して」
「……はい」
あんま乗り気じゃないのを察知していないようだ。
「せーのでいくよ?せーのっ」
「ゆーびきーりげーんまん、噓ついたらはりせんぼんのーます、ゆーびきった!」
終わると灯は満足そうな顔で「よっし!」と言った。
果たして灯は、何を約束させたのか。おそらく、考えても無駄だろう。だから、このことは考えないようにした。そのうち、わかることもあるのだから、別に今じゃなくてもいい。
────五時を知らせる音楽だ。
あたりは少し、赤くなっている。
灯の顔は、夕日に照らされて輪郭があやふやになっている。水面のように、波打って、揺れている。
「目がかすんだかな」
「ん?」
「いや……なんでも」
気のせいだろう。そう思いつつ、私は灯の顔を見ようとしなかった。
そのまま、空間に溶けて消えてしまう気がするから。
このまま、この日常が無くなってしまうようなことがないように。
コメント
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ちゃねさん、第4話読みました! 灯が凛香を連れて行った“好きな場所”、すごく雰囲気があって素敵でした…。駄菓子屋と神社、そして小川。灯の目線はずっと川から離れなかったのに、「なんでもない」って笑うところが切なくて。凛香もそれ以上聞かないって決めたんだな、って感じました。 最後の指切りげんまん、何の約束だったんだろう…。でも「見ようとしなかった」っていう凛香の気持ちがすごく伝わってきて、胸がぎゅっとなりました。 続きが気になります!